とある少女の怪異録 | ナノ

35

本当は登校して直ぐにでも依頼料を回収しにいきたかったけど――友人の愚痴に付き合ったり、係の仕事をしたり、友人の愚痴に付き合ったり、友人の愚痴に付き合ったりと時間が作れず、気付けば昼休みになっていた。
というか毎回不満メーターがフル満タンになってから爆発させるように愚痴り出すのは如何なものかと。彼女には是非とも小出しに消化する術を学んで欲しい。と彼女の一人愚痴大会が始まる度思っているけど、今までその願いを口にした事はない。そして多分これからもないと思う。
何だかんだ不満を持ちつつも結局は聞き上手――絶妙なタイミングで相槌を打っているだけだけど、な友人を演じてしまう。それはきっと彼女が入学して初めてできた友人だからというのが大きい。
ただ発散に丸一日かかる為最後の方になると相槌も適当になり、頭の中では別の事を考えているのは許して欲しい。
だけどそれはきっと他の、彼女の愚痴を聞かされている友人達も同じだと思われる。
昼食時は勿論、現在進行形で愚痴り続ける彼女にうんうんと相槌を打っている友人達の手には携帯だったり雑誌だったりペンだったりが握りしめられている。
そして久々に教室で昼食を済まし、昼食後のまったりできない空間にさよならを告げる。
椅子から立ち上がった瞬間、この裏切り者と言わんばかりの視線が乱れ飛んだが不可抗力だ。
――そもそもキミ達だって真面目には聞いてないでしょうに。
それに私一人いなくなった所でもう問題はないだろうし、そもそも直ぐにでも回収に行きたいのを昼休みになるまで我慢していたのだからむしろ快く見送って欲しい。
――まあ誰一人として職員室に行く本当の理由を知らないけど。
「いってきまーす」と「頑張って」と二つの意味でひらひら手を振り、背を向ける。
そして教室から一歩を出た瞬間、廊下に誰かの名前が響き渡った。
そのあまりの声の大きさに教室の中にいた人間にも聞こえたはず。案の定つい今まで愚痴を言っていたり、携帯を弄っていたり、雑誌を読みふけっていたり、ペン回しに没頭していた友人達がわらわらと集まって来た。

「え、何々。喧嘩? 痴話喧嘩??」
「何でそうやって直ぐに痴話喧嘩に結びつけるのよ」
「えーだってさ、この前も黄瀬君挟んで凄まじいのやってたじゃーん」
「そうそう黄瀬君と言えば――……」

彼女達の話題の中心に黄瀬君が舞い降りた瞬間だった。
彼女達の頭の中には早くも廊下での出来事など欠片も残っていないようで、口々に「黄瀬君が」「黄瀬君も」「黄瀬君は」と黄瀬君という単語がゲシュタルト崩壊しそうになった。
彼女たちが興奮する理由も分からなくもない。確かに黄瀬君はクラスの男子とは月とスッポンで、比べるのもおこがましい位ぶっちぎりでカッコ良いとは思うけど、偶然を装って黄瀬君に会いに行く友人達に同伴しては勝手に目の保養にする位にはイケメンだとは思うけど、毎日ヨリやナカムラさんと接している身としたら正直そこまで鼻息は荒くならない。うん、なってない筈、多分。
一抹の不安を覚えつつも、新たに黄瀬君という話題ができたことで愚痴大会も無事閉幕したらしい。めでたしめでたし。
そしてふと廊下の先に視線を向けると雑談する生徒達の隙間から見知った顔を見つけ、誰かの手を引きながら廊下の角を曲がっていった。
廊下にいる生徒達の目が彼女達を追っているのに気づき、さっきの声を出したのが彼女達のどちらかと考えればその視線の理由も頷ける。
「じゃあね」と今度こそ教室を後にし、A子達が消えた方向に足を向ける。どっちみち通り道だし。
彼女達と同じように角を曲がればA子の声が耳に入る。
こんな、いつ人が来るかもしれない場所で話すなんて――不用心過ぎるでしょ。

「さつきちゃんが危ないの!!」
「……え?」
「兎に角私と……ッ」

会話に割り込むことはせず黙ってA子達を見下ろしていれば、その視線に気づいてくれたA子と目があった。
A子は目を見開いたまま固まってしまい反射的に目を細めれば、彼女の肩が大きく震えた。
だけど直ぐに俯いてしまった所為でA子の表情は見えなくなった。
――全く。
何でそう余計なことしようとするんだろう。誰にも話してはいけないと意識に刷り込んだ筈なのに強情というか、しぶといというか。まあ仮に暴露したとしても、一秒と待たず誓約違反が発動する為こっちには何の問題も生じないからいいけど。
だからいっその事A子には目の前の全く関係の無い女子生徒に洗いざらい話してもらって――いやちょっと待って。ひょっとしたら目の前の女子生徒は関係無くはないのかもしれない。先程聞こえたA子の言葉が答えなような気がする。
まあどちらにしても罰を受けてもらった方が丸く収まる気がしてきた。
挨拶をしながら階段を下るもA子は一向に顔を上げない。
もう全部話せば、とA子の顔を覗き込もうとした瞬間A子に近づくのを許さないとばかりに強い力で肩を押さえこまれた。そして瞬き一つしてる間に四方に狐が姿を現し、威嚇するように唸り声を上げ始めた。

『獣の分際で我が主に手を出そうなどと――許さぬぞ……』

傍らに姿をみせたヨリもまた狐達を威嚇するように声を尖らせる。
――やっぱり、か。この子が――九尾の許嫁。
チラと首に視線を向ける。
シャツの陰からチラチラ見える絆創膏の下にはきっと許嫁の印でも浮かんでいるのだろう。
粗方この狐たちは許嫁に危険が迫ると自動的に表れる仕様になっているのね。九尾も中々粋なことしてくれる。
でも手を出さなければ攻撃を仕掛けてくる気配もないし、心配は皆無だ。と言うか今のはどう考えても不可抗力だよね。私から許嫁に触れた訳じゃないし。
「それじゃ」とニコリと頬笑み、階段を下る。

『凛様、あの人間が九尾の……』
「みたいだね。でもまさか触っただけでセコムが現れるとは思わなかったけど」

未だに気配を感じる辺り、大方私は要注意人物リストにでも入ったのだろう。
だけど声を大にして言いたい。
私は手を出すつもりも、邪魔するつもりもないのだと。
この視線も今だけなら我慢できるけど、婚儀が終わるまで続くとなると大分鬱陶しい。
――やれやれ。
階段を下りきり、職員室まで廊下を真っすぐ進む。

「ねえ――!!」

誰にかけられた言葉か知らないけど、少なくとも私の前には誰もいないから私の後ろを歩く人――居たかどうかは分からないけど、に宛ててだろうと振り返ることも足を止めることもしない。
バタバタと廊下を走る足音が迫って来たかと思えば肩を掴まれ、歩みを止めざるを得なくなった。
最近この方法で行く手を阻まれ過ぎではないかい。

「あのさ、」
「助けてよ!!」
「はあ?」

またそれですか。何度同じ事言わせれば分かってくれるんだこの子は。
前に回り込み行く手を阻むA子に溜息が出た。
だからね、と続けようにもA子の言葉に遮られる。

「さつきちゃん八神さんの事知ってるって! 知ってる子が困ってるのに助けないなんておかしいよ!!」

いや知ってるんだってっと言われても、だからとしか答えようがない。というか私はあの子の事など知らないし、仮に知っていたとしても無償では手は出さない。
――自己犠牲は趣味じゃないし。
やんややんや止らないA子の口をどうやって塞ごうか悩んでいると、ガラと扉が開いた音が聞こえた。だけど最悪な事にA子の耳にはそれが届いていない。

「なんでさつきちゃんがこんな事に……」
「あの、もうちょっと声をね、」
「私の所為でさつきちゃんがいなく、なっちゃうなん、て」
「だから、」

チラチラ前方に目を配らせながら穏便に口頭で注意しようとしたけどA子の口は止まる様子が無く、こうなったら物理的に口を塞ぐ他方法はないと掌をA子の口元に持っていく。

「死んじゃうなんて嫌だよ――!!」

が、俊敏さが足らず絶望した。
ああ神様。
私貴方の気に障るような事しましたか?

「依頼料がいるんでしょ! 私払うから、だからさつきちゃんを助けて!!」

私が行きたかった職員室から見知った、というか最近遭遇率が異常に高い緑頭の男子生徒と真冬だというのに常夏の島の住人のような肌の色をした男子生徒が連れだって出てきた。
運が無いにも程がある。はは。
こうなったらもう笑うしかないね。
はは……、はあ。

職員室を出た所で立ち止まる二人と見事に目が合った。
お二人の耳にもA子の科白がばっちり届いたみたいですね、と目を盛大に見開く二人の姿を見てそう確信した。
確かに、二人に背を向ける形で立っているA子に彼等の存在に気づけと言う方が至難の業だと分かってはいるけどそれでもほんの少し、小指の爪の先ほどでも意識を周りに配っていてくれていたのならどれ程良かったか。
まあ一概にA子だけの所為とも言えないのは重々承知しているし、私がとろかったっというのも一理ある。
それに今更過去の事を悔いてもしょうがない。時間は戻ってこない訳だし。
今考えるべき事は、私の胸元に顔を埋めては只管助けてと繰り返すA子をどうすべきか、だ。
だけど如何するもこうするもこうなってしまっては後の祭りとしか言いようがなく、後は自分に残された道をどれだけ広げられるか。とばっちりは最小限に抑えたい。
――にしても。
まるで自分も被害者だと言いたげにわんわん小さい子供のように泣きわめくA子に少々うんざりする。
何度も言うようだけどA子がコックリさんなんて馬鹿な真似をしなければこんな事にはならなかった。
学校が死霊の満員電車になったのも、彼女自身が狐にとり憑かれその上孵化寸前までいったのも――滅多に遭遇できない狐憑きの孵化寸前の様子を視られたのは貴重な体験だったけど、脇腹が抉られたのも、緑間君に罵声罵倒を浴びせられたのも――全ての発端はA子が始めたコックリさんだ。ただ緑間君に関しては常日頃から溜まっていた鬱憤が一気に出たという感じではあったけど、それを吐きださせる原因となったのは狐憑き騒動なので取りあえずA子の所為という事にしておく。
だからまあA子はいい加減悲劇のヒロインぶって泣くのは止めた方がいい。それに悲劇のヒロインはA子ではなく、九尾の狐に見初められた――あの子なのだから。
目を閉じれば階段で会った女子生徒の姿が瞼の裏に浮かぶ。
――運の悪い子。
瞼を開き、A子の肩に両手を添え引き剥がそうとしたその時、廊下に上履きの底が床を擦る音が響いた。


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