とある少女の怪異録 | ナノ

39

青峰君、急にどうしたんだろう。
五限目が終わり一分もしない内に鬼の形相で青峰君が教室に乗りこんできた。一体何事かとクラスメイト共々目を白黒させていると、青峰君は真っすぐ私の席まで寄ってきて開口早々早退しろと怒鳴った。
その声の大きさに反射的に体が震えはしたけど、頭の中は自分が思っているより冷静だった。いきなり人の教室にきたかと思えば、この幼馴染は何を言っているのだろうか、と。それに早退もなにも、具合も悪くないのに早退する必要がどこにあるというのか、と。
――ウソ。
体調は変わらず優れず、むしろ昨日より記憶があやふやな時間が格段に増えている。だけど青峰君がそれを知っている筈はないのだ。
何言ってるの、とおどけてみせても青峰君の表情は硬いままで、そしてその青峰君の後ろには何故か緑間君が立っていて、その緑間君までもが青峰君の意見に賛同するとばかりに首を縦に振っていた。
何度も大丈夫と繰り返し伝えても二人の耳に届くことはなく、ただ早退しろの一点張りだったが、タイミングよく教室に入ってきた先生が二人を追い出してくれたお陰で事無きを得た。
だけど六限目終了のチャイムと共にまた青峰君が教室にやってきて――途中で授業を抜け出してきたとしか思えない、再び同じ科白を吐いた。

「なんでそんな事言うの? 私具合なんか悪くないよ」
「だからッ」
「それに部活だってあるし、何ともないのに帰れるわけ、」
「いいからさっさと帰れ――!!」

声を荒げた青峰君に堪らず息を呑む。
ざわついていた室内が一瞬で静まり返っていた。
青峰君は何でそんなに私に帰って欲しいの? 青峰君は知らない筈なのに。私、青峰君の癇に障るようなことでもした? 何で、なんで……――ナンデ?
泣くのはずるいと分かっているけど、目頭が熱くなり床に視線を落とす。

「ちが、そう、じゃなく、て」
「青峰君私、」
「桃井」

視界がぼやけ始めた時、思いがけない人物に名前を呼ばれ思わず顔を上げた。
いつの間に、というか床に視線を落としてからほんの数秒程しか経っていないにもかかわらず、青峰君の隣には緑間君が立っていた。
そして緑間君は溜息一つついたかと思えば、呆れたような表情で青峰君を見た。

「青峰、お前は言葉が足らな過ぎるのだよ」
「……うっせ」
「全く……」

さっきも思ったけど――何で緑間君が?
全くの他人という訳ではないけど、所詮私と緑間君の関係は選手とマネージャーというだけで、連絡事項等があれば普通に言葉は交わすけど学校生活ではそれほど接点はない。それに青峰君と一緒にいるというのも珍しいの一言に限る。
青峰君と緑間君の関係が悪いとは思わないけど、明らかタイプの違う二人が部活以外で一緒にいる所を未だかつて目撃したことがない。
二人のやり取りを黙って眺めていると、不意に緑間君の視線が飛んできた。

「桃井、今日は帰ったらどうだ?」
「え、緑……間、君……?」
「睡眠は足りているか? 疲れているのではないか?」

思いもよらない指摘に思わず目を見開く。
寝不足って訳じゃないけど確かにここ何日か睡眠が浅く、夜中に何度も目を覚ましていた。
顔には出てないと思っていたけど――緑間君、気付いてたんだ。

「そ、それだよ、オレが言いたかったのは」

すると青峰君は「そうそう」と得意げに同調している。言った本人よりドヤ顔で頷いている青峰君にクスリと笑みがこぼれる。
ホントかな、と青峰君を見上げれば、青峰君は「嘘じゃねえよ」と噛みついてきた。
――もう。
ふふ。

「うーん、でも別にそこまで疲れてる訳でもないんだよ、本当だよ?」
「だが万全の体調ではない人間を働かせるのは忍びないのだよ。虹村主将にはオレが言っておく、だから今日はもう帰れ」

そこまで言われてしまうと残ると強くは言えない。
うーん、と考える素振りをみせながらチラと青峰君を見上げれば、青峰君はどこかそわそわと落ちつかない様子で緑間君と話していた。小声で、何を話しているのかはっきりとは聞こえないけど、僅かに聞こえた単語に頬が緩む。
青峰君も緑間君も、そこまで私の心配をしてくれていたんだと思うとジワーと温かいものが内に広がる。

「うん、分かった。それじゃお言葉に甘えて今日はもう帰るね」

そう返事をすれば、二人揃ってホッと息を吐いた。
なんというか心配されるのは嬉しいけど、今日の二人はどこか変だ。ピリピリしているというか、切羽詰まってるというか、なんか――余裕がない気がする。
自分の事より、寧ろ二人の方が心配になってしまう。

「寄り道しねえで真っすぐ帰れよ」
「何かあったら直ぐに連絡しろ」
「何もなくてもメールしろ」

だけど如何したのか聞くより早く、青峰君が矢継ぎ早に言葉を繋いできた所為でうやむやになってしまった。
――というか青峰君注文多過ぎるよ。
それだと全然休める気がしない、と思ったものの素直に頷き、二人に手を振り教室を後にした。が、バイバイした筈の青峰君と緑間君も何故か私の後について教室から出て来た。
てっきり部室に行くのかと思いきや、方向の違う昇降口まで着いてこられ、途中何度も「もういいから」と突っぱねたにもかかわらず結局校門まで着いてこられてしまった。
恥ずかし過ぎる。
そして家に着き、夕飯まで少し眠ろうとベッドに横になった途端見計らったかのように携帯が短く鳴り、仕方なく相手を確認すれば案の定青峰君からだった。開封すれば他愛もない内容で、もう家について寝る所だと返信する。
ウトウト眠りに落ちそうになった所で再び携帯が音を立てた。もう少しで眠れそうだったのに、と内心悪態をつき、そのままにしていれば狂ったように携帯が鳴り始め、仕舞には電話がかかってきた。勿論全部青峰君から。
青峰君が休めっていた筈なのに、それを言った張本人が邪魔してどうするの。
――言ってる事とやってる事が全然違うよ青峰君。
「もう何なの」と鳴り続ける電話に出れば「何で出ねーんだよ」と怒鳴られた。とっても腑に落ちないし、私悪くないよね。
もう寝る所だから少しそっとして、と伝え電話を切る。
夕方、青峰君からの電話で目が覚めた。
物心ついた時から青峰君と幼馴染をしているけど、今日ほど青峰君の事が分からないと思った日はない。
――軽く、いや大分えげつないストーカーみたいだよもう。
それに改めて着信を確認すれば青峰君のメッセージの合間合間に緑間君からもメッセージが届いていた。本当どうしたんだろう、と思わずにはいられない。


「いってきまーす」
「あ、さつき、今日お母さん居ないんだからねッ、だから、」
「もう分かってるよ! お父さんによろしく!」

耳にタコができるほど聞かされた母の科白につい語尾が強くなる。
そのまま玄関の扉を開け、外に出る。

「何か困った事があったら青峰さん宅に行くのよっ、お願いしてあるからね!」
「分かった、いってきま――す!!」
「あ、さつきっ」

まだ何か言っているようだけど、そのまま後ろ手で扉を閉める。
――もう、たかが一日くらいで大袈裟なんだから。
どうせならもっと行ってればいいのに、と道路に出れば、いつもなら起しにいかないと起きない、行っても中々起きない青峰君が家の塀に凭れかかっていて、思わず目をぱちくりさせた。
青峰君本当――どうしたんだろう。

「おばさん、おじさんとこ行くのって今日だったんだな」
「…………」
「おい、さつき」
「え、ああ、うんそうなの。たった一日なのに煩くて」

心配し過ぎだよね、と続け、ふと青峰君の手元に視線が落ちる。
――何だ、ろう。
何か、色々握られていて、指の間から紙のようなものが飛び出している。
それ何、と聞く前に青峰君がその手を体の前に突き出した。

「持ってろ」
「え」
「肌身離さず持ってろ」

そして半ば無理やりにそれを握らされた。
強引過ぎる青峰君に短い文句を投げつつ、持たされたものに視線を落とす。


back
×
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -