面倒臭さそうな奴がまた一人増えた。そして何故当たり前のように私が絡まれるのだろうか。
今日の占いは最下位だ、絶対そうだ。いつものように家から出なければよかった。
「てめえ……、よもや俺様を忘れたとは言わせねえぞ、あーん?」
俺様とか、まともな人間が使う一人称ではないのは確かだ。
関わりを持ったら駄目だと第六感が騒ぎだし、見るからに高飛車を象った人間から目を逸らす。
「俺様なんて人知らないし、知りたくもない。だから其処退いて、邪魔」
「――おいこらッ、待て暁!」
「……はぁあ、……最悪」
掌に顔を埋め、溜息を吐いた。
目の前の俺様がそこにいなければ、この場からさっさと消えられた筈だった。
背後に迫る気配に顔を顰める。
「勝手な行動するなよッ」
「うっせ、触んなっ。暑い!」
肩に触れる熱を振り払い、心を睨む。
「――跡部、どないして自分まで来てんねん」
「うるせえ。てめえこそ何勝手に居なくなってんだ、あーん」
会話からしてこいつ等は知り合い、しかも連れ合いっぽい。
それなら面倒者同士、テトリスの様にさっさと居なくなればいいのに。
「勝手やない。ちょっと行ってくる言うたやん」
「ンなこと知るか。そもそも俺は何の返事もしてねえッ」
「それこそ知るかっちゅうねん、このド阿保ッ!」
「ああ゛ーん!? てめえ誰に向かってモノ言ってやがる!」
「はんッ聞こえなかったん? ならもう一度言ったるわ、跡部のド阿保!!」
「てんめえ……、調子乗ってんじゃねえぞ、この糞足ッ!!」
「やんのかワレ、ああ゛ん?!」
「上等だオラ!!」
何だろうこれ。何でこんな全くこっちには関係の無い会話を馬鹿みたいに突っ立って聞いているのだろうか。
本人たちは至って真面目に喧嘩と思しき会話を交わしているようだけど、正直面白過ぎる。自分と彼等の温度差の違いだろうか。
それは傍らで口元を押さえ、笑いを堪えている心も同じらしい。
やんのかワレって、何処の極道の台詞だよ。まさか任侠映画で聞いた台詞を日常生活で聞く事になるとは、――日本恐るべし。
「ぶふッ……っ、ふく……くくくッ」
案の定堪え切れなかった心の笑い声が響く。
ヒイヒイ煩いがそのお陰で前の二人が黙り、困惑気味な顔で心を見ている。
そしてその視線はこっち移り、目で説明をしろと催促されている気がした。知らね、とそっぽを向く。
「あー、ヤバい……、腹いたッ」
笑い過ぎて腹が痛くなるとか考えられない。腹を摩る心を凝視する。
「……おい、大丈夫なのか?」
「えッ、あ……あはは、大丈夫大丈夫。こっちこそ急に笑ったりして悪かったね」
「……いや」
相変わらず日差しは強いが、何だか急に蒸し暑く肌に張り付く様な空気に変わってきた。
それに先程は自分の勘違いだと気にしていなかった緑の生臭い匂いが濃くなってきた気さえする。
揃いつつある条件下に再び天を仰ぐも、変わらず妖しい雲どころか何もない。
単なる思い過ごしならそれに越した事は無いが、何故か頭の中で警報が鳴りやまない。
「――……うん、いいよ。どうせ俺じゃ、大して相手できないし」
「ほう」
「暁、この子が暁とテニスしたいって」
肩を叩かれ、笑顔でそんな事を告げられた。警報の原因はお前か。
傍迷惑過ぎるそれに自身の顔が歪んでいるのが分かる。だけど己の都合のいい事しか見えないらしい奴等は、既にやる気満々だった。ただ一人、眼鏡の少年を除いて。
「…………」
「しかもこの子達、氷帝のテニス部だって」
つい最近聞いたその名前に反応し、少年二人に視線を向ける。
「はッ、てめえも氷帝の名は知っているんだな! 流石俺様だぜッ」
「どないしてそないエラそうやねん、自分は」
「俺様と勝負しやがれ!! この俺様が絶対的覇者と言う奴を教えてやるよッ」
「シカトかいな……はあ」
やはり関わってはいけない人種という私の見解は、大当たり。果てしなく面倒臭い、はあ。
「――で、俺様と勝負するのかしないのか、どうするんだ、あーん?」
「帰る」
「暁ッ、お前冷たいぞ!! 俺は……、俺は――そんな子に育てた覚えはありません」
育てられた覚えも無いけどな。頭を掻く。
「……アンタに付き合ってメリットあるわけ? この糞暑い中でやるとか、頭大丈夫?」
「はッ、言うじゃねえか! そうだな、俺様と出来る事が最大のメリットだ!!」
「…………」
俺様の頭の心配より、今までその糞暑い中テニスをしていた私達が頭大丈夫かとふと思った。
「暁ー、少しくらい付き合ってあげなよ」
「…………」
「暁ー」
「――煩いッ!! 鬱陶しい!」
只でさえジメジメと不快な上、ねっとり纏わりつくように名前を呼ぶ心に米神に筋が立つ。
何故そこまでこいつ等とテニスをさせたいのか全くもって理解できない。弱みでも握られているのか。それともいつものお節介か。
「――なあ、少しだけでええから、跡部の相手したってくれへん?」
「…………」
「自分も薄々気づいとるやろうけど、こういう性格やさかい。自分とテニス出来るまで諦めんよ、きっと」
「おいッ、そりゃどういう意味だ!」
「せやから、――頼むわ」
ベラベラと口数多い少年に目を細める。
確かに俺様の様な高飛車な人間は、やると決めたら何が何でも実行しようとする。過去にそういう人間と関わりを持った事があるからよく分かる。
こちらを直視する少年から視線を逸らし、空を見上げる。
まだ雲はない。ここで無駄な時間を費やすより、さっさと終わらせた方が賢明か……。
諦めの意味合いを込め、何度目か分からない溜息を吐いた。
「……やる」
「オイっ、何で忍足の時だけ……」
「――ただし、一球だけ」
「あ?」
「この一球だけ相手する」
ポケットから取り出したボールを見せ、それでいいなら、と続けた。
見ず知らずの赤の他人相手など一球で十分だ。
「それと――心」
思い切り眉間に皺を寄せている俺様から心へ視線を移動する。
「帰り、3ダッツね」
「は、はぁあ?!」
「こうなったのは誰の所為だ、ああ? きっちり落とし前は付けてもらう」
「…………」
「…………」
「……買わせていただきます、ううッ」
ガクリと肩を落とした心に鼻を鳴らす。精々自分の失言を悔いてろ。
ボールを地面に落とし、ラケットで遊ばせる。感触を確かめ、打つ面を斜めにしボールを弾く。
ボールは綺麗な放物線を描き、俺様の手元に収まった。
「――で、どうする? やるか、やらないか」
やらないならそれに越した事は無い。断れ、と強く念じる。
だがそう都合よく事が運ぶもなく俺様の眉間から皺が消え、俗に言う不敵な笑みと言うものを浮かべている。
「ハッ、おもしれえ! 精々俺様を楽しませろよ、あーん?」
俺様はそれだけ言うと、こちらに背を向けコートに足を向けた。チッ、断ればよかったのに。
舌打ちし、持ち場へ向かう。
招かざる者back