微かに鼓膜を震わした音に自然と顔が上を向く。瞳に映る空には相変わらず太陽が我がもの顔で居座っているだけで、雲一つ存在していない。聞こえもしない音に怯える自分に嘲笑した。

「おい暁ッ、いきなりスマッシュとか打ってくるなよ!! マジビビった……、……暁どうかした?」
「……別に」
「そうか……、ッて騙されないぞオイ! お前本当止めろよな、ああ言うの。一瞬固まったよ俺は……」

言いがかりにも程がある心の主張にウンザリだ。テニス歴何年だよ、おい。
長くなりそうだから、今の内に水分補給を取ろうとコートを後にする。ベンチに置かれたペットボトルを手に取り、口をつける。口の中を満たす温いそれに眉を顰めた。浅く息付き米神を伝う汗を拭う。

「――おった……」

やけに呼吸が荒く、肩で息をしている人物が出入り口を塞いでいる。
どこか見覚えある容姿だと思えば、ロッカールームで鉢合わせした少年だ。余程探していた人を見つけたらしい。
――まあ、私には関係無いけど。
視線を戻せば心は相変らず誰もいないコートに向かって小言を言い続けている。頭大丈夫か、アイツ。

「何無視しとんねん自分」

不意に肩を鷲掴まれ心臓が跳ねた。誰だクソ、と肩に置かれる手を払い落し振り返れば、そこにいたのは入口にいた少年だった。
若干不機嫌そうな表情を浮かべているが、何だと言うのか。
数歩元居た場所から後退し、改めて正面から少年と向かい合う。

「……何か、用?」
「何かって酷言い草やな自分、――折角落しもん持ってきはった相手に向こうて、なあ?」

少年はそう言うと腕を前に突き出し、もったいぶる様にゆっくり反転させた。
少年の掌に載っているのは無くしたと思っていたテニスボールだった。それが自分のだと確信したのは、ボールに描かれたロゴが持ってきたそれと同じだったからだ。

「これ自分のやろ? 更衣室のドアん所転がっとったわ」
「…………」
「俺の所為やろうなおもて……、キミのこと探しとったんやで」
「…………」
「また会えて嬉しいわ、ホンマ」

ボールを持ってきた事は感謝するが、たかがあれだけの接触でまた会いたかったと言う少年に不信感しか感じない。
多分、……いや確実にあの時交わしたやり取りが関係しているのだろう。少年が勝手にデジャブを感じ、会った事も無い私とどこかで出会ったと勘違いし続けている。面倒臭え。

「――おいッ、何勝手に居なく……ッて何やって……ん?」

今日はやけにタイミングが良すぎる。良すぎる所為で、後で何かあるかもしれないと勘ぐってしまう。

「あれ、キミ……」
「ども」
「……暁―ッ!!」
「何でだよッ! まだ何もやってないだろ!」

心のこういう所が嫌いだ。昨日見たテレビの台詞を借りるなら、マジウザい、だ。

「――いや、あの俺、落しもん持ってきただけやから」
「落し物?」

さっきまで私と話していた時とはどこか雰囲気が違う少年に眉を顰める。――何だコイツ。
にこやかに言葉を交わす二人から顔を背け、手入れの行き届いたコートをぼんやり眺めていた。
微かに緑の、土の臭いが鼻を擽った気がした。

「良かったな暁、ボールあって!」

バシバシと背中を叩かれ、思い切り顔を歪める。
殴る必要が何処にあるのか、ブン殴り返したくなった。

「それでお礼はちゃんと言ったのか? ん?」
「…………」
「オイ、暁」
「……ボール一個位で態々ドーモアリガト」

まあこの位で反抗するのも馬鹿馬鹿しいと、軽く頭を下げる。
それの何が気にくわないのか、人の頭をバコバコと殴る心に本気で殺意が芽生えた。これで頭パーになったら倍以上返しだ。
叩かれた後頭部を摩る。

「本当愛想ない奴でゴメンな」

大きなお世話だと、無言で心を睨む。
見るからに分かる愛想笑いを浮かべる少年の方がそれに気づき、鼻で笑われた気がした。腹立つ。
これ以上この場にいてもストレス解消どころか、更に溜まりそうだ。というか既に溜まってきた。
ラケットを握りしめ、コートに背を向ける。

「――……あ、オイ暁、何処行くんだ」
「何処って――帰る」
「はぁあ!! ちょ、何勝手なこと言ってんだよ!」

足を止め、振り返る。

「うっせ馬鹿ッ。てめえなんか一人で壁打ちでもしてろ!!」

人には其々限界値と言うものがある。
この茹だる様な暑さ、胡散臭い人間、それに加え理不尽気回り無い心の態度。これだけ揃えば十分だ。
とっとと着替えて帰ろう。途中でケーキを買っていくのもいいかもしれない。
そう頭で算段を立て、糞暑い屋外から撤退しようとした所、出入り口を塞ぐように仁王立つ邪魔な人間がいたことに気がついた。

「おいお前、――俺様と勝負しろ」

指差す様にラケットをこちらに向ける少年に礼儀と言う文字は存在して無いようだ。
コイツも暑さで頭が可笑しくなった部類か。というか。

「アンタ誰」

早く帰りたい。



セカンドコンタクト

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