とある少女の怪異録 | ナノ

64

久々の一切予定の入っていない土曜日をまったりダラダラ満喫する予定だった。

昨日は学校終了後直ぐに依頼が入っていた。学校後にこなす依頼は近場のことが多く、今回も都内のどこかだろうと高をくくっていたら見事に裏切られ、私と同じように学校終わりの学生でごった返す電車に揺られ隣の県まで連れていかれた。
遠出というほど遠出ではないが県を跨ぐなら車で連れて行ってくれればいいのにと吊革に掴まりながらボソッと文句を口にしたら見事に地獄耳に拾われた挙句、「車では約束の時間に到着しない可能性がありますが、その点電車は滅多なことがない限り確実ですので」等々ぐうの音も出ない正論を並べられ、「ソウデスネ」と流れる景色を目で追いながら返した。
折角明日は何週間か振りかの真っ白な土曜日で、その土曜を有意義に過ごそうと目論んでいたのに誤算にも程がある。まあそれでも、行き帰りの移動時間と依頼内容を合わせても夕飯までには帰れるだろうと盛り下がった気分を無理矢理上げた。
時間的に直接話を聞くのが難しかった為その代わりに貰った事前報告書に目を通したが、驚きは一切ない何も珍しくないごく普通の憑き物関係で下手を打たなければ一時間もかからないものだった。むしろ下手を打つ方が難しい。
そうしてちゃっちゃと祓ってさっさと帰ろうと意気込みの元依頼人に会い、本家の人間共々絶句した。ただの個人に対しての憑き物物件が、何がどうしてそうなったのか依頼人の家族――というか家そのもの、に広がっていた。
話を聞けば、どうしても今日まで待てなかったようで親戚だか友達だかに相談したところ、自称霊能者を紹介されたらしい。しかも値段もリーズナブルだったようで、上手くいけば今日を待たずに全部解決すると心を揺り動かされお願いしてしまった、と。
その結果がこれじゃあね、とどんよりというかおどろおどろしい室内を見回せば、依頼人が泣いた。意味が分からない。いや、確かに自分に可笑しなモノがついていると言われれば不安になるのは尤もで、解決する可能性があればどのようなことにも縋りたくなる気持ちも分からなくもないが、依頼に訪れた時に言われたはずだ。

『今すぐどうこうではないので安心してください。むしろ下手に干渉した方が事態は悪くなります。現状を維持したままお待ちください』

そう、目を通した書類にも書かれていた。
――どうして『やるな』ということをやるのか。
どうしようどうしよう、と泣き崩れる依頼人を見下ろす。
というか持ち込まれる依頼の半数は『やるな』『入るな』といった禁止事項を行った結果、が大半を占めていることを思い出した。同情の余地は皆無で、自業自得にもほどがある。
どうします、と本家の人間に目配りをすれば、すでに本家と連絡を取ったようで依頼人次第だと答えが返ってきた。そのやり取りを聞いていたらしい依頼人は、こちらが尋ねるより早く助けてほしいと訴えてきた。
自業自得とはいえ、この為に一体いくら払うことになるのか依頼人の懐の心配をし、仕事に取り掛かった。
全てが終わったのは夕飯もとうに過ぎた、お月様がこんばんはしてから数時間後だった。
帰りの電車の中で「特別手当は勿論出ますよね」と何度も本家の人間に聞いた。それくらいの働きはした。むしろ普段貰う額よりゼロが一つ多くてもいいくらいだ。
疲れが蓄積された体を引きずり家に帰り、軽めの食事をとり湯船に浸からずシャワーだけを浴びた後ベッドに潜りこんだ。
自分で選んだ道とはいえ、中学生にして過労死するかもしれない。
色々ごっそり持っていかれる依頼の後は毎回そう思っているが、次の日まで疲れを引きずることは不思議とあまりない。
睡眠大事、と十一時を指す時計を寝ぼけ眼で見やり、大きく欠伸した。
折角の休みを半分睡眠で消化してしまい勿体ないと思ったものの、午後から読み始めても十分読み込めるはずと机の上の本を見やる。今日は新しく借りた本を読むと決めており、出かけるという選択肢は元からない。
ベッドから這い出る。

『あーようやっと起きんたんか。こないな時間まで寝過ぎやん、お寝坊さんにも程があるで』
『起きるの遅えよクソアマ。さっさとフルーリー食わせろよ、クソが』

居間に入り、こちらに背を向け立っている母さん達におはようと声をかけるより早く別方向から聞こえた挨拶に眉間に皺を寄せる。

『凛様になんという口をッ、口を慎め貴様ら!』
『はい出たー。口煩ぇ保護者出たー』
『は、なんで怒られなあかんの。ウチは事実を言うたまでで間違ったことは言うてへんやん。一々うっさいねん自分』
『――滅す』

印を組み、強制退席させる。
起きて早々煩いのは聞きたくないし、仲裁もしたくもない。
――まあ日頃からそんなに仲裁はしたことないけど。
そして改めて母さんとその隣にいるヤマダさんにおはようと声をかけ、椅子に座る。

『おはようございます』
「おはようじゃなくて、おそようでしょ」
「それだけ疲れてたの。もうお昼?」
「お父さんが戻ってきたらね」
「……呼び出し?」
「式が飛ばされてきてね、部屋にいるの」
「ふーん」

カレーのいい匂いにグーと鳴ったお腹を撫でながら席を立ち、ご飯の前に顔を洗おうと洗面所に向かう。
飛ばされてきた式の内容が気にならなくもないし、むしろ嫌な予感がビシビシするが、今日は絶対本を読むと決めている。それに昨日のことを思えば、いくら本家でも私に回さない、はず……多分。
顔を洗い終え、脱所を出たのと離れの方から父さんが足早に歩いてきたのは同時だった。

「あ、おは、」
「凛、直ぐに出る支度をしなさい」
「え」
「五分で出るからね」
「……え?」

有無を言わさない、どこか鬼気迫る様子でそう言い放ち父さんは居間に入っていた。
知ってたけどさ。死人に鞭打つのが本家だって知ってたけどさ、こんな仕打ちあんまりだ。呆然と廊下に立ち尽くしていると、居間から顔を出した母さんに支度するよう急かされ、部屋に追いやられた。
泣いていいかな。
のろのろ、嫌々着替えていればあっという間に五分経ったようで準備できたかと扉の向こうから父さんに声をかけられ焦る。

「ちょ、もう少し待って。着替えただけでまだ何も用意してない!」
「何も持たなくていい、もう出るよ」
「え、なにもって」

どういうこと、と遠ざかる足音に慌ててドアを開ければ、玄関に向かう父さんの背中が見えた。
あまりに強引に物事を進める父さんにいよいよ嫌な予感が現実めていてきた。
部屋に戻り、何もと言われても本当に手ぶらで出るわけにもいかず携帯と呪符を数枚ポケットに突っ込み部屋を後にする。
靴を履き終えた父さんに急かされ、小走りで玄関に向かう。居間からは相変わらずカレーの匂いが漂ってきてお腹からグーグー悲鳴が上がっている。せめてお昼ご飯を食べてから出たかったとブツブツ文句を言いながら靴を履いていると傍らに立っている母さんから「駅弁でも買って食べなさい」との言葉が降ってきた。うん、駅弁も悪くない。
そして引っぱられるように家を出れば、あれよあれよという間に父さん共々新幹線に乗車していた。
何の新幹線に乗ったか定かではないが、進行方向からして向かうは久々の本家であることは明白で、しかもここまで急速に物事が進められていることからも十中八九、百パーセントの確率で自分勝手な高慢ちきな奴がらみだということは理解した。が、まさかの依頼内容は元より依頼人すら父さんも知らないらしい。飛ばされてきた式にはただ、私を連れ直ちに本家に来いとだけ、と。都内から京都くんだりまで呼び寄せておきながらさっさと来いだけとか、簡単に依頼内容を添えることも出来ないほど厄介な事案なのか。まあ、父さんのみならず私まで呼び出された時点でお察し案件なのは理解できたが、それでももう少し言い方はなかったのかと、本家の相変わらずの上から目線っぷりに恨み節を唱えながら新幹線に乗る前に購入した駅弁を食べた。
そして今現在、炭火焼特上カルビ弁当を食べいくらか浮上した気分がどん底へと突き落とされている。

