とある少女の怪異録 | ナノ

54

切っても祓っても消してもゾンビ映画のゾンビのように後から後から湧いて出る狐共に開始早々苛立ちのメーターが振りきれそうになる。勿論その苛立ちの原因はうざったい狐だけではなく、他にもあるのだけど。いやむしろ狐よりもそっちに対しての方が苛立ち指数は大きい。
九字を切りながら、後方にいる馬鹿二人にチラと視線を送る。
当然ながらここと然程状況は変わらずあっちにも大量の狐が押し寄せ、そして言うまでもなくヤマダさんは本領を発揮することなく襲いかかる狐から足手まとい二人を守っているだけだった……――そう、だけなのだ。
頭が痛い。
何であの二人がこの場所にいるのか全くもって理解できない。というか何でこの場所が分かったのかというのが全てだ、が恐らく、いや十中八九緑間君の仕業だ。絶対そうだ。それしか考えられない。
剣印を結びながら不動明王の真言を唱え、群がる狐をなぎ払い、間髪入れずにヨリが止めを刺す。
確かに私はあの時図書室で此処に繋がるだろう言葉を幾つかぽろっと言った気はするが、それはただの名詞であって固有名詞ではなかった。それにもかかわらず、そのほんの少しのヒントだけでこの場所に辿り着いてしまった緑間君には脱帽する――腹立たしいことには変わりないが。
まあ、これ位言った所で大丈夫だろうと油断した自分が悪いと言えばそうだし、それに何より人格者としての片鱗を覗かせていた緑間君に対し脇が甘かったのだ。
今更IFの話しをしてもしょうがないが、もしあの場にいたのが青峰君だけならきっとこんな事にはならなかった、と少々失礼なことを考えつつも、私も考えてから発言するべきだったと一人反省会を開催し自己解決した所で再びヤマダさん+αを視界の端に映す。
――はあ、ホント勘弁してよ。
ヤマダさんの名誉のためにも少々訂正するが、ヤマダさんもただ身を挺して守っているだけではないようで、隙があればそれなりに切り刻んではいるようだ。それでも当初の計画からは大幅に軌道がずれている。本来ならヤマダさんにも今私がいる所で仕事をして貰う予定だった。
ヤマダさんに「仕事はきっちりやれ」と言ったものの、そんなオーダーは足手まとい二人がいる時点でほぼ不可能なのは分かっていたけどさ。
無駄口を叩く暇があったなら、さっさと二人を此処から叩きだすべきだった、と今日何度目かの自責の念に駆られる。
はあ、と溜息を吐く。
――まあいい。
今は後悔するより、周りの狐に集中しよう。
そして、もうヤマダさんは戦力としてみない方が良いだろうね。勿論そこそこ貢献してくれてはいるが、それはいないよりはマシ程度の貢献度なので殆どいないも同然だ。

「ソバニソババサラウンハッタ!」

誓約違反を執行するのは当たり前として、その前に迷惑料を請求しても罰は当たらないよね、と終わってからの段取りを組みたて意識を前に戻そうとした時、不意に緑間君の姿、というか挙動が目にとまる。
大きく手を振りかぶり何かを投げつけた、ように見えた。いや確実に何かを投げつけたようで、その証拠にヤマダさんの網を掻い潜り緑間君に迫っていた狐の動きが不自然に鈍くなった。そして異変に気付いたヤマダさんによって即座に仕留められた。

「……へー」

なんという連係プレーでしょう。長年コンビを組んできたようなその流れに目を瞬かせる。
会った時から緑間君の手に握られていたものが何なのか気になっていたが、もしかして――塩だった、のかな。
そして緑間君は青峰君に襲いかかろうとしていた狐に向かっても同じように手を振りかぶったかと思えば、又しても狐の動きが鈍くなっていた。
何故当たり前のように緑間君が塩を持っているのか知らないけど――いや、緑間君のことだからラッキーアイテムの可能性が高いけど、何はともあれこれで全くの足手まといという訳ではなくなったようだ。それでも落ちた好感度はそこまで上昇はしない。
そしてこれは以前も思ったことだけど、緑間君はこっちの素質がありそうだ。
――鍛えればそれなりになるだろうね。
勿論青峰君は比較の対象にならないほど論外だけど。へっぴり腰ながら狐に立ち向かう緑間君とは打って変わって、此処にいても悲鳴が聞こえてきそうな程リアクションが酷い。
青峰君はリアクション芸人でも目指しているのかしら。

『凛様!!』
「分かって、るッ」

左手に呪符、右手には緑間君から貰ったペーパーナイフを握り、目前にまで迫っていた狐にペーパーナイフを振り降ろせば狐の身体が綺麗に縦に裂け、向こう側が見えた。
後ろのことはヤマダさんに一任する。緑間君と一緒にどうにか持ちこたえてよ。
そしてあらかじめ立てておいた幾つかの計画の中から目の前のおしくらまんじゅう同然の狐の集団を抜け、桃井さんまで辿り着く為の最適なプランを実行しようとしたが、緑間君達がいる時点でプランもへったくれもない事に気づいた。泣きたい。
家に帰ったらスズキを殴る。二日連続であろうと殴る。もうこの際だからスズキは八つ当たり担当にしよう、と密かに目論み、現状確認に勤しむ。
今、周りを囲っているのは狐の中でも下っ端の、言い方は悪いがただの捨て駒に過ぎない。漂う妖力は微々たるものだし、それに何より四足歩行だ。視線をやや先に向ければ、第二の壁というようにそれなりの妖力を纏う二足歩行の狐が立ちはだかり、その壁の向こうには地に足がついている狐の中でもっとも高い妖力を有する四匹の狐が桃井さんを守るように取り囲んでいる。恐らくこの四匹はあの時の狐で、それは即ち九尾の側近中の側近、懐刀と言ったところだろう。そして視線を月が輝いている夜空に向ければ、遥か上空でナカムラさんと九尾が人外的な殺り合いを繰り広げていた。時折炎らしきオレンジ色が夜空を照らしているのが見え、そっと視線を戻す。
うんナカムラさんに任せて大正解。やっぱり九尾相手には同じ九尾でないとね。
いやナカムラさん曰く厳密に言うと“同じ”九尾ではないようで、数百年?数千年?ナカムラさんの方が長く生きていると数日前にナカムラさん自身に熱弁されたし、私自身ナカムラさんがただの九尾でないことは当然理解しているが、まあどちらせよ共に妖弧という枠組みに入っているのだから多少神通力の差はあれど殆ど同じと言っても差支えないはず。
――にしてもまだ人型のまま、か。
てっきり開始早々ぶっ放してくるかと踏んでいたが、どうやら慎重派な利巧な九尾だったようだ。恐らく此方の出方を窺っているのだろう。まあそれでもこのまま人型で終わる筈がないのは誰の目にも明らかだ、そうなる前にナカムラさんにはさっさとプランBだったものを展開してもらいたい。
オリジナルの姿に戻った九尾ほど骨が折れる相手もいないし、それは身をもって知っている、とナカムラさんに念を込めた視線を投げる。
取りあえず九尾はナカムラさんにお任せして、私は目の前の下っ端どもをどうするか早々に答えを出さなくては、と言っておきながら選択肢など一つしかないのだけど。
いつまでも一体一体チンタラ相手をしていては埒が明かず、そしてそんな事をしている間に桃井さんを中に連れ込まれるのが落ちだ。
やっぱりスズキかカトウさん、どちらか一人でも連れてくれば良かったと本日何回目かの後悔をする。
手に持っていた呪符とペーパーナイフをズボンの後ろポケットに突っ込み、空いた両手をダウンのポケットに突っ込む。
片手に五枚、両手で計十枚の呪符を取り出す。

「……これは切り札として残しておきたかったけどしょうがない――ヨリ、一気にカタをつけるわよ。始めたら直ぐに二枚、いや一枚だけかけて、そんでもってヨリはできるだけ狐達をこっちにおびき寄せて!!」
『御意』
「ナウマクサンマンダバザラダンア――」

一点の曇りもない返事にコクリと頷き、すーと瞼を閉じる。
唱え始めて直ぐに周りから切り離された事を肌で感じ、ヨリが命令以上の仕事をしてくれた事に内心苦笑いを浮かべつつ呪符に念を込めていく。

「……タウンタラヤマウンタラタカンマン! ヨリ――ッ!!」

目を開き、言葉を乗せた呪符を四方に放てば周囲は瞬く間に爆風の波にのまれ、煙、埃と色々なものが舞い視界は限りなくゼロになった。
一回限りの大技は大方成功と言っていいと思う。というか失敗ならば無駄に呪符を浪費しただけだが、周りがどういう状況かはまだ分からないが、爆風に包まれる寸前に見えた光景ではヨリは百点以上の仕事をしてくれていた。
仕留め損ねた……、運良く生き延びた狐に止めを刺しつつ、先に進む。
視界が晴れる頃には、周囲は数十分前からは考えられないほど綺麗サッパリ片付いた。死体すらもない。
今地面に足がついているのは桃井さんを囲んでいる四匹と私達、それと、チラと後方に視線を向ける。
後ろには術の影響を受けていない狐が十数匹ほど残っているようだけど、ヤマダさんなら問題無く始末できる筈。そして緑間君も青峰君も地に足がしっかりついている。
――運のいいことで。
鼻を鳴らし、前に向き直る。

「降参する?」
『タワけが!』

ですよねー。
勿論する訳ないと思っていたが、念の為確認は必要だ。そして既にいい感じにつり上がっている目を更につり上がらせた狐に口端を上げる。
一瞬の沈黙が落ちた後、口火を切ったのは狐だった。
臨戦態勢につく間もなく、あっという間に距離を詰められたと思えば、勢いそのままに手――いや前足を振り下ろされる、が身体に食い込む数センチ手前で無意識に取り出していたペーパーナイフでどうにか受け止め、事無きを得た。手の甲にピリッとした痛みが走るが、内臓をかき回されるより遥かにいい。
目の前にある鋭利な爪が生え揃った前足に唾を飲み込みつつ、右手でしっかりペーパーナイフを握りしめ後、左手を自由にする。
左手で印を結ぶ。

「オンクアダヤウンジャクソワ、カっ」
「ぎゃ、ぎゃぁああ゛あぁあ゛――――!!」

剣印を結んだ左手を狐に向かって振り上げれば、狐の右腕が胴体から綺麗に切断された。目は重力に引き寄せられるように落ちる右腕を追い、耳は狐の喉が潰れんばかりの叫び声を拾う。右腕は地面に落ちると同時に消えて無くなった。
いたぶるのは趣味ではない。このまま息の根を止めようと、のた打ち回る狐にペーパーナイフを振り下ろそうとしたが、突如として降ってきた殺気の塊に身体の自由を奪われる。その隙を見逃さないとばかりに急激に濃度が増した殺気、そして自分に影が被さっていることに気づいた。
頭で考えるよりも早く身体が動き、咄嗟に屈むことが出来た。私もそう易々命は差し出せない。
頭上で風を切る音がした。

「どういうことよ、ナカムラさん」
『ウチの所為ちゃうわ。仕留めようしたら、こいつが急に下りてしもうたんや』

体勢を戻せば、上にいた筈のナカムラさんが未だ人型の状態ですぐ隣に立っていた。そして目の前には九尾が、その名の通り九本の尻尾を荒々しく揺らしていた。
この状況は拙い。非常に拙い。
九尾は完全にオンだ。いや始めからオンモードではあったけど、どこか人間如きという余裕を漂わせていた。それがなくなった。禍々しいほどのどす黒い狂気を身に纏い全身の毛を逆立たせ、フーフー威嚇している。
開いた口から覗く牙の、地面につき立てられている爪のなんと鋭いことでしょう。身体に食い込んだら一溜まりもない。一発アウト、この世にさようならだ。
思い描いていた最悪のシナリオになってしまった。だけど勿論ナカムラさんだけを責められない。むしろもっと早く桃井さんに辿り着いていれば万事解決していた。

「それならナカムラさんも早く人型解いてよ」
『断る。いけめんの前であないな姿晒さすくらいならウチは死ぬ』
『ナカムラ貴様ぁッ、凛様の命に従えぬとは何事だ!! さっさと解かぬか!!』

即答したナカムラさんに気が遠くなった。
ヨリがナカムラさんを怒鳴りつけているが、当のナカムラさんはどこ吹く風だった。

皆が皆、ヤマダさんみたいにいい子だったらよかったのに。


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