「俺達が日本に来た意味って……、――あるのか?」

ゲームの画面から顔を上げ、右斜め向かいに座る心を見る。
心はテレビ画面を向いていてその表情は分からない。

日本に帰国すると宣言され早二週間、家族五人揃って日本へ戻ってきた。
なるべく荷物は少なくと言われ、ほぼ手ぶらで飛行機に乗った。まだ使えるものがある中、何故そんな事を言ったのかは新しい家に入ってすぐ理解した。真新しい家の中は生活に必要な全ての物が最新機器の状態でセットされていた。
真新しいシステムキッチンとキッチン用具を前にうっとり顔を綻ばせていた心の表情にドン引きし、何も見なかった事にした。
早速お気に入りの場所を見つけたシロを横目に自室を訪れれば同じように新品の家具家電、果ては衣類までが揃っていた。
確かに空輸代も馬鹿にならないし、揃えられるものはこっちで揃えた方が良いと言っても全てを新しいものにした親父には呆れる。付けっぱなしのタグを弄りながら溜息を吐いた。

そして今現在、土地が足りないと嘆く都内在住の人が見れば殺意が湧きそうな程無駄に広い家には兄妹三人と一匹しかいない。
この家に足を踏み入れ二十四時間も経たないうちに迎えに来た部下らしき男の人によって連行されていった親父と、ちょっとそこのコンビニ行ってきますみたいな口調で翌日出かけて行った母さんは再び玄関を潜る事は無かった。
どうせこんな事になるだろうと予想はしていたが思いの外居なくなるのが早やく、心の言う通り家族揃って日本に来た意味が見出せない。
日本の何処かにいるらしい母さんは帰国した意味はあったのかもしれないが、アメリカ本土から電波を飛ばしてきた親父は論外だ。
暫く帰ってこないで欲しい。

「……はああ」
「…………」
「何か反応しろよ、おい」

視線を感じ再びゲーム画面から顔を上げれば、今度は身体ごと此方を向く心と目が合う。

「……何かって、何」

聞く相手が間違っているのでは、という考えも桜の姿を見て納得する。
本と呼ぶにはやけに薄い雑誌の様な大きさのそれを気持ち悪いという言葉がぴったりな表情で読んでいれば、誰も声などかけたくもない。
即刻視界から排除し、目前に広がるのは不満げな心の表情と良く分からないテレビ番組だ。

「どうしてお前はそう……、……もういいや」

当てつけがましく溜息を吐き、そう呟いた心にムッとしたが、台詞の先が予想できるだけに口を開くことを止めた。
ポーズ状態のゲームを解除し、先を進める。

「……あ、そういえばさ」

――私は知らない。
貴方の言葉には興味がありません、とゲーム画面から寸分も視線を動かさずアピールする。
勝手に始めて勝手に終われ。

「――どの学校通いたいか決まった?」

カサと紙の擦れる音が聞こえ、ボタンを押す指が止まる。
学校云々を話し合う前に出て行った母さんから学校案内のパンフレットが届いたのが数日前。
同封されていた手紙には、各々が好きな学校に通うようにと記載されていた。親としてそれってどうなんだ、と心共々首を傾げたのは記憶に新しい。
一応パンフレットに目を通しはしたが学校自体に興味は全くもって無く、私が重視する点はたった一つ。
九月だと言うのに溶けるような暑さの中、それを確認してきた私はやれば出来る子なのだと再認識した。

――……面倒だな。
確実に煩く言われるのが目に見えているからノーコメントでやり過ごしたいが、後で発覚してもそれはそれで面倒になる。どっちにしろ面倒臭い事には変りは無く、苦虫を潰す。
何も言わない私達に業を煮やしたのか、再度同じ質問を投げる心の声と重なる様にして聞こえた鳴声に視線を戻す。
パンフレットの肌触りが良いのか何なのか、シロがパンフレット上でゴロゴロ寝返りを打っていた。綺麗に並べられていたパンフレットがぐちゃぐちゃにされていく様を並べた本人は唖然と眺めている。
几帳面な性格も大概面倒臭いが、取りあえずシロを抱きあげる。

「……んで、そういう心はどこの学校に行きたいの?」

大人しく腕の中に収まるシロを抱えたまま、ソファに座る心を見下ろす。
見るからにガクッと肩を落とす心は、大きく息を吐きだし頭を掻いた。

「ぅんー、まあ何校か絞ったんだけどさ、決めかねているんだよね」

心の右手が散らばるそこから数冊のパンフレットを取った。
鼻で適当に相槌を打つ。

「暁はどうなんだよ」

早速確信に迫る質問をしてきた心に内心舌打ちした。だがいつかは知る事になるし、それが早まっただけだと伝える決心がついた。

「――私ここっ!」
「あ、おいッ」

一言も口から出ないまま、第三者が会話視界へと割り込んできた。
いつの間にか心の背後に立っていた桜の手には、一冊のパンフレットが握られている。
阿保みたいに口を開いている自分に気づき、そっと結んだ。 

「この学校の制服凄い可愛いんだよ」
「お前な……、そんな理由で決めたのかよ」
「違いますぅ。まあ制服も決めた理由に含まれるけど、この学校と前の学校って姉妹校だから入りやすいかなって思ってね」
「……ああ、だから何か聞き覚えのある学校だと思ったのか……、うーん、氷帝か……」

通っていた学校と日本の学校が交流あった何て知らなかった。
校内で交換留学生など見た事なかったし、そんな情報は回ってこなかった、はずだ。
いや、もしかしたらそのような事を言っていた気がしなくもないが、よく分からない。

「だから迷っているんだったら心ちゃんも氷帝にしなよ。編入試験は免除になるし、態々あんな満員電車乗って通学しなくても徒歩で行ける距離に良い学校があるんだからさ」

桜の指差すテレビ画面にはドラマのワンシーンか何かで、ギュウギュウの電車内が映し出されていた。
あれが俗に言う鮨詰め状態か、と毎日あれに乗る自分を想像したら肝が冷えた。日本の電車怖い。

「うげッ、東京の満員電車は凄いとは噂で聞いたけど、まさかあそこまで……」

あまりの衝撃映像に心の決断が下るのも近かそうだ。
心は桜から氷帝のパンフレットを受け取ると、真剣な面持ちでページを捲りだした。

「ねえねえ暁ちゃん。暁ちゃんも氷帝行くよね?」
「え、いや」
「――ほら暁ちゃんも氷帝行くってよ心ちゃん! こうなったら兄妹全員同じ学校通うしかないよ」

何がほらなのか。あの短い台詞の何処を取ったら、私が氷帝へ行くと思ったのか。相変わらず人の話を聞かない桜に天を仰ぐ。
自分の事で頭が一杯の心は桜の台詞しか耳に届かなかったらしく、「そうだな」と一言。考えが纏まったらしい。

「そうと決まれば編入届出しに行くよ」

私達を見ながらそう宣言した心は、パンフレットが入っていた封筒から何枚か用紙を取り出した。
隣に座る桜が「面倒臭ッ」とぼやいた。

「ん? 暁の書類だけ無い……」
「……え……――えぇえ!!」

大人しく寝ていた筈のシロは腕から飛び降り、急ぎ足でリビングを出て行ってしまった。
その原因を作った桜は心の手から封筒を引ったくり、封筒を激しく上下に振っている。
勿論そんな事をして出てくる筈もないのは、私が一番知っている。

「もう書類出してきた」

確認した次のに学校を訪れ、転入届を出してきた。
公立だけあって面倒な入試がなく、その日の内に書類は受理された。
まあ仮に氷帝に決めた所で編入試験がないのは同じだったけど。

「……どうしてお前は、そう変な方向に行動力を発揮するんだ?」
「知らね」
「はあ……、まあいいや。取りあえず桜、出かける支度して。書類出しに行……」
「――暁ちゃん! 暁ちゃんは絶対スラックス穿いてね、このモデルなんかより絶対似合うから!」

テーブルに叩きつける様にパンフレットを開き、桜が言う制服を見せられた。
制服なんて誰が着ても変らないと思うのが、目を輝かせる桜にそれを言うのは気が引ける。

「桜、意気込んでいる所あれだけどさ、外見がどうであれ暁は女だぞ。だから暁が着るのは女子の制服だよ」
「サイレンートっ! 碌にパンフレットも読んでないのに知ったかしないで。氷帝は基準服だからそれを着るのが好ましいですよってだけで、女の子がスラックスを穿くのに何の問題もありません!」

息継ぎ無しでそう言い切った桜の肩は大きく上下している。
何をそこまで必死になるのか、さっぱり分からない。分かりたくもない。

「そ、れでも只でさえ暁は男にしかみえないんだ、女子の制服を着るのは当たり前!」
「何それ!? そんなの心ちゃんの勝手じゃん! 私は暁ちゃんの事を思って言っているの」
「へー、俺には男子の制服を着た暁に何か期待しているとしか思えないけど?」
「べ、別に暁ちゃんにハーレム作って欲しい訳じゃないし」

桜の台詞に気が遠くなる。
今回ほど自分の下した決断が正しいと思った日は無い。

「――それで暁ちゃんはどっち着る?」
「女子の制服か」
「このスラックスか」
「さあッ、どっち!!」

当事者を置いて更にヒートアップする二人の応戦に、そろそろこの場を離れようか考える始めた所だった。
こんな事になるんだったら、心に質問されたあの時さっさと答えとけばよかったと激しく後悔した。
鼻息荒い二人を前に、小さく溜息を吐く。

「……どっちも着ない、通う学校が違うから」
「……え……」
「は……、……はぁあ!?」

余りの煩さに耳を塞ぐ。

「ちょ、おま、何言ってんの!」
「煩いな、もう少し声のボリューム下げてよ」
「違う学校って、そんなこと母さん達が許す訳ないだろ、阿保か」
「生憎、母さんは賛成してくれた。そもそも自分の好きな学校通っていいと言ったのは母さんだ」
「そ、うだけど……、ちょ待て。お前さっき書類出したって言ったよな、それって……」
「勿論転入届だよ。受理されたから、もう学校の生徒になった」

心に相談しなかったのは悪いとは思うが、私にも譲れないものもある。
もしかしたら反対するかもとの思いで母さんに伝えれば一発ゴーサインを出され、大分驚かされた。
妙な感じを抱いたが、それ以上何も聞かなかった。
親父? 知らね。

「……まあ母さんが知っているんだったらいいけどさ」
「…………」
「で、どこの学校に通うわけ?」
「うん、それなんだけど……」
「――ヤダ」
「あ?」

そう言って頭を上げた桜の顔を見てぎょっとした。今にも涙が溢れそうな眼と眼が合った。

「私ヤダ、暁ちゃんと違う学校通うなんてヤダ。暁ちゃんとこの制服着て氷帝通うんだもん」
「桜」
「ヤダヤダ聞かない。何で暁ちゃんはそうやって勝手に決めちゃうの? 私と一緒に通えなくて寂しくないの、ねえ何で?」
「桜、ちゃんと聞い……」
「聞かないってば!! 暁ちゃんの馬鹿、あんぽんたん! 暁ちゃんなんて、――大嫌い!!」

そう捲し立て、取り次ぐ暇も無く桜は部屋を出て行ってしまった。
まさか桜がそこまで同じ学校に通いたいとは思っていなかった。考えは変わらなくも、相談だけでもすれば良かった。己のことしか考えていなかった自分に舌打ちしたくなった。

「桜だって本心で言った訳じゃない、あまり気にしないほうがいいよ暁」
「…………」
「俺だってあそこまでじゃないけど、驚いているんだからな」
「分かってる」

頭を撫でまわす心が鬱陶しいが、手の温もりが頭から全身に伝わる。

「それで改めて聞くけど、どこの学校?」
「伊瀬中」
「伊瀬……、ってもしかして少し先の伊瀬中か?」
「それ以外にどこがある」

家から一番近い学校を目指したらそこだっただけの事。
仮に氷帝の方が近かったならば、迷わず氷帝にした。

「お前なあ……、それなら氷帝でもいいだろ。距離的にもあまり変わらな……」

不自然に言葉を切った心の視線の先には、着信を知らせる様に私の携帯が小刻みに震えている。
朝から煩い事この上ない。

「さっきから気になってたけど、出なくていいのか?」
「うん、ただの悪戯電話」

だから気にしないでと続けたが、私の携帯は既に心の元にあった。
呆れたように溜息を吐かれる。

「暁、学校の事父さんには?」
「知らね」
「やっぱり」

出ろと携帯を押し付けられるが、出る気など毛頭ない。
受け取ったまま振り被り、誰も座っていないソファ目がけ投げつけた。
柔らかいクッションに威力が吸収され、壊れる心配もない。

「……一言で良いから父さんにも伝えな。面倒を被るのは暁、お前だよ」
「……分かった」

明日も同じ状況が続くようなら親父からの着信は拒否しようと算段を整えていたが、心の言う事も一理ある。
こうなれば親父に口を挟ませないよう要件だけ一方的には話し、即刻電話を切れば問題ない。
私も満足、親父も満足。
段取りを考えながら冷蔵庫へ向かい、麦茶をコップへ注ぐ。

「後、桜とも話すこと――分かった?」
「分かってる」

桜のご機嫌取りには骨が折れそうだ。



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