「こちらは払いたくもない大枚をはたくのですよ! それで何故小むす……、年端もいかない子供に任せるのですか!? おかしいではありませんか!!」
「ですから先ほどから申し上げております通り彼女は年齢こそ稚いですが、陰陽師としての実力は五本の指に入るほど有能な術者です」
「なら他の、五本の指に入っている方でお願いしたい。いくら優秀だと言われようともこんな小娘では先生は納得しない!」
「生憎ほかの術者はすでに他の依頼を請け負っておりましてそれは不可能で御座います」
「先生以上に重要な仕事があるというのですか!? ああもうッ、それではそこにいる方でもあちらにいる方でもいい! 兎に角子供以外でお願いしたい」

偶の休みを潰され挙句来たくもなかった京都に来て、なんで私は謂れのない罵倒を浴びなければいけないのでしょう。罰ゲームにもほどがある。小娘呼びとか、もうね。
確かに今までも何度となくこんな子供にだとか、ガキにだとか悪意ある言葉を言われ続けてきたし、こんな子供が依頼を引き受けますなど言われれば不安を覚えるのは仕方のないことだと割り切ってはいるが、それにしても今回ばかりは腹が立ってしょうがない。これを言っているのが依頼人本人ならまだしも大臣は忙しい人間で云々とのたまい秘書とかいう男という事実に、そろそろ我慢の限界も近い。
いつもなら背後霊のごとくピッタリくっ付いているヨリは事情があって内に留めたままだが私の目を通して見ている、耳を通して聴いているヨリから「殺す殺す殺す……――」といった呪詛がひっきりなしに聞こえてこれまた別の意味で我慢の限界が近い。

「それがご依頼人様の要望でしたらそうさせて頂きますが、そうなりますと一つ誓約を追加させていただきます」
「子供以外でしたら誰でも結構ですので、」
「でしたら……――対象者の死に関して私共の非は一切ないことに同意していただきます」
「……は? 死?」
「はい。こちらは適任だとする術者をお伝えしたつもりだったのですが、非常に残念なことにそちらは別の術者にしたいと仰る。ですから、依頼遂行中に如何なることがあろうと、例え亡くなろうとこちらで責任は負いかねますことをご承諾くださいますようお願い申し上げます」
「え……、は、ちょ、な」
「おや、何か問題があると? 私は申し上げました今回の件につきまして彼女以外――八神凛以上に適任の陰陽師はいないと」

――針の筵ってこういうことを言うのね。
祭事や特別な行事ぐらいでしか使用することがない広間には私含め十数人の術者が集まっている。
大抵一人の依頼人に対応する術者は一人で、それこそ複数人で対応するなど余程のことがない限りありえない。まさかこの場にいる全員駆り出されるとは思っていないが――それだけ厄介ってこと、かな。色んな意味で。
それか本当に突然舞い込んできた依頼で、尚且つ詳細は一切説明されなかったのか。だから本家は如何なる事態にも柔軟に対応できるよう術者を集めた。
ちらほら見知った顔があり、その人達からは特別なにもないが、祭事でしか顔を合わせたことがない人間からの乱れ飛ぶ視線が全身に刺さっている。
これまた確かにこんなケツの青いガキんちょ以外勤まらないなどと言われれば、私の数倍年を重ね何万と依頼をこなしてきた古参達の山より高いプライドがずたずたになるのも頷ける。
だから――私ではない誰かに任せて欲しい。
特に、腰を落ち着け平然とした様子で事の成り行きを黙って見守っているつもりの、だけど隠しきれていない怒気をこっちに向けてくるそこの人とかオススメ。
丁度対角線上に座っている次期当主確定の現当主嫡男・八神総さんでいいのではないでしょうかね。
まだ未成年といってもすでに高校生半ばで、更には次期当主というネームバリューもあり、陰陽師としての腕も直系の名に恥じないほど申し分ない。彼なら古株連中や先生とやらもきっと納得してくれるはずだ。
かといってそれを私から言えるはずもなく、私は事態が変わってくれることひたすらに祈るばかりだ。
先ほどから一切口を開かず、何かを考えるようにじっと目を閉じている当主に期待の念を向ける。


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