とある少女の怪異録 | ナノ

48

赤司までもが練習を抜け出すとは微塵も考えていなかった。
一瞬たりとも逸らされること無くオレ達を射抜く赤い瞳がスーと細められ、肩が小さく跳ねる。いつの間にか咥内に溜っていた唾液をゴクリと飲みこめば、全く同じタイミングで隣からもゴクリと喉の音が聞こえた。それは即ち隣に立つ青峰にもオレの喉の音が聞こえたという事で、更に付け加えれば異様なほど静かなこの空間にいる人間の耳には青峰、オレ両方が鳴らした音が聞こえた筈だ。だが赤司は何を言うでもなくただジッとオレ達を見上げているだけだった。
それが逆に――不気味なのだよ。
恐らく今、赤司の頭の中では将棋をしている時のように何十通りもの攻めのパターンを用意し、如何にオレ達の口を割らせるか綿密にシュミレーションでもしているところだろう。
つまり次、赤司の口が開いた時はそれが終了した時――口を割らせる準備が整った時だ。
――駄目だ。青峰は元よりオレですら赤司に口で勝てる気がしないのだよ。そうなる前に此方から話を切り出せば何とかなる、だろうか……。いや何とかするしか、やるしかない。
例え赤司であろうと事のあらましを話すわけにはいかない。これ以上誰かが巻き込まれるのだけは必ず阻止する。
それにオレ達は別に法に触れるような――危険か危険ではないかと問われれば恐らく前者だが、事はしない。だから後ろ指を指される必要も、後ろめたさを感じる必要など微塵もない。
――堂々としていればいいのだよ。
そう自分に言い聞かせつつ、ちらと青峰に視線を投げれば、カチンと青峰と視線がぶつかった。
お互いが同じ考えでいるかは分からないが、青峰が小さく頷いた。

「あか、」
「――で、誰が死ぬと?」
「ッーー」

待ってましたと言わんばかりに科白を被せてきた赤司に想定していたとはいえ、たった一言で狼狽してしまった己の情けなさに堪らず唇を噛みしめる。
こうしてる間にも赤司の頭は高速で回転し、次の一手を待っている。
浅く息を吐き、口を開く。

「……なんの話だ」
「何に巻き込まれると?」
「お前が一体何を言っているのかオレにはさっぱり、」
「勘違いするなよ緑間」

一瞬にして纏う雰囲気を変えた赤司に、自分が言葉選びに間違えた事を悟った。

「これは要求ではない――命令だ、話せ」

拒否する事は許さないとばかり、高圧的な言葉と態度に反射的に左足が半歩後ろに下がる。
オレ達が赤司を見下ろしている筈なのに、どうしてか見下ろされている感覚に苛まれる。
視界の端に映る青峰の咽喉が大きく上下した。
左足同様に右足も下がりそうになるも、数分前にした己の決意をなかった事にする訳にはいかないと右足をその場に縫い付け、左足も右足の横に戻す。
――なにを言われようとも、赤司でも話せない。話す訳にはいかない。
一歩、また一歩と階段を下り、赤司の横を通り過ぎる。自分以外の足音が後から聞こえ、多分青峰も下りてきている。

「い、意味が分からないのだよ。オレ達はただテレビの話をしていただけだが? なあ青峰」
「お、おう。昨日みたドラマのな!」

視界の端に映る青峰に話しを振れば――多少の不自然さは拭えないが、上手く乗ってくれて第一段階はクリアと言った所だ。あといくつクリアすればゴールするのかは考えたくない。
勿論この程度で赤司の興味が逸らされるとは微塵も思っていないが、やらないよりマシだろう。この調子で白を切り通し体育館につけば、赤司も否が応でも質問を中断せざるを得ない。
――体育館につくまでの辛抱なのだよ。
階段を下りる足を幾許か速める。
赤司のことだ、私事を練習に持ち込むことはしない筈だ、が問題は練習が終わった後。
約束の時間は深夜で、個人練をしていった所で時間的には何の問題も生じないが、練習だけに集中できるかと問われると頷きかねる。それはオレ同様、いやオレ以上に青峰も、だろう。
帰ってなにをする訳ではないが――桃井がこんな状況で練習をしろという方が無理があるのだよ。
知り合いが行方不明のなか何でもない風を装って練習できる程、神経は太くない。
――きっと奴は表情一つ動かさず練習し続けるだろうがな。
一瞬脳裏に八神の顔がちらついたが、首を振り直ぐに打ち消す。
フン、と鼻を鳴らし、今考えるべき事は分かりきった八神の人となりではなく、練習が終わってからの事だ。思考を切り替える。
全体練習が終わると同時に赤司に話しかけられる隙を与えず体育館を後にし、誰よりも早く部室に戻り、手早く帰り支度を整える。あとは赤司に見つからないよう昇降口まで辿り着けば完璧だ……多分。言葉にするのは至極簡単だが、そこに行動が伴うと途端に難しくなる。
不安しかない計画に視線が足元に落ちるが、やる前から怖気づく奴があるかと己を叱咤し顔を上げる。
練習中にでもタイミングを見計らって青峰に伝えなければと思いつつ、兎に角今は赤司を乗りきることが先決だ。

「そうか、ドラマか」
「そう、」
「で、桃井はどうした? 一緒ではないのか?」
「――ッ!!」

予期せぬ質問に再び言葉が詰まる。
いつの間にか赤司は半歩先を歩いており、露骨に浮かべてしまった動揺という表情を真正面から見られてしまった。そして今の今まで視界の端に映っていたはずの青峰の姿が消えていた。
言葉を止めるなら未だしも、足まで止めてしまえばそれはもう桃井に何かあったと言っているようなものだ。
拙い。
赤司がこの機会を見逃すとは思えない。

「……か、帰った、のだよ」
「先程下駄箱を見てきたが、桃井の靴は入っていたぞ。桃井は裸足で帰ったのかい?」
「うわば、」
「それは、おかしい。上履きは保健室で預かっていると保険医が言っていただろう、それは保険医と話していたお前がよく知っているはずだが――なあ緑間?」

駄目だ。聞かれた。どこまで。
吸い込まれそうな赤い瞳から目をそらし、隠し事全てを曝け出す前に赤司から離れなければ。半ば走るように廊下を進む。
赤司は――知っている。桃井がいないということも。オレ達が何か知っているということも。そして何かが起こっているということも。赤司は知っていながらオレ達に聞いてきたのだ、確証を得る為に。
――これでは投了一歩手前ではないか。
始めからオレ達に勝算などなかった。ただ赤司の掌で転がされていただけだった。
手を握りしめる。
このまま洗いざらい赤司に話すしかないのか。どうすれば。このままでは誘導尋問の如く、赤司に全てが知られてしまう。それだけは出来ない。考えろ。これ以上巻き込まないと決めただろう。
だがその思いとは裏腹に頭は上手く回ってくれず、どうしよう、それだけが頭の中を埋め尽くしていた。
赤司の視線が否応なしに刺さる。
体育館は直ぐそこなのだよ。
どうしたら。

「――迎えに行くんだよ」

致命傷になりそうな程深くまで刺さっていた赤司の視線がスルリと抜けた。
足を止め、ゆっくり後ろを振り返る。
赤い髪を挟んで向こうに立つ青峰と目が合った。

「あいつ、さつきの奴迷子になってっからオレと緑間で――迎えに行く」
「青、峰」

「そうだよな」と同意を求める青峰の問い掛けに「ああ」と頷く。
――そうだ。
オレは何を悩んでいたのだ。オレ達には疾しい事など、恥ずべき事など何一つないではないか。
確かに聞かれたら困ることは山のようにあるが、赤司から逃げる理由は――ない。
だが青峰の言葉を聞いても赤司の表情が一向に変わっていないのもまた事実。
この程度の事でオレが納得するとでも思ったかとでも言われているようだ。

「……それで?」
「そ、それ、で……」
「お前が心配しているような事は何もないのだよ、赤司」

言葉が続かない青峰に代わり、これ以上首を突っ込むなと真っすぐ赤司の目を見たまま伝える。
なにを聞かれようとオレ達は絶対口を割らない。
――諦めろ、赤司。
ジッと赤い瞳を見続けていると、ピクリと目元が動いた気がした。
ここにきて初めて赤司が何らかの反応――ほんの僅かではあるが、を示したのはオレ達にとっては大きな一歩だった。

ただそれが自分達にとって優位に働くかは神のみぞ知る、改め赤司のみぞ知る、といったところだが。


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