俺は他人と関わるのが酷く苦手だ。決して人付き合いが嫌いなわけではないけど、己のテリトリーに他人が踏み込むのが許せない性質だ。
その所為か物事を円滑に進める為にと愛想笑いと場の空気を読むと言う日本人が得意とする技を知らず内会得していた。それと大阪人特有のフレンドリーさ、悪く言えば馴れ馴れしさで友人関係は今日良好過ぎる位だ。
大して興味の無い話題にさえ話を合わせ、自分を着飾ることしか頭にない阿保な女共に笑顔を振りまく。ああ、何て馬鹿馬鹿しい。
それでも枠から外れないよう忍足侑士といういい子を演じる俺は、大層性格が歪んでいる。
だけど一人、――跡部景吾だけは俺の本質を見抜いとるんやろうなあ。
跡部に指摘された訳ではないが、眼が表情が態度が、跡部の全てが俺を胡散臭いと言っているようだった。
口は途轍もなく悪く態度は横柄気回り無いが、会話の端々に垣間見える聡明さ、優雅な身のこなしが育ちの良さを窺わせる。跡部はどうだか知らないが、俺はそれ程跡部が嫌いではない。

今日の誘いに乗ってくれた跡部に若干驚いたが、邪魔が入らない所で勝負ができる事に俺は内心浮足立っていた。
そんな俺に対しての戒めなのか、更衣室の扉を結構な勢いで開けた向こうでガンッと嫌な音が聞こえた時は面倒臭さと焦りが混ざりあった。
顔を押さえ蹲る人を見た時は流石に血の気がサッと引いた。親父が医者だとか関係無く、頭はヤバいと瞬時に思った。珍しくテンパった俺とは相反して、その人が落ち着いた仕草で顔を上げた。涙を浮かべるその子に無意識に手を伸ばしていた。記憶に埋もれる誰かと重なる。
それを叩き落とされ、今自分は何をしようとしていたのか我に返った。――ありえへん、男相手に何してんねん俺は。
瞬間その子はバツが悪そうな表情を浮かべ、立ち上がった。あ、と声が出かかり、咄嗟にその子の背中に手を伸ばした。
顔を押さえるその子に、病院へ行こうと促すも首が縦に振られる事はなかった。何故そこまで頑ななのか。
そうこうしてるうちに連れとおもしき男が現れ、なあなあになってしまった。何も言うなと無言の圧力を加えられ、しょうがなくそれ以上は何も言わなかったが、やはり心配なものは心配だった。

『心配してくれて有難う、……じゃあ』

聞こえたその台詞は遠くない昔、異国の地で聞いた台詞そのモノだった。
第六感が騒ぐ。俺はこの声色を知っていると。
だけどそれは俺だけだった。その子はただ訝しげに俺を見ているだけで、するりと猫の様に俺の手から離れて行った。

「絶対無いよ」

たったそれだけ。ぱた、と閉まった扉を見ていることしか出来なかった。
だから視界の端に映るテニスボールを見つけ、繋がりはまだ断たれていないと己を諭した。

昨日まで俺は、自分とその他の至極簡単な世界に生きていた。


一球勝負を言いつけただけあって相当面倒臭いのか、ノロノロ亀の様に脚を進めるあの子を目で追う。跡部が早くしろだとか罵倒を浴びせているがどこ吹く風だ。むしろより遅くなった気がする。

「おいッてめえ、さっさとしろよ!!」
「…………」
「俺様が相手してやるっつうのにチンタラ歩いてんじゃねえッ」

相手してやるというか、――相手をして貰うの間違いやん、とは口が裂けても言えない。
それに口ではあーだこーだ言っても律義にベースライン上で待つ跡部は、相当あの子とテニスがしたいとみえる。
――俺が先、出会うたのに……。
無意識に握りしめた手には返しそびれたテニスボールが収まっている。
ふと跡部と目が合った。何だと首を傾げようとした時、跡部の口元が歪んだのが遠目からでも分かった。まるで俺の気持ちが透けて見えているかの様なその行為に奥歯を噛みしめる。

「おらッ、サーブは貴様にくれてやる、よッ」

跡部が放ったボールが放物線を描きあの子の元へ打ちこまれたのも束の間、あの子はそれを何の躊躇も無く打ち返した。

「いらね。そっちからでいい」
「は、……はははッ!! その言葉後悔させてやるぜ!」
「いいから早くサーブしろよ。こっちは早く帰りたいんだからさ」
「言ってくれんじゃねえか、ああ? 俺様に負けて尻尾巻いて逃げんじゃねえぞ」
「…………」

早くしろとばかり無言で構えるあの子に思わず笑ってしまう。
跡部を知らないからこそ言える台詞だけど、仮に知っていたとしてもあの子はああいう態度だろうなと勝手に思った。

「はー、何でああも不愛想なんだアイツは……」
「え?」

聞こえた台詞に思わず相槌を打ってしまい、あの子の連れと視線がぶつかった。

「あれ、俺口に出てた?」

無言で頷く。

「はあ……、……キミもそう思わない?」
「……まあ、そうやけど」

未だゲームが始まる気配無いコートに視線を向ける。
跡部がああいう人間だから余計そう見えるだけかもしれないが、それにしてもあの子は表情が動かない。動かないと言うより、感情が表に出てない感じだ。俺も人のこと言えないが、それ以上にあの子は表情が乏しい。自分たちの枠に収まらない人間を排除する傾向にある俺達の様な子供にとって、あの子は異端な存在だ。跡部もある意味異端だが。そんな変わり者ばかり気になる俺もある意味変わり者なのだろう。
しかしあんなんで学校でやっていけているのかと、お節介にも心配してしまう。

「ええんとちゃう?」
「え?」
「それがあの子の普通やと思うで」

何をとって普通と言うのか。そんなの人其々だ。他人があれこれ指摘するものではないと、俺は思う。
男はただ心配しているのだという事は見てとれるが、あの子にしたら余計なお世話の一言だろう。俺だったら煩わしすぎて、距離を置く。

「は、はは、そっか……、うん、そうだね。確かにあれが暁の普通だ」
「…………」
「何か、初めて会った子にこんな事言われるなんて新鮮だね」
「いや、俺の方こそ偉そうな態度で堪忍」

お互い顔を見合わせ、顔を緩ませる。男のその表情が、あの子と重なって見えた。正面から見て感じたが、あの子とこの男どこか似ている気がした。

「何時になったら、始まるのかな……あの二人」
「へ……、ああ、ホンマや」

ジッと見過ぎていて気付かれたかと思ったが、そうではなくホッとする。
コート上では未だ跡部がつらつらと文句を並べ、あの子はもの凄く面倒臭そうだ。仕舞には手で顔を仰ぎ始め、そっぽを向いている。
駄目だこの二人。出会って数十分しか経っていないが跡部とあの子、お互い自我が強すぎて根本的に合わない気がする。
このまま放置して、始まるのは何時になるやら。暑い。
長期戦を覚悟したが、以外にもゲームは始まりをつげた。終わりも早かったけど。

跡部がサーブを打つ間もなくネットダッシュをしかけ難なくリターンした時は目を見張った。跡部の足元深くを抉り、ミスを誘いだす作戦か。微かに回転が上乗せされたリータンだけどそんなのモノともしない跡部は、ネット際に詰めているあの子に対しバックライン上にボレーを返した。ダッシュでみせたあの子の脚力なら容易くとれる筈、現に既にそこまでラケットを伸ばしている。
ボールがバウンドする。一回二回三回。んん?

「ああ、間に合わなかった」
「て、め……」

棒読みもいい所の台詞を残しあの子は足早にコートを出た。
ポカンとしていた跡部だが、その顔が鬼の形相に代わるのに時間は掛らない。
隣の男はあーあという表情を浮かべ、跡部は言わずもがな。あの子ももう少し器用にできなかったのか。
コートの端ではあの子の胸倉を掴む跡部が見える。まあ、当たり前と言えばそうだけど、此処で揉め事を起こすのは賢明ではないのは跡部も知っている筈だ。

「全くッ、暁の奴――」
「――申し訳御座いません! こちらに早川心様居られますか?」

聞こえた第三者の台詞が隣の男を呼ぶものだと認識したのは間もなくだった。

「え? 俺?」
「ああ早川様、良かった。受付の方にご家族と仰る方からの電話が入っておりますので、受付の方まで来ていただけますでしょうか」
「家族?」
「はい……、桜様と申しております」

電話をかけてきた相手の前を聞いた瞬間、男の眼つきが変わった気がした。

「ごめん、俺ちょっと行ってくるね」
「あ、……おん」
「それとこんな事頼むのはあれだけど、俺が戻ってくるまで暁をこの場に引きとめてもらっていいかな?」
「おん、分かったわ」

俺の返答に頷き、若干小走り気味に迎えにきた女の人の後に着いて出て行った。
その様子を見届け、未だ揉めている二人の下へ脚を進める。
ふと視界の端に映った黒いものが気になり首を回す。
真っ黒い雲の端が建物の陰から見え隠れしている。天気が崩れる。



あの子と跡部と、時々俺

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