とある少女の怪異録 | ナノ

37

さつきの様子がどこかおかしい。
数日前までは人の部屋に勝手に入ってきては震えるオレをベッドから引きずり出した揚句、休みたいというオレの意思を丸無視し無理矢理学校に連れていくという暴挙に出ていたにもかかわらず、普段ならお前はオレの母ちゃんかとツッコミを入れたくなる程あれこれ口煩く口出ししてくるにもかかわらず――それが一切なくなった。
勿論それだけなら平和になって良かったと万歳三唱している所だが、何気ない会話すらも減っていた事に気がついた。
ただ会話自体全くなくなったわけではなく、あくまで前と比べて若干口数が減った程度で。それに会話が減った所で所詮相手は気心知れた家族同然の幼馴染だ。どうせ虫の居所が悪いだけか、もしくは校内で巻き起こっている異常現象の所為か、まあ理由が何にせよその内元に戻るだろうと高を括っていた。加えてオレ自身学校で起こっていた事に全神経を集中させていたこともあり、さつきの事など頭の隅にポツンと残っていただけだった。
――嘘だ。ポツンどころか頭の片隅にも残っていなかった。さつきがどんな状態なのかも気にも留めず自分の事ばかり、如何に恐怖から逃れるかそればかりを考えていたんだ。
そして昨日、全ての現象が収まり、自分にだけ注いでいた意識を周りに向け気がついた――さつきの様子が全く変わっていない、と。
いや変わっていないどころか悪化していた。口数は増えるどころかオレから話しかけなければ全くなく、虚ろな目で空を見上げるさつきに何度も呼びかけてやっと会話がスタートする程だった。だけど二言三言言葉を交わせば直ぐにまたボーと空を仰いでいた。そして決まってさつきの口が小さく動く。何を言っているかまでは声が小さ過ぎて聞こえないが、口の動きで毎回同じ言葉を言っているようにみえる。
もし風邪や具合が悪いといった表面上に表れる変化ならば周りも気づけただろうがさつきの見た目に変化はなく――薄ら目の下に隈が浮かんでいるようにも見えなくもないが、傍からみれば寝不足か何かでぼんやりしている位にしか思われないだろうがな。
――そうだ表面上は何もないのだ。
てっきり体自体に問題があるのかと思っていたがそうではなかった。
いや違う。首に貼ってあるものの存在を思い出した。ただいつから貼っているのかは記憶にない。
でもまさかさつきがイジメに遭っているなど、想像すらしていなかった。でも、でも……。だけど廊下での女子の科白を思い返しても、それはもう疑う余地すらない。
もっと早く気づいていれば、いや話を聞いてあげていればここまでならなかった筈なのだ。時折さつきが何か言いたそうにオレを見ていた事にも気づいていたのに。確実にSOSは出されていた。それをオレは。
空いている方の手で頭を抱える。
――ちくしょ、う……。
全部オレの所為だ。オレが、さつきを。
いやまだ間に合うはずだ。頭を左右振る。
その為にコイツを、事情を知っているだろう見ず知らずの女子を殆ど無理矢理屋上まで引っ張ってきたんだから、と神妙な面持ちで空を見上げているそいつに視線を落とす。
――あれ、コイツ。
今までさつきの事で頭がいっぱいで気付かなかったが、そいつの顔に身の覚えがあった。知らない奴じゃない。
勿論同じ学校の生徒なのだから身に覚えがあるのが当たり前だが擦れ違ったとか間接的な出会いではなく、どこかで直接言葉を交わしているような気がする。
そして空を仰いでいたそいつの顔が自分に向いた瞬間記憶の蓋が開いた。

「お前、あの時の」
「……は?」
「校舎裏の蝶だよな!」

季節外れの蝶の大群を発見した時の興奮を思い出した。
真冬に蝶が飛んでいる所を始めて見て、もしかしたら新種なのではないかと校舎裏まですっ飛んで行ったが着いた時には何十もいた蝶は一匹を残し居なくなっていて、その最後の一匹も間近で見ることなく直ぐに飛び去って行った。

「結局あの後一匹もいなくてよ。あれ本当にお前のじゃねえの?」
「は、あ、いや」
「でもあんな蝶見たことないんだよな」
「…………」
「お前あれが何て蝶か知ってるか?」
「おい青峰、お前は蝶雑談をしにここに来たのか」

違うに決まってんだろ。阿保か、と緑間に視線を投げれば、「お前に言われたくないのだよ!」と唾を飛ばす勢いで吠えられた。
うっせーな、と耳に指を入れる。
――つか何で緑間まで一緒に来てんだよ。
コイツの事だから「授業をサボるなどありえないのだよ」とか何とか言って強制的に授業に参加させられるのかと思った。それがまさかのサボり。
一体どういう風の吹きまわしだ。
いや廊下での会話からしても、緑間も何らかの事情は知ってるという事だろうか。
――ンならなんで何も言わねえんだよ。
緑間に苛立ちをぶつけるのはお門違いだということは分かっているが、それでもやり切れない怒りの矛先が緑間に向かう。
だがオレの口が開くより先に下から声が聞こえ、視線を下げれば頭一個分低い位置にある顔がオレを見上げていた。

「話し始める前に一つ」
「……ンだよ」
「私お前って言われるの嫌いなの」
「…………」
「私には八神凛って名前があってね、だから――」

「お前って呼ばないで」と八神はオレから視線を逸らすことなく言いきった。それもニコリと笑うでもなく、怒りをみせるでもなく――淡々と。
何を言うかと思えば呼ばれ方が気にくわないとか。
如何呼ぼうがオレの勝手だろと反論しようとしたが不意に背筋に悪寒が走り、開いた口から了承する言葉しか出てこなかった。
まるで見えない何かがオレを睨みつけているような、そんな殺気を感じた。
だがそんなものいるわけがない。気のせいだと軽く頭を振る。

「それじゃ単刀直入に言うね」

何が、と聞くまでもない。覚悟はできてる。
さつきの身に何があったのか。何でさつきがイジメに遭っているのか。
ジッと八神を見下ろす。

「桃井さんは狐の許嫁となり、近々婚儀を挙げられます」

以上です、とものの二、三秒で八神は開いた口を閉じた。
以上ですもなにも、一体コイツは――何を言ってんだ。意味が分からない。さつきはイジメに遭っているんじゃないのか? 
狐の許嫁?コンギ?
それが何を意味するのか全く分からない。

「意味が分からないのだよ。もっとオレ達の分かる言葉で説明しろ」
「エーエー、ニホンゴワカル?」
「そう言う意味ではない!」

拳を作った手が震えている。
オレはさつきの事を聞く為に八神をここまで連れてきたというのに。
「何故お前はそうやって!」と緑間が八神に怒鳴り散らしている。
事情を知っている筈の緑間も――何やってるんだよ。

「兎に角、もう少し具体的に説明できないのか? お前の説明は毎回抽象的すぎるのだよ」
「はいはい分かりました」
「だからハイは一回だと、」
「――はっきり言えよ!!」

溜まっていた苛立ちが弾ける。

「誰がさつきをイジメてんだよ! ふざけんじゃねえよ――!!」

がなりながら八神を睨みつければ、八神はまるで「は?」と言いたげに目を丸くしていた。それは想像していた表情からは遠くかけ離れたものだった。だがそれは後ろめたさや罪悪感を隠す為に作った表情を言うより突発的に浮かべたものの様な気がした。
それは即ち八神はイジメの件は知らないという意味で。
――いやでも確かに廊下で聞いた。さつきを助けて、と。さつきが死ぬ、と。
この耳でオレは――聞いたんだ。
だけど緑間も八神と同じような表情を浮かべている。

「うーん廊下で確認した筈なんだけどね。多分キミの言う桃井さんとは別人だと思うんだけど」
「……え」
「そんなわけないのだよ。お前がさっき廊下で提示した外見は確かに桃井に該当している」

オレが答えるより早く緑間が口を開いた。
話が噛み合わない。
さつきはイジメられているんじゃないのか。

「いやでも」
「青峰は思い違いをしているだけなのだよ」
「おもいち、が……い?」

オレが一体何を勘違いしているというんだ。本当にそうなの、か。さつきの様子がおかしいのは事実だ。いじめなの、か。勘違いじゃない。
――分からない。
廊下でのやり取りを聞いてイジメだと思った。そう――勝手に。
あれ? オレは何を知っている、んだ。
だがさつきを助けてとあの女は確かに言った。
もし原因がイジメでないとしたら一体何から――助けるんだ?

「まあ何でもいいけど」

溜息交じりの科白が耳につく。

「要するに桃井さんはこの世から切り離された、言うならば霊体になるって事。人間やめますって言えば分かる? まあ死ぬって訳じゃないけど、似たようなものだと思って」
「……は」
「分かっていたがやはり先程の、聞き間違いではないのだな。何故桃井がそんなことに。お前は全て終わったと言ったではないか!」
「何言ってんの。狐憑きの件は丸く収まったでしょ。というかこれは自業自得」
「は」
「恐らくというか確実に桃井さんも当事者で、昨日緑間君も会ったAさん達と一緒にコックリさんをやっていて、」
「……ちょっと、待……て」

霊体? 狐憑き? コックリさん? 

「オレを――馬鹿にしてんのか?」
「別にしてないけど」
「じゃあなんだ。さつきはコックリさんをやったから様子がおかしいとでも言うのか」
「まあそうなんじゃない?」
「コックリさんをやったから――死ぬのか?」

そんなことあるわけない。やっぱりさつきはイジメられているんだ。二人してオレをおちょくりやがって。許さねえ。緑間も八神も――許さねえ。

「そうだよ」
「嘘ついてんじゃねえぞテメぇ――!!」

表情一つ変えずに死を仄めかす八神に頭に血が上り、目の前にある八神の胸倉を掴んでいた。


back
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -