とある少女の怪異録 | ナノ

40

「なに、これ」
「見りゃ分かんだろ――お守りだ」

「これオレが作ったんだぜ」と青峰君が誇らしげに長方形の紙を指差した。そこにはよく分からない紋様と漢字らしきものが書かれている。それ以外にも御守りが何個も。交通安全に、健康祈願、無病息災に――あ、安産祈願?! 
動揺する私を余所に青峰君はどこか満足げに御守りを見下ろしている。
――多分、いや絶対考えて買ったものじゃないわね。
安産祈願以外にも、絶対私には必要ないと断言できる御守りがいくつもある。手当たりしだい買い占めたんだね青峰君。
――にしても何でこんな物――と言ったら失礼だけど、御守りを私にくれるのか見当がつかない。
考えなくはなかったけど、もしかして青峰君はコックリさんであった事知っているのかな。いやでも、そんな事あり得ない。私だって何があったのか未だに分からないままなのに何で青峰君が、と頭を振る。きっといつもの気まぐれだよね。
有難う、と笑顔を浮かべれば、青峰君は何故か今にも泣きだしそうな表情を浮かべた。だけど指摘する前に直ぐに表情は戻っていて、私の見間違いかと歩きだしていた青峰君の横に並ぶ。
そして普段通り朝練に参加すれば、体育館に入って早々虹村主将にぎょっとした目で見られた。
――緑間君は一体なんて伝えたの?
緑間君に視線を向けるも緑間君は目を合わせてくれなかった。
参加しなくていいから休めという虹村主将に何度も根気よく大丈夫と伝えれば、「分かった」と渋々納得してくれた。本当に渋々。
だけど安心したのも束の間、赤司君からも黒子君、紫原君からも、というか此処にいる部員全員から虹村主将と同じような視線が乱れ飛んできた。その所為でいつもの倍疲れたのは言うまでもない。
何かやる度に大丈夫かと横やりが入り、ひょっとして私がいることで青峰君達の練習に支障をきたしているのでは、と不安を覚える。そんなの本望ではない。
――放課後の練習はどうしよう。
もし今みたいな状況が続くようであれば、今日も帰った方がいいに決まっている。
無意識に溜息が出ていた。
床に視線を落としていると誰かの足音が段々と近づいている気がした。そして顔を上げれば、眉間に皺を寄せた青峰君が目の前で止った。

「おいさつき大丈夫か? どこか痛いのか?」
「ううん。大丈夫だよ」
「だけどよ、」
「――大丈夫だってば!!」

言ってしまった後でハッとしたけど、もう遅い。
青峰君はただ私の心配をしてくれているだけなのに、私はなんという事を言ってしまったんだろうか。
少しでも鬱陶しいと思ってしまった自分が情けなくて――許せなかった。
青峰君の顔が見れない。
「ホント大丈夫だから」と視線を下に向けながら体育館を後にする。
どうしよう。謝らないと。きっと呆れてる。私――最低だよ。
項垂れながら歩いていれば、いつの間にか水飲み場まで来ていた。
――マネージャーの仕事ほっぽって、何やってるんだろう私。
視界に映る地面がぼやけ始めたその時、何故か無性に空を見上げたくなり、頭を持ち上げていた。
見上げた空には雲一つなく、太陽がとても眩しかった。

「はやく、どうか……」
「あれ、さつきちゃん?」
「……え」

みっちゃんが不思議そうな面持ちで第三体育館の方から歩いて来ていた。
「どうしたの?」と首を傾げるみっちゃんに、何でもないよと微笑む。
――私、また……。
大丈夫だよ、と断るみっちゃんを説き伏せて、彼女が持ってきた使用済みボトルを一緒に洗う。全て洗い終わり、有難うと笑顔を浮かべながら元来た道を戻るみっちゃんの背中を見送り、自らも体育館に戻る為足を踏み出す。
怖い――怖いよ。

仕事を投げ出し飛び出した手前、堂々と入口から入るのはとても勇気がいる。だけど入口と言ったら今立っている所か、真逆の入口かで。どちらから入っても気まずい事に変りはない。
そーと端から顔を覗かせれば、バチと青峰君と目が合った。

「さつき、悪い――!!」
「え、違うよ! 青峰君は悪くないッ、私が、」
「でも分かってくれよ! お前が心配なんだよ」
「青峰君……」

すっ飛んできた青峰君に謝ろうとしたけど、その前に青峰君に謝られてしまった。
何でそこまで心配してくれているのか分からないけど、泣きそうに顔を歪める青峰君にぐっと言葉が詰まる。
「ごめんね」と「ありがとう」を伝える。
一頻り会話を交わした所で周りが騒がしい事に気づいたけど、いつもなら煩わしがる青峰君がこの時は何も言わず、違和感だけが積み重なっていく。
近くに寄って来ていた緑間君にも飛び出していったことを注意され、「ごめんなさい」と首を垂れるしかなかった。
朝練を終え、それぞれの教室に戻る時も青峰君は躊躇なく私を教室まで送り届けてくれた。そして授業中にかかわらず携帯はフル活動で、気づけば未読のメッセージで画面がいっぱいになっていて、返信しないでいると昨日同様電話が鬼のようにかかってきた。
――青峰君授業受けて。
切実な願いも青峰君には一切届かず、その後も携帯はメッセージを受信し続けた。
クラスメイトから大丈夫?と声をかけられ、ははと渇いた笑いを返すので精一杯だった。青峰君の所為でクラスメイトからも心配される始末で、とてもやり難かった。
着信履歴が青峰君で埋まった携帯を見て堪らず溜息を吐き、放課後の練習に参加する為席を立つ。
廊下を歩いていると、不意に誰かに呼ばれた気がして自分の意思に関係なく足が止まっていた。そして気づけば窓から覗く空を見上げている自分がいた。

「……つきッ、おい!」
「…………」
「さつき――!!」

意識を引っ張られたかと思うと目の前には青峰君の顔がどアップであった。
あれ。私、今何してたっ、け。

「おい大丈夫か?」
「大、ちゃ……ん、わた、し」

身体が震える。
私どうなっちゃうの。ねえ。誰か――教えて。

「行くぞ」
「え」

青峰君はそう言うと有無を言わさず私の手を引いて廊下を進む。青峰君の手がとても温かかくて、どうしようもなく泣きたくなった。
廊下にいる子達からの好奇の視線が注がれているけど、それが気にならないほど私は追いつめられていた。
手を引かれるまま俯いて歩いていると青峰君の足が止まり、ふと顔を上げればそこは保健室の前で促されるまま中に入れば、保健室の先生が椅子に座っているのが青峰君の背中越しに見える。

「あら青峰君。どうしたの?」
「コイツ、ここで寝かせてやって、ください」

言いながら青峰君が私を前に引っ張り出すと、先生は私がいることに驚いたように目を丸くしていた。

「あの……」
「コイツあんま調子よくないみたいで、オレが部活終わるまで此処で休ませてもらえないっすか?」
「そうね、顔色もよくないわね。でもそれならお家の人に迎えに来てもらっても、」
「――オレがッ、連れて帰るからっ」

「だから、お願いします」と青峰君が頭を下げた。
私の為に頭を下げる青峰君に目頭が熱くなる。
先生もそんな青峰君の姿に駄目だとは言わず、「分かったわ」と柔らかい笑みを浮かべた。
青峰君はちゃんと寝てろよ、と何回も何回も耳にタコができそうな程繰り返してから保健室を後にした。
――もうお母さんじゃないんだから。
親のように煩い青峰君に呆れつつも、同時にそれが心地良くもあった。
このやり取りを見ていた先生からは「青春ね」と生温かい視線を向けられ、頬がじんわり熱くなった。そして青峰君の言う通りベッドに横になる。


「あら雨だわ」

ふと浮上した意識の向こうで先生の声が聞こえた。すぐにパタパタと歩く音が聞こえ、パタリと扉が閉まった。
布団を剥ぎながら上半身を起き上がらせ、靴下のまま床に足をつけ、窓に近づきカーテンを横に引く。
太陽の光がさんさんと降り注いでいるにもかかわらず、雨もまたシトシトと降り注ぎ地面を濡らしていた。

「あ……」
『おムカえにアがりました――イイナズケサマ』

やっと。やっと迎えに来て下さったのですね。
目を細め、手を伸ばす。

助けて、大ちゃん


「桃井さん――?」

養護教諭が保健室に戻った時には、綺麗に揃えられた上履きと可愛らしいぬいぐるみが付いている学生鞄を残し桃井は忽然と姿を消していた。そして開け放たれた窓の前ではカーテンがパタパタとはためいている。


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