とある少女の怪異録 | ナノ

01

「最下位は――残念かに座です。見ず知らずの人には声をかけないようにしましょう。思わぬ不幸が降りかかるかもしれません。暗くなってからは要注意。ラッキーアイテムは鬼の金棒(本物)、ラッキーカラーは赤です。一日気をつけていってらっしゃい」


CMに切り替わってもオレの目はテレビ画面に釘付けのままだった。
かに座が――最下位だ、と。
辛うじてラッキーカラーは身につけられるが、ラッキーアイテムだけはどうしても見つけられなかった。というかそもそも鬼の金棒(本物)など到底手に入れられる代物ではないのは誰の目にも明らかなのだ。
そんなものをラッキーアイテムに指定したおは朝を心底恨む。
だがオレも人事を尽くさなかった訳ではