とある少女の怪異録 | ナノ

43

「だからっンでそう言い切れんだっつってんだよ!」
「それはッ」

――あ、欠伸出そう。
だけど流石にこの場で大口を開け、ふぁーと声を上げる程空気が読めなくはない。
顔を下に向け、口に手を添え声を殺すため唇を噛みしめる。そうやっても微かに声が漏れ出てしまったが、幸いにも青峰君の声と相殺され誰の耳にも届かなかったようだ。ふう危ない危ない。緑間君に聞かれでもしたらグチグチと文句を言われるのは火を見るより明らか。勿論そこに欠伸を堪えると言う選択肢はない。我慢は身体に良くないって言うし。

「おかしいだろ! ただの中坊に何ができんだよ!!」

生理的に滲んだ涙を指で拭い、お互いの胸倉を掴みあい、口喧嘩どころか今にも取っ組み合いの喧嘩が始まりそうな二人を眺める。
それにしてもこの二人は一体いつまで同じやり取りを続ければ気が済むのかしら。緑間君のお願いから優に五分は経過しているが、話に進展が全くみられない上に科白が延々とループしている。それに二人の意識の中に私がいるかも怪しい。

『はい、皆さんが静かになるまで五分かかりました』

蚊帳の外とはまさにこの事を現在進行形で体感しつつ、私の頭の中では小学校の校長先生がよく使うあの科白が流れ始めている。でも校長先生の纏う空気を読んで、五分で静かになる小学生の方が賢いのは確かだ。
この二人はきっと口を挟まなければいつまででも、それこそ日が暮れるまで「何で」「それは」と生産性皆無なやり取りを続けるだろう。まあそう思っているのは私だけで、緑間君達は至って真剣なんだろうけど。
さっきあのまま有無を言わさずお引き取り願っていれば良かった、と己の選択ミスを悔いる。
――まあ今更だけどね。
既に自分が片足を突っ込んでいる事は嫌でも自覚済みだ。
頬杖をついたまま溜息をつく。

「オレがただの中学生だと知って此処にお前を連れてくると思うのか?」
「けどッ」
「そしてオレは尋ねたはずだ、第二図書室に纏わる噂の事を」
「だからそれはただの噂だろうが!!」
「――もし、“ただの”噂じゃないとしたら、」

「どうする?」と話に割って入れば、一瞬にして二人の視線が自分に注がれ、再び彼等の意識に私が組み込まれた。
だけども回避できるのなら、それに越したことはない。どこの誰が好き好んで茨の道を歩くのだという話で、それに私はこれでもかという程歩み寄っているつもりだ。それを無碍にしているのは他でもない――彼等自身。
生憎一から十まで、手とり足とり付き合うつもりは毛頭ない。
――それにそろそろヨリの我慢も限界を迎えそうだし。
静かに、だけど確実に怒りを蓄えるヨリをチラと見上げる。いつまでも過去――しかも未遂、の事を根に持つ我が式の執念深さには脱帽するばかり。
そこまで考えふと我にかえる。
思業式神は術者の思念によって顕現されたもので、それは即ち生み出した術者によってかなりの個体差があるのだ。そして式神は術者の能力も然ることながら性格等も大きく影響される。
――私、あそこまで執念深くないよ、ね……。

「あんな噂信じるわきゃねえだろ!! ハッ拝み屋? 馬鹿馬鹿しいにも程があんだよ!」

といっても、全部が全部影響される訳でもない。
考え過ぎ、考え過ぎと頭の隅に追いやり、取りあえず今度マジバに行ったらしこたまシェイクを飲まし、これでもかという程糖分を摂らせようと企てつつ、青峰君から返ってきた大方予想通りの科白に「ああそうですか」とおざなりな相槌を打ち、青峰君から緑間君へ視線を移す。

「で、緑間君どうする? さっきの撤回する? お友達は信じないみたいだし。でもまあ払ってくれるんだったらやるけど?」

聞くのはこれで最後だとの意味合いを含め、「で?」と疑問符を投げる。
だけど緑間君の返事が返ってくる前に青峰君が近づいて来たかと思えば、あっという間に胸倉と言うより襟首を掴まれ強制的に立たせられ、目の前にある剃刀張りに鋭い眼光に思わず咽喉を鳴らす。
そして、最近男子の間では女子の胸倉を掴むの流行ってるのかしら、とつい何日か前も同じことをされたなあとぼんやり思い浮かべつつ、青峰君は手が先に出るタイプなのだと理解した。六割、いや七割方自分の言い方に問題があるのは重々承知しているが。
まあ身長差があまりなければ問題はないけど――いやあるにはあるけど、身長差があるとそれだけ服が上に引っ張られ、生地が伸びる。緑間君の時はどの道捨てる制服だったから良かったが、今着用してるカーディガン、ワイシャツまでダルンダルンにしてしまったら経費で落ちた新品一組しか着るものが無くなってしまう。それは大いに困る。
そうなる前に青峰君には是非とも放してもらわないと、と振り払おうと持ち上げた手より先に別方向から伸びてきた手が青峰君の手に重なった。
いつの間にか傍らに立っていた緑間君に瞬きを繰り返す。

「この手を放せ青峰」
「んでだよ……、なんでこんな奴の事庇うんだよ!! なあ緑間!」
「庇っている訳ではないのだよ」
「なら何だってんだよ!! コイツは、コイツ、は……」
「桃井を助けたいのであれば、この手を放せ」

あーあ。まーた始まったよ、この茶番劇。今週二度目だよ。もはやデジャブにもならない程記憶に新しいよ。
ただ今回は緑間君が前回の先生のポジションだけど。
そして前回と同じように先生ポジの緑間君のお陰で緩まった青峰君の手は少しの力で簡単に振り払えた。
伸びがないか襟元に視線を落とす。多少撚れてはいるけど、アイロンをかければ問題無さそうで一安心。
良かった良かった、と胸を撫で下ろ再び椅子に腰を落とす。無論その間も緑間君と青峰君は予想を裏切ること無く会話を繰り広げている。
吐く溜息はもうない。

「お前が信じられないという気持ちはよく分かる」
「…………」
「だが桃井を助け出すには本当にこれしか、八神に頼るしか道は残されていないのだよ」
「…………」
「八神を信じろとは言わない。オレを信じろ――青峰」
「……みどり、ま」
「あのー、もういいですか?」

「お話中の所誠に申し訳ないのですが」と付け加えるのを忘れない。
まるでお涙ちょうだいのドラマのようだった。誰得なのかしら全く。
いやまあ二人のやり取りを見て目頭を押さえているのが若干一名ほど視界の端に映ってはいるけど。
なにはともあれ機嫌が戻って良かった。

「ホント用がないんだったら帰ってくれないかな? そんなやり取り見てるほど私も暇じゃないの」
「ンだと!!」
「用はあるとさっき言った筈だが?」
「ならその用とやらを手短にお願いします」

でもその前に眉間の皺が取れない青峰君を外に出した方が良いじゃないの、と付け加えたい。青峰君がいるといつまた会話がループするとも限らないし。イラついててもいいから口を開かないで居てくれればいいけど、それはこれまでの言動からからして無理そうだし。
底を尽きた筈の溜息が再び口から出てくる。

「先程言った通り桃井を助けて欲しいのだよ」
「それは、」
「勿論誓約書にはサインする。依頼料も払おう」
「緑間!」
「黙れ青峰。これはお前の為ではない――桃井の為なのだよ」

そう言った緑間君の手には財布が握られていた。支払いの意思は明確にあり、と。
そして緑間君は青峰君に向けていた視線を私に向けた。真っすぐと向けられるその瞳にどうなんだ、と問いかけられている様だった。
課題は多々あるが、当然返事は決まっている。

「勿論、返事はイエスよ。それと緑間君は前回の誓約がまだ活きているからサインは必要ないから」
「そうか」
「分かってると思うけど依頼料は全額前ばら、」
「おい――!!」

言い終わらない内に青峰君からの横やりが入った。
もうホントやめてよ。上手く纏まりそうだったのに、また振り出しに戻るのだけは勘弁して欲しい。そうじゃなくても緑間君達の所為で何十分も無駄に時間を過ごしたのだから。
仏の顔も三度までとはよく言ったものだ――まあ私は仏のように広い心は持ち合わせていないけど。今度下らないやり取りを始めようものなら、緑間君が何と言おうとこの件は無かった事にする。
そう心に決め、青峰君の次の言葉を待つ。

「オレが払う!」
「……うん?」
「だから依頼料?ってーの、オレが払うって言ってんだよ」
「あ……そう、ですか」

良い意味で予想を裏切ってくれた青峰君の科白に瞬きの回数が増える。
いや払ってくれるのなら誰でも構わないけどね。
チラと目の端で緑間君の様子を窺えば、緑間君も驚いたように眼鏡の奥にある目を大きく開いていた。

「だが青峰、」
「さつきが助かるにはこれしかねえんだろ? お前がそこまで言いきるなら信じてやるよ」
「……ふん偉そうに」
「うっせ。それで幾ら払えばいいんだぁああ゛――!?!?」
「静かにしろッ!!」

普通に話していたかと思えば唐突に大声を出した青峰君は何やら焦りながら自身の身体をペタペタと弄り始めた。一体何だって言うんだこの人は。青峰君の突然始まる奇行には正直ついていけない。
大声を注意する為なのか緑間君が青峰君の後頭部を音が聞こえる程の強さで叩いた。あれは痛い。


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