丸井ブン太の場合


俺、丸井ブン太、シクヨロッ。
え? 何、俺の事知らない?
……まあ、そりゃしょうがない。
何てったって俺は、最近発売されたばかりの最新機種だからな。
発売の何日も前から並ばないと買えないほどの人気者で、そんな俺を持てた奴はすっげえ幸運なんだぜい。
だから絶対至れり尽くせりなバラ色の生活が俺を待っている!
そう信じて疑わなかった時期が俺にもありました。

「おい、いい加減起きろい!」
「…………」
「ああ゛もうっ、マジで起きろって! 遅刻しちまうぞ!」
「…………」

揺せど叩けど、うんともすんとも言わないコイツが俺の持ち主。
蓋を開けてみれば、至れり尽くせりどころか俺が尽くす側だった。
それが俺の役目と言われればそうなんだけど、何と言うか俺じゃなくてもよくね?という仕事が殆どだ。
朝起こす事から始まり、送られてくるメールを届け、かかってくる電話を繋ぎ――まあこれは本職で、後は時間の確認とか……。
って、――それしかなくね!?
激しく頭を抱えた。
そんな俺の葛藤なんかお構いなしに眠り続ける持ち主にイライラが募る。

「さっさと起きろ!」

勢いよく布団を剥がせば、猫のように丸くなって眠る持ち主が眼下に広がる。
それでもピクリとも動かない持ち主に、頭の中で回線が切れた音が聞こえた。

「いーいー加減にし、ろい゛だだぁあ゛!」

馬乗りになり頬を叩いた直後、バチと音でも聞こえそうに目蓋を開いた持ち主と目が合った。
ヤバいと頭で考えるより先に俺の視界は白一色となり、激しい痛みが身体を巡る。

「おい、馬鹿寝惚けてぇ゛ででぇえ!」

痛みが緩んだかと思えば、更なる激痛が押し寄せる。
このままではいつぞやの二の前になりかねない、が俺にはこの状況を打開できるだけのスペックなど備わっている筈もない。
――ああ、身体より咽喉が先に逝きそうだ。

「あ、やめろ馬鹿っ、ぃだだぁあ」
「――朝からうっせえぞオイ!」

危うく体から右腕が独立しそうになった所でこの救世主――心のお出ましに俺は涙した。
背中の重みが消え、適度に身体を伸ばしながら上体を起こす。
謎の音を奏でた肩に口端がヒクつき、朝から盛大に説教を唱える心を見上げる。
勿論持ち主は船を漕いでいた。
――おいおい。
それで心の怒りを買うのは当然で、今回も例に漏れることなく部屋に快音が響いた。
そこまでしてやっと薄ら瞼が開いた持ち主に、呆れを通り越して感心した。

「毎朝毎朝いい加減にしろっ、このボケぇ!」
「……ぅ」
「後! ブン太に技かけるなと何度言えば覚えんだ、ああ? いい加減学習しろ!」

そこで心はどこからか取り出したピコハンで持ち主の頭部を殴打し、大股で部屋を出て行った。
――……怖ぇえ。
持ち主とはまた違った恐ろしさが心にはあり、というかここの家の住人三人全員其々異なった意味で恐ろしい。
今更ながら、俺はとんでもない所に来たのだと実感した。

「っ、ぃた……ぁ」

後頭部に何か固いものが当たり、頭を摩りながら振り返れば相変わらず精気の感じられない眼が俺を見下ろしていた。

「お前っ、何すんだよ!」
「ん」

――もうヤダこの人。
持ち主は話す事すら放棄していた。
しょうがなく持ち主が顎で示す位置を眼で追う。

「……あ、――これ!」

目に飛び込んだのは、俺が一番大好きな緑色のパッケージのガム。

「何で!?」

それはこの辺りのコンビニには置いていない商品で、偶々出た先で見つけたのが始まりだった。
余りの美味しさにまた食べたいと持ち主に頼んだが、返ってきた答えは予想通りに面倒臭いの一点張り。
流石の俺も、――その時ばかりはやさぐれたぞい。
持ち主が基本機能以外で唯一使う絶品デザートのブクマを全消去した。
勿論、それに気付いた持ち主に一週間出禁にされました。

「……煩い。何でもいいから、早く下行け」
「え、だってよ……」
「はあ、……着替えるんだけど」

その台詞に慌ててベットから降り、足をドアへ向ける。

「ありがとな!」

閉まるドアの向こうから確かに聞こえた持ち主の返事に一層頬が緩む。
何だかんだ言おうと、俺の持ち主はただ一人。
例え関節をきめられ瀕死になろうと、雨の中放置され肺炎になりかけようと、な。
ガムを握りしめ足取り軽やかに階段を下る。
――そこ、食べ物に釣られただけじゃんとか言わない!
俺にとったら上手い菓子が食えるか否かは死活問題だ。
その前にこんな無茶苦茶な持ち主に適応できる携帯は俺以外無い――絶対。

「――もう、朝から煩いモジャ毛!」
「――んだと! お前潰すよ!」
「朝食中に喧嘩すんなよ、おい」

リビングのドアを開けた瞬間耳に届くお決まりの二人の声も今日は小鳥のさえずり程度にしか思わない。
これぞ菓子マジック。
テーブルを挟んでデコを突き合わせていた二人が同時に俺を見た。

「お早う、ブンちゃん!」
「丸井先輩はよっす!」

――これはこれで、上手くいってんだな。
仲が良いのか悪いのか、相変わらず息がピッタリな二人に苦笑いが零れた。




(充電が切れやすいのが難点な丸井携帯。ボディは丈夫です)

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