胸倉を掴む俺様に、さっきとは立場が逆転したなとふと思った。

「てめえッ、何笑ってやがる!」
「別に……、……手放せよ」
「うるせえ!! てめえは俺様をおちょくってんのか、ああ゛ん?!」
「チッ」

話にならない。
一球相手をするという約束は守った。それが真剣勝負だとか、そんなオプション付けてもいないし、付けられた覚えも無い。
心が聞けば、どこの一休さんだよ、と頭を叩かれているところだ。生憎その心は、私を置き去りにし受付にいた女性と中へ入って行ってしまった。
やけに慌てた雰囲気だったが、何か問題でも発生したのか。
私は現在進行形で問題の真っ只中だけど。

「オイっ聞いてんのかッ――」
「――どないしたん跡部、少し落ち着いたらどうなん?」

眼鏡の少年が傍らに立っていた。俺様は苛立ちを隠さず舌打ちし、乱暴ではあるが服から手を放してくれた。
掴まれた部分を見下ろせば、案の定撚れて伸びている。最悪。

「忍足のくせに口出すんじゃねえよ! 俺様はコイツと話してんだ!」
「そないに興奮した状態でどう話せっちゅうねん。俺は落ち着け言うてるだけや」
「うるせえ!! 俺様に指図すんな、死ねッ!!」

手が勝手に動いた。パンッと乾いた音が響く。

「人に死ねなんて言葉、……――二度と言うな」

何が起こったのか誰も飲み込めない、俺様も眼鏡の少年も、ただ自分を除いて。そんな状況。
殴るのが最善だと、私だって思わない。だけど許せなかった。軽く口にするそれが、どれだけ相手を抉るのか。ただの戯言だと言われればそれでいい。それでも私は聞きたくなかった。
次第に赤みを増す頬が痛みだしたのか、俺様が顔を歪めたのが分かった。

「てめえ……ッ」
「跡部止めッ!!」

宙を舞う俺様の手を眼で追う。衝撃を覚悟し目蓋を閉じたが、聞こえたのは少年の声だった。目蓋を開くと、俺様の腕を掴む少年がいた。
何故私を庇う。余計な御世話だ。

「放せッ忍足!」
「嫌や!」
「糞ッ、放せ! そいつを一発殴らせろ!!」

私を睨みつけ、少年の腕を振り解こうとする俺様を見つめ返す。
一瞬辺りが光りに包まれ、次の瞬間心臓に響くような雷鳴が低く轟いた。
ハッと空を見上げれば、照りつけていた太陽は姿を消し代わりに厚い雲に覆われている。こんなに暗くなるまで気付かなかった自分が信じられない。空は光、雷鳴が響く。肌を打つ冷たい雨粒に絶望した。

「あッ、跡部!!」

俺様がそこにいた。綺麗な顔を歪ませ、空高く手を振り上げている。
振り下ろされる手がスローモーションに映る。
全てを洗い流す様な雨に打たれ、意識がフェードアウトした。



世界は回る

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