とある少女の怪異録 | ナノ

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それにあの時、意識の手綱を完璧に握られていた状態で桃井さんが青峰君の声に反応したのもきっと青峰君と深いつながりがあったから、と考えるのが妥当だろう。
他人には、私に出来ない芸当だった。
勿論彼等がこの場にいなければ立てた計画通りスムーズに桃井さんを助けられた筈で、彼等の所為で計画は狂いに狂った挙句大切な式どころか己の命まで失いかけたけど、結果論で言えば青峰君と緑間君がいたから桃井さんを助けられた、といえなくもない。
――何も成長してないわね、私。
あの状況下で、私の力だけで桃井さんを助けられる確率は限りなくゼロだった。青峰君の声が無ければ今頃桃井さんは、とその先を考え自嘲気味に鼻を鳴らす。
私は緑間君の時の失敗から一体何を学んだのだろう。何一つ成長していない己に嫌気がさす。

「あー私もまだまだ修行が足りないな……」
「あ、何だって? 修行?」
「ありがとって言ったのよ」
「……は?」

想定外の事が起ころうとも冷静に場の状況を読み、臨機応変に動くことを覚えなければこの先この仕事をやっていくのは難しいだろう。だけどこの道で生きていくと決めたのは他でもない自分だから。
一歩下がり、目を丸くする青峰君を見上げる。

「青峰君のお陰で桃井さんを助けられました。足手まといとか言ってごめんなさい」

「ありがとうございました」と頭を下げる。
うんともすんとも言わない青峰君に下げた頭を上げれば、青峰君はポカーンとした表情を浮かべ固まっていた。
ふふ、と笑みを溢し、体の向きを変える。

「それじゃ私帰るね。青峰君も気をつけて帰ってね」
「お、おう」

「お休みなさい」と青峰君に背を向けた所で、あ、そうそう、と再び青峰君に向き直る。

「青峰君と緑間君の働きに免じてペナルティーは無かった事にしてあげる」
「は?」
「但し次はないからね」

は、ペナルティー?と疑問符を浮かばせながら首を傾げる青峰君に「さようなら」と告げ、止めていた足を動かすが、一歩二歩歩いた所でふと足が止まる。
何か忘れている気がする、がそれが何なのか思い出せない。
――あれ。何だろう。
うーん、と首を捻るもそう簡単に思い出せるわけもなく、もやもやとした歯痒さだけ蓄積される。だけど忘れてしまったものはしょうがない、というか忘れるという事はそこまで重要ではないと思う。それにふとした瞬間思い出すだろうし、と止めていた足を動かす。

『凛様、ナカムラ、』
「八神――!! 何とかしろ――!!」

そうだ。ナカムラさん。
ヨリと緑間君の声で思い出した。いやヨリは殆ど答えを言っていたけども。

「ナカムラさーん、帰るよー」

足は止めず、頭だけ緑間君達の方に向ける。
未だナカムラさんはおんぶお化けとして緑間君の背中に張り付いていた。粘着質だなあー、とナカムラさんに気に入られた緑間君を憐れむ。
緑間君から「降りてください」だの「呼んでますよ」だのと聞こえるが、ナカムラさんは聞く耳を持たず変わらず緑間君にベッタリだ。
緑間君も嫌なら振り落とすなり、無理矢理引き剥がすなりすればいいのに、とどこか腰が引けた対応をする緑間君に首を傾げるも――まあそうは言ってもナカムラさんのあの姿を見た後じゃそれも出来ない、よね。
溜息を吐き、ヤマダさんに此処で待っているようにと告げ、ナカムラさんを迎えに行くためUターンする。
――全く、世話の焼ける式だ。
そして何を思ったのかヨリは私を追い越し、先に緑間君の方へ向かっていった。

「ナカムラさん、お願いだから離れてください!」
『いややわぁ、ナカムラさんだなんてそない他人行儀な。ナカムラちゃん、て呼んでえなあ、なあ真太郎』
「降 り て く だ さ い」
『もう、恥ずかしがり屋さんなんやから! せやけどそんな真太郎も好ぎや゛ぃったぁあ――!!』

あ、と思う間もなくヨリの鉄拳がナカムラさんの脳天に落ち、その衝撃でナカムラさんは緑間君から転がり落ちた、が案の定ナカムラさんは直ぐに立ち上がるとおでことおでこがくっ付く距離でヨリと睨みあいを始めた。
――どうして平和的に解決してくれないのかしら。
火の気のない所に無理矢理火をおこすのが私の式だったと痛感させられる。

『なにすんじゃボケぇ!』
『いい加減にしろ。これ以上凛様の手を煩わせるな、そうでなくともお前は、』
『はーホンマ煩っさい男やな。そない煩い男は嫌われるで』
『ナカムラっ』
『はいはい、えらいすんませんでしたー』

自我を縛らず、それなりに自由にさせているが考えを改めた方が良いのかなあ、とこれからの身の振り方を考え始めた所でナカムラさんの軽々しい謝罪の言葉が聞こえた。
早々に謝ったナカムラさんの判断は正しいが、ただまあ口だけ謝った所でヨリの気が収まるとは到底思えない。これは長くなるぞ、そう思ったのはナカムラさんも同じだったのか、ヨリの口が開かれるより早くナカムラさんは背を向け、足早に五メートル程の距離を取った。そしてくるりと優雅に長い髪を揺らしながら振り返った。

『真太郎、次は煩いのがおらん時ゆーっくり話そな』
『ナカムラ!!』
『ほな、またね』

――ナカムラさんは一々ヨリを逆撫でする言葉を付け加えないと話せないのかな。
緑間君にばちんとウインクを投げつけ、そそくさヤマダさんの元へ移動したナカムラさんに頭が痛くなった。

『全くナカムラの奴ッ、今度という今度は勘弁なりません!』
「うんうんそうだよね。ヨリの言う通り」
『凛様!! 貴方がそうやって甘やかすからあやつはつけ上がるのですよ! 大体日頃から云々――……』

ナカムラさんは元より、こうやって私までとばっちりを食らうから――本当に止めて欲しい。
ヨリに共感するように相槌を打ち、難を逃れようと思ったが完璧失敗した。そして大方の予想通り私に矛先が向いた。
こうなったヨリを止める術を私は知らない。無理に止めようものなら、一晩中ガーガー愚痴の嵐に巻き込まれる。
これはもう熱が冷めるまでほっとくに限る。

「じゃあ緑間君も気をつけて帰ってね」
「…………」
 
ナカムラさんのご褒美のフルーリーを既に決定事項である半分から、更に半分にすることを決め、所在無げに立っていた緑間君に視線を向ける。
だけど緑間君はうんともすんとも言わず、私を、いや私の背後辺りを穴が開きそうなほどの眼力でじっと見つめていた。何をそんな熱心に見ているのかと緑間君の視線を辿る。
視線の先にはヨリ、もっと先にはヤマダさんと合流したナカムラさん。
特別興味をそそられるものはなかったが、と回した頭を戻す。
だけど緑間君の視線は固定されたままで、改めて緑間君の視線を辿れば真っすぐ私の後ろを見ているというより若干右にそれている気がする。そしてその先に居るのはもれなく――ヨリだ。
いやまさか。だって緑間君にはヨリを視れるだけの力は備わっていない筈だ。これまでも、今日だってヨリは殆どずっと私の傍らにいたけど緑間君は視えている素振りなどしていなかった。
――まさか。
私達と行動を共にしている所為で眠っていた力が共鳴し、蓋が緩み始めたの、かな。
私自身まだ経験はないが、八神の術者と接触していた所為で才能が開花した人間がいると噂で聞いたことがある。ただそれは何百日、或いは何年も傍にいた上でその人間が秘めたる力を持っていたからそうなっただけであって、例え力を持っていようとも何百日どころか時間にすれば数日も一緒にいない緑間君に影響があるのだろうか、と首を傾げる。
そして仮にヨリが視えているのなら視えていると――なんで言わないのかしら。
うーん。緑間君の視線の意味が分からない。

『凛ー、ぐずぐずせんとはよ帰ろうやあ』
「……今行くー」

とりあえず聞くだけ聞いてみようと思った出鼻をナカムラさんに挫かれた。
が、何かあれば緑間君から言ってくるだろうし、もし視えていたとしても此方にはなんの不備もない。
ただ本当に覚醒し出しているとしたら、緑間君にとったら少々不憫だとは思う。今まで視えていなかったモノや聞こえなかったモノに気づいてしまうことほど恐ろしいものはない。どの程度緩んでいるのか分からないが、全開でない事を祈るばかりだ。
緑間君に再度声をかければ今度は返事が返ってきた。だけどまるで私が此処にいるのを今知ったような、そんな態度だった。
気をつけて帰ってね、と伝え緑間君に背を向け、未だぶつくさ悪態をつくヨリを連れナカムラさん達の元に向かう。

『もう何やっとんの自分、鈍間の亀やないんやから』
『ナカムラっ、貴様が言うな!!』
『ヨリには言うてへんやん。ホンマ煩っさくて敵わんわ』

やれやれと言いたげに首を左右に振るナカムラさんにヨリの血管が切れた音が聞こえ、そしてもう何回目かも分からない妖怪大戦が私を挟んで勃発した。
――私の方がやれやれよ、全く。ヨリも馬鹿正直にナカムラさんの煽りに乗らなければいいのに。
印を組み、煩い二人と強制的にバイバイすれば、途端辺りは夜の静けさを取り戻した。
困ったような表情を浮かべるヤマダさんに笑顔を向ける。唯一の良心はヤマダさんだけだ。
喉の奥から湧きあがる欠伸を発散する。

「八神――!!」
「はー、ぅん?」

私の名前が木霊した。近所迷惑にも程がある。

「……くれて、さつき助けてくれて、ありがとな――!!」

青峰君は此処が現実世界だって分かっているのだろうか。
ついさっきまで九尾が作った別空間にいたからどれだけ騒いでも破壊しても良かったが、今は下手したら騒いでる人がいるとかで警察に通報されかねない。
――いや、きっと。
青峰君達は自分たちが別空間にいたなんて思いもしないだろうね。まあ冷静に考えられる状況ではなかったし、それに何よりそんな余裕は微塵もなかった筈だ。
不意に視界の端に光ったものが映り、空を見上げる。雲一つない夜空に星が散らばっている。

「あー明日は本読めるかな、読めるといいな」
『大丈夫ですよ。きっと読めますよ凛様』
「もうっ、なんていい子なのヤマダさん!!」

ハグーとヤマダさんに抱きつけば、頭上から小さく控えめな笑い声が降ってきた。
ヤマダさんが言うのだから明日はきっと――読書日和だ。


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