とある少女の怪異録 | ナノ

38

八神の胸倉を掴んだまま顔を近づける。
普通ならば急に胸倉など掴めば相手は驚くか怯えるか、それか苛立ちを覚えるか何らかのリアクションを取るのが当たり前でそれが女子ならば尚の事。全員が全員そうだとは限らないが、大半の女子は驚いた後恐怖に涙を流す筈だ。だけど八神の表情は恐怖に変わることも怯えに変わることも、ましてや怒りの表情を浮かべるでもなくただ真っすぐオレの目を見つめ返している。
それがまるで八神の言っている事が冗談ではないと、全部が真実だと言っているようだった。
手からふっと力が抜ける。
嘘だ。さつきが死ぬ、だと? 嘘だ、そんなわけない。何かの間違いだ。はいそうですか、なんて納得できるわけねえじゃん。イジメを隠してるだけだ。信じない。二人してオレを馬鹿にしやがって。だがさつきの様子がおかしい。幾らオレが勉強できないからってそんな見え透いた嘘信じるわけないだろが。死ぬ? 違う。コックリさんってなんだよ。そんな非現実的なことなんかある訳ねえ。違わない。オレの所為だ。オレが。嘘だ嘘だ嘘だ――。
――オレをそんな眼で見るな。
八神の視線から逃げるように後ずされば肩に何か触れた。ゆっくり首を回す。
緑間はオレには目もくれずただジッと八神に視線をぶつけている。その瞳にはっきりと怒りが浮かんでいた。
頭の中がグルグルする。
なんで。

「ンでさつきが死ななきゃいけねえんだよ……、おかしいだろ、なあ」

ぼやける視界の向こうでおかしくないとでも言うように八神が首を横に振っている。

「それが代償だから」
「だい、しょ……う、だと――?」
「そう。面白半分にコックリさんをやった――代償だよ」
「――じゃあなんでッ、一緒にやった奴等は死なねぇんだよ!! 何でさつきだけっ」
「九尾に見初められたから」
「……は?」
「九尾だって誰でもいいって訳じゃないのよね」

そして八神は「青峰君にだって好みはあるでしょ?」と続けた。
――なん、だコイツ。
人の生き死にを話しているというのに、八神の口調は何の変哲もない、他愛ない世間話でもしているようだった。

「……いつからだ」
「何が?」
「いつから桃井がそのようなことになっていると気づいたのだよ」
「昨日……いや正確には今日、かな。って嘘付けって目で見るの止めてよ」

何で――何でッ八神は平然としていられるんだよ、人が死ぬかもれないという状況でっ。
普通じゃない。おかしいだろ!!
唇が震える。

「緑間君の時とは違って目視できるものじゃないんだから、自己申告しか知る手段はないの。まあ今回は他人申告だったけど」
「ならば桃井を助けろ」
「……何が“ならば”なんですかね、いつから緑間君はそんな偉くな、」
「それがお前の仕事だろう! 何故お前は死ぬと分かっていながら見て見ぬふりが出来るのだよ!」
「緑間君にそんな事言われる筋合いはないけど? それなら口だけ出して何もしない緑間君は何なの。私と大して変わらないよ」
「だ、だがお前ならば助けられ、」
「何で私が無条件に九尾に勝てるって思えるわけ? 私の実力知ってていってるの、ねえ」
「そ、そ、れは」

――さつきを助けられ……る?
突如として飛んできた科白に怒りで赤く染まりかけた視界が晴れていく。

「お、い、今の科白」
「え、」
「さつきは助かるのか? なあ? 本当なのか」

何故八神が助けられるのだとか、何故緑間がそれを知っているのだとか聞きたい事は山ほどある。
だが今一番知りたい事はそんな事じゃない。
視線が交わったのも束の間、八神は答えを考えるように地面に視線を落とした。
聞き間違いじゃないと。さつきは助かるのだと――言ってくれ。どうか――どうか……。

「まあ、今ならね」
「え――」

欲しかった答えが鼓膜を震わし、堪らず目を見開く。
視界には変わらず八神の旋毛が映り続けている。
ああ。さつきが――助かる。

「だがお前はさっき、」
「別に出来ないとは言ってないけど? で、青峰君はそれを知ってどうしたいの?」

ホッと胸を撫で下ろす。
そうだ。人がそんな簡単に死ぬわけない。
八神はゆっくり頭を上げ、そのままオレを見上げた。
どうしたいも何も、それを聞いてしたい事など一つしかない。
八神は何でそんな当たり前なことを聞くんだ。どこの誰が助けられると聞いておきながら何もしないという選択肢を選ぶんだよ。意味分かんねえ。
――だけど。
本当に八神が助けるのか、いや助けられるのかと言う疑問が頭の中を埋める。というか死ぬかも知れないというその理由からして耳を疑う。コックリさんが原因で死ぬなどと言われて、信じろという方が難しい。
それに仮に本当に八神の言う通り原因がコックリさんだとしても、八神が助けるなどという科白を鵜呑みになど出来るわけがない。
――だってそうだろ。自分と同じ学生の分際でそんな大層なこと出来ると言われて、誰が信じるんだよ。
探るように八神に視線を這わせるが、勿論そんな事した所で真意なんか見える訳もない。
不快そうに顔を逸らした八神から目の端に映る緑間に意識を向ける。
緑間は瞬きすることなく八神を見ていて、そして眉間には変わらず深い皺が刻まれている。
だがあの緑間が、堅物という文字を人の形にしたらきっと緑間の外見をしていると言われる程クソ真面目かつ高慢ちきな緑間が不愉快そうにしながらも八神の科白に耳を傾けるだけで一切否定的な言葉を出してない所をみると、八神の言っていることに偽りはないのではと思考が揺れ始める。

「マジで……、マジでさつきを助けられるのか――?」

別の所を彷徨っていた八神の視線が再びオレへと戻ってきた。そして。

「うん、」

八神は曇りのない目をオレに向けたまま首を縦に振った。
分かった。信じてやるよ――八神。
さつきが助かるならなんだっていい。
だが八神の口が完全に閉じ切っていないことに気づいた。

「でも誓約書にサインと依頼料は払ってもらうからね」
「……は。いらい、りょ……?」
「八神お前いい加減にッ」
「緑間君こそいい加減にして。何度も同じ事言わせないでよ」

八神は一体何を言っているんだ。
依頼料? 誓約書?
八神の科白が頭の中で回っている。

「それとも緑間君が代わりに払う?」

「払ってさえくれれば私はどっちでもいいし」と投げやりな科白が八神の口から出てきた瞬間――何かがキレた。
コイツはどこまで人を馬鹿にすれば、おちょくれば気が済むんだ。人が死ぬんだぞ――!!
手を空高く振りかぶる。

「青峰!!」
「……はあ」

溜息が聞こえ、そして八神はどこか面倒臭そうな表情でオレを見上げた。

「その掌が私に触れた瞬間、覚悟した方が良いよ」

叫んだ訳でもないにもかかわらず八神の声は耳の奥深くまで届き、振り降ろしていた右手が自分の意志とは関係なくあと数ミリで八神の頬に接触する所で止まった。
寒さとは別の何か、得体のしれないものが全身の毛を逆立たせている。
その違和感はつい最近まで常に感じていたものと酷似していて、それが何なのか考えるのもおぞましい。
――そんな筈ない。あれは終わったんだ。なにもいる訳ない。勘違いに決まっている。
知らず内止めていた息をゆっくり吐き出し、小刻みに震えている手から力を抜く。

「じゃあ交渉決裂って事で。私はもう行くね」

何事もなかったように八神はオレ達に背を向け、そのまま屋上から出て行った。
背後で扉が閉まる音がした。
な、んなんだよ。
ホント――何なんだよアイツはッ。

「ち、くしょ……う」
「青峰」
「ンでッ」
「…………」
「何でさつきが死ななきゃいけねえんだよ――!!」

オレはこのまま黙ってさつきが死ぬのを待つしかないのか。
誰か。たのむ、よ。おねが、いだ。
視界が歪む。
駄目だ。泣くな。
袖口で目元を拭く。
泣いている暇があるなら考えろ。何か。まだ何かある筈だろ、なあ。

「やれることはまだ残ってる筈なのだよ」
「…………」
「それともお前は何もせず桃井の死を受け入れるのか?」
「んなわけねえだろがッ、殴んぞテメエ!」
「ふん、それならこんな所で油を売ってる暇はないのだよ」

行くぞ、と背を向けた緑間の後を追う。
自分に何が出来るか分からないが、このまま指をくわえているだけなんて――無理だ。

「……り、がと……ど、りま」
「聞こえないのだよ」

五限目終了のチャイムが鳴った。


back
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -