とある少女の怪異録 | ナノ

47

「青峰、考え直せ」
「うるせっ」
「幾らなんでも危険過ぎるのだよ」

歩く足を止めないまま緑間に言葉を投げつける。
図書室から同じ科白を吐き続ける緑間に苛々しつつ、考えなしにぽろっと口を滑らせた数分前の己を殴り倒したい。

『さつきを迎えに行く』

そんな事を言えば緑間の性格からして何を言われるかなど容易に想像できたはずで、そして緑間は予想を裏切ること無く誰が聞いてもその通りと賛同する様な正論を並べ立てた。それはもうムカつく位の正論を。
分かってる。分かってんだよ緑間、だがな、お前はなにも――分かってない。

「八神も言っていた、」
「だからどうしたってんだよッ――!!」

苛立ちは簡単に頂点へと達し、ギリと奥歯を噛みしめ振り返る。そのまま直ぐ後ろにいた緑間に腕を伸ばし、胸倉を鷲掴む。

「テメぇは何も分かってねえよ!!」

近距離から緑間を睨みつける。
緑間の言っている事も、八神の言っている事も何一つ間違っていない、一から十まで全部正しいとオレだって分かってんだよ。
八神の言う通りオレが行った所でクソの役にも立たないし、足手まといにしかならない、ただ見守ることしか出来ないし、居るだけで邪魔な存在でしかないってことは誰に指摘されなくともオレ自身が一番理解してる。自分の中にあるなけなしの理性全部がオレは行くべきではないと訴えてもいる。だがそれ以上に、行くなという理性を押さえこむ程に本能が叫んでいた――さつきを迎えに行け、と。だけど――。
頭を垂らす。
家でなんか待っていられるわけない。オレは行っちゃいけない。お前は理解してない。家に居ろ。分かってない。行け。行くな。違う。迎えに行くんだ。オレが、さつきを……。オレ、が……? 本当にオレが行ってさつきの為になるの、か。
理性と本能が綯い交ぜになり、固めた筈の意思がボロボロと崩れる。
自分はどうすべきか、どうしたいのかさえも見失いそうになり――ふいに脳裏にさつきの顔が浮かんだ。
緩めていた手に力が入る。

『大ちゃん』

そうだ。オレが行かないでどこの誰が行くってんだよ。オレは馬鹿か。うだうだ悩んでいる暇があるなら、さつきの為に何ができるか考えろ。
誰が何と言おうとオレは行く。幼馴染が死の瀬戸際に立たされているかもしれないこんな時に自分だけ家に居る事など出来るわけがない。
いけ、いけ、いけ――行け。
グッと更に手に力を込め、顔を上げる。

「さつきはオレの大切な幼馴染なんだよ!」
「…………」
「オレはアイツを、さつきを一人になんてできねえよ――!!」
「青峰……」

緑間がオレの為を思って行くなと言っているのは分かっている、だけど――これだけはオレも譲れないんだよ。
なにを言われても意思は曲げないとの意味を込め、目の前にある緑色の瞳を睨みつける。
直ぐに「馬鹿が」とでもぶった切られるかと思ったが、予想に反して緑間は沈黙を守り続けている。ただその沈黙も自分に有利なものでないことは明らかで、どうやってオレを説き伏せるのかその出来過ぎる頭で考えているのだろう。
そして審判の時は直ぐに訪れた。緑間の口が開かれる。
何度止められようと、オレは行く。もう決めたんだ。負けねえぞ、緑間――!!

「……全く」

だが予想に反して緑間の口から出てきた言葉はなんとも気の抜けたもので、そして浮かべる表情もその声色に比例してどこか呆れを含んだものだった。思い浮かべていた緑間の反応からかけ離れたそれに瞬きが増え、手から力が抜ける。
眼鏡の位置を直す緑間をぼんやり見やる。

「それだけ言うのだから、何処へ、いつ行くのか分かってるのだろうな」
「……へ」
「まさか行く当ても時間も分からないにもかかわらず、馬鹿の一つ覚えみたいにただ着いていくと言っている訳ではないだ ろ う な」

指摘されてみればそうだ。何処に行けばいいのかまで考えてはいなかった。
ただ行かないと、そればかりだったが。

「お、おい、どうすんだ、よ……」
「だからお前は考えなしの馬鹿だと言われるのだよ」

どさくさに紛れて悪口が聞こえたが、反論する気力はない。足元に視線を落とす。
何処だ。さつきは何処にいる。考えろ……、あ、そういや。

『……狐のテリトリーに連れていかれた……』

八神の奴確かそんな事言っていた、よな。狐のテリトリー、狐の、テリトリー……。
口の中で反復し、浮かんだのはある場所だった。むしろその場所以外考えられない。
そして溜め息のような息づかいが聞こえ、伏せていた顔を上げれば緑間が眼鏡の真ん中を指で押し上げる所だった。

「場所は稲荷神社、時間は月が空の一番高い所に上った時だと八神は言ったはずだ」
「んん?」

――あれ、動物園じゃねえの?
緑間の口から出てきた場所が考えていた所とは似ても似つかない場所で、頭上にクエッションマークが飛ぶ。――が、その乱れ飛ぶクエッションマークの中に記憶の山に埋もれていた八神の科白を見つけた。
稲荷神社。
そんな事も言っていたような。言ってないような。う――ん。

「お前も少しはそのバスケットボールが詰まった頭で考えろ」
「ああ゛――?!」
「真夜中の十二時に稲荷神社の前で待てと言う意味だ、」

流石にキレていいだろうと凄んだ所で続いた緑間の科白に足が止まる。だが最後に「馬鹿が」と付け足され、止めていた足を緑間のケツに向かって振り上げる。

「何をする!」
「うっせ、散々人のこと阿保だ馬鹿だボロクソ言いやがった罰だ」
「阿保とは言ってないがなッ」
「……あんがと、な」

噛みついてきた緑間から顔をそらし、ぼそっと呟く。面と向かって言うなど気恥ずかしくて出来る訳ない。ただ緑間に聞こえたか定かではないが、まあ聞こえなかったならそれはそれでいい。
何の反応もない緑間が気になりチラと視線を戻せば、それと同時に緑間が口を開いた。

「だがここで問題が一つある」
「あ?」
「何処の稲荷神社かまではオレにも分からない」
「は……、はぁ――!?」

――問題も問題、大問題じゃねえか。
この辺に稲荷神社がどれだけあると、いや近場ならばそこそこデカイ神社があった気がするが、その神社がそうだとは限らない。というかこの辺の神社だという確証もなく、もしかしたら近場でない何処か遠くの可能性もある。今から動けばある程度の距離は移動できるが、闇雲に探すには目星が多過ぎる。
八方塞の状況に肩が落ちる。
――このまま家で待ってるしかねえのかよ、クソッ。

「だからこれは賭けなのだよ」
「あ、賭け?」
「学校から一番近い稲荷神社に的を絞る」
「……根拠はなんだよ」
「勘だ」
「はあ――!?」

勘てなんだよ、勘て。しかも当てずっぽうもいいところなのに、どこか自信ありげに答えた緑間に声が裏返る。が、同時にただの冗談で言ったようにも見えない。
あの緑間がただの勘で物事を言うだろうか。言葉の裏側に何かを隠している気がする。

「だがオレもただの勘だけで言った訳ではないのだよ」
「……ああ」
「稲荷神社は大小含め万単位である。その中でも稲荷神を主祭神として祭っているのはその半分以下。そして古くからある格式のある神社はそのまた半分以下だ」

勿体付けるように言葉を紡ぐ緑間に苛々する。というか緑間が言っていることの半分も理解できないが、要はレアな神社って事だよな。
早くその先を言えとがなる。

「その半分の半分以下しかない稲荷神社がこの近くにある。そこだという確証はないが、ただの稲荷神社より可能性としては大いにあると思うのだよ」

「だから勘だ」と言い切った緑間を初めて尊敬という眼差しでみる。
――にしても。
なんでそんな事まで知っているのかと首を傾げざるを得ない。
物知りのレベルカンストしてんじゃねーか。歩くウィキかよ。意味分かんねえ。

「……そうかよ」

だが自分一人では絶対にそこまでたどり着けなかった。
惜しみなく己の知識を提供してくれた、八神の存在を教えてくれた緑間には感謝してもしきれない。もう口には出さないが。

「十一時半に学校正門前に集合だ、遅れるなよ」
「……あ?」
「遅刻するなよ」
「は、はあ――!! おま、ちょッ、何言ってんだよ!」

感謝の言葉は瞬時に吹っ飛んだ。欠片も残ってない。

「乗りこんだ船を今更下りるつもりはない」
「は、船ってなん、」
「ただの比喩なのだよ」
「で、でもよ、し、死ぬかもしれないって八神が、」
「それはお前も同じだが?」
「オレはッ、いやお前まで巻き込むわけにはいか、」
「――その話、詳しく聞かせてもらおうか」

第三者の介入を告げるその声に、思わず足が止まる。それは目の前にいる緑間も同じだった。
ただ普通に考えて練習真っ只中のこの時間に、脳裏に思い浮かべた人物がこの場にいる筈はない。
――ンなわけあるか。奴がこの場にいるわけ。
聞き間違いに違いないと首を振り、頭の中で存在を主張するソイツを速攻消し去る。
似たような声を持つ人間などいくらでもいると声がした――下りようと思っていた階段の方へ視線を向ける。

「なあ青峰、緑間」

能面のような表情を張り付けた赤司が数段下に立っていた。ゴクリと咥内に溜った唾を飲み込む。


back
×
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -