全ての窓が全開にも拘らず、生温かい風しか吹き込まない室内に不快指数が急上昇する。
――暑い。じんわり汗ばむ額に前髪が張りつくのが非常に不愉快だ。
その唯でさえ下降気味な気分に追い打ちをかけるのは、太陽にも負けない程の暑い眼差しでこちらを見る生徒達だ。

「――それじゃ自己紹介いいかな、早川暁さん?」
「……はい」

背後のボードに何かを書き終え、私に向かってほほ笑む女の先生が二年の終わりまでの担当教員になる、らしい。
教科毎に教室を移動しない日本の制度、――万歳。
それに決まった教室、しかも自分専用の机まであるとくれば一々教科書を持って帰らなくて済む。素晴らしい。
まあロッカーがあればそれはそれでいいが、取りに行くのが非常に面倒臭かった。

「……早川暁です、……よろしく……」
「……ん? それだけでいいの?」

無言で頷く。先生は一瞬何か迷った素振りを見せたが、快く席に着くよう言われた。

「早川さんの席は、あの空いているところよ」

指す指の先を辿れば窓際の列の一番後ろが空席なのが確認できる。
先生に向き直ればどうぞと微笑まれ、無言で頷き足を踏み出す。
さっきまでの沈黙は何処へやら、ざわめくクラスメイトの間を通り抜ける。

「はい注目ッ! 早川さんは日本の学校に初めて通います」

机と椅子が分かれてる。見るもの全てが新鮮でつい見いってしまう。

「色々不自由な思いをすると思います、なので早川さんが早く学校に馴染めるよう助けてあげてください」
「はぁあーいッ!!」

ふと横から視線を感じ、横目で見ると隣に座る男子生徒がこっちをジッと見ている。
椅子を引き、席に着く。座り心地は良好。

「あ、東条。早川さんの教科書がまだないから見せてあげてね」
「……はい」

隣の男子はトージョー君と言うらしい。ワイワイ騒ぐ他の子と違い、物静かなトージョー君が隣で良かった。
煩い人間が隣だと寝るとき困る。

「早川さん、何か困ったことがあったらいつでも聞いてね」
「……はい」
「先生に聞きづらかったら前の席の浅倉にでもどんどん聞いちゃいなさい」
「先生―、それどういう意味っすかー、ていうか何で俺は呼び捨てなんすか?」
「さー、今日の連絡事項を伝えます、静かにねー」
「スルー?! 俺の質問は無視!?」
「浅倉、煩いわよー」

ドッと沸く室内に、教師と生徒の関係は悪くないと感じる。クラスメイトと一緒になって笑顔を見せるアサクラの横顔は眩しかった。
トージョー君は変わらず静かだ。
笑い声も次第に小さくなり、先生の声が聞こえる。
それにしても暑いな。米神を伝う汗を拭い、何か涼しくなる様なものはないか、リュックを開ける。
ノート、ペンケース、携帯、――何もない。いや、この際ノートで扇ごうか。
真新しいノートを手に取る。
この状態で今日が乗り切れるのか、急に不安になった。
どうしようか頭を悩ませれば、隣から視線を感じる。
またトージョー君に見られている。私の顔に何かついているのかと、丁度手を掠めた携帯で顔を見る。
別に顔のパーツ以外に何かある様にみえない。
このままジッと見られるのも気分が悪い。

「な……」

んですか、という台詞はベルの音に遮られた。教室に喧騒が戻る。
いつの間にかトージョー君の視線も逸らされ、別にいいやと前を向く。

「ねえねえ、早川君? よろしくね!」
「イギリスから来たんだって? マジスゲーよ」
「ホントッ、俺なんか日本から出た事ねえし」
「俺なんか此処から出たことねえし!!」

囲まれていた。私の席を囲む生徒の群れに若干驚いた。

「どこら辺に越してきたの?」
「兄妹は? 部活何入る?」
「どの位イギリスにいたの?」
「いつ日本に来たの?」

何にが何だか、よく分からない。いっぺんに話しかけられ、眼を丸くする。
転入生がそこまで珍しいのか。質問してくるクラスメイトの眼はキラキラ輝いている。
このまま無言でいるのもどうかと思い、答えられる範囲で受け答えする。

「へー、結構近い所に住んでるんだね」
「そういえば、その辺にバカデカい家が建ったって母ちゃん言ってったな……」
「うん、うちの近所の人も噂してた。何かの仕事で有名な人の家らしいって」

この子達がいう馬鹿デカイ家ってウチだ、絶対ウチだ。
まさか御近所でそんな噂されているとは、恥ずかしくて歩けない。あの糞親父。頭を抱えたい衝動にかられる。
またベルが鳴った。それを合図に周りを固めていたクラスメイトがちれじれになる。何か、疲れた。
柄にもない事をし、授業すら始まってもいないのに体力の消耗が激しい。
机に突っ伏しそうになったところで、前に座る子がこっちを向いたのが見えた。

「なあ、兄妹仲は良いのか?」
「……あー、うん……まあ」
「そっか。俺一人っ子だから兄妹って憧れんだよね」
「いや、一人っ子ならそれに越したことないと思うよ。色々面倒臭いし。心……、兄貴は口煩いし、妹は、……変……」
「ふはっ、……妹は変ってどう意味だよ! お前面白い事言うな」

変態と言おうと思ったが、ゲラゲラ笑い始めたから口を閉じる。

「――おーい、席つけー。チャイム鳴ってんぞー」

さっきの先生とは別の、男の先生が入ってきた。
前を見ていると眼が合った。

「おっ、噂の転入生!」
「そうでーす。何とイギリスからの帰国子女なんだよ先生」
「それはそれは、先生は日本から出たことないやッ!」

そこは笑う所だろうか。箸が転がってもおかしい年頃を満喫するクラスメイトは笑い転げている。

「――転入生、いや……、えーっと、……早川、ね。早川、よろしくなッ!」
「……はい、お願いします」
「うん、よろしい。俺の授業は数学だ、何か分からない事があったらじゃんじゃん聞いてくれ」
「はい」

浅黒い肌に白い歯が眩しい。数学が担当と言う先生は、どう見ても体育教師にしか見えない。絶対専攻科目間違えてる。
雑談もそこそこに授業が始まった。取りあえずノートを取り出し、準備は整った。
カタンッと微かな振動が机から伝わる。見れば私の机に机が連なっている。トージョー君が寄り近くにいた。そして丁度机同士がつく間に教科書が置かれた。

「…………」
「…………」
「え、と……」
「……さっき見せてやれって先生が言ってただろ」

それはそうだけど。トージョー君が非常にやり辛そうに見える。
ノートを右に置き、腕が教科書に被さらない様に左手でペンを動かしている。両利きの私は問題無いが、トージョー君は辛い筈。

「あの、別に大丈夫だから、トージョー君が見なよ」

教科書がなくとも授業を聞いていれば十分だった。去年やったところだし、覚えている。
教科書をトージョー君側へ押しやる。すると間入れず元の場所に戻された。

「俺がッ、いいつってんだから黙って見てろよ」

トージョー君がそう言うなら何も言うまい。何か面倒臭いし。
出そうになる溜息を呑みこみ、先生の説明をBGMに教科書を読む。
あ、拙い。目蓋が落ちそう。欠伸を噛みしめる。
昨日の夜は眠れないのをいい事に、結構な時間までゲームをしていた。朝起きるのに一苦労したのは言うまでも無い。
そのつけがこうやって来ているが、もう駄目。眠くてしょうがない。
少しだけ。十分だけと自分自身にいいつけ目蓋を落とした。

「……早川、……暁……」

トージョー君が名前を呼んだことに気づく事はなかった。



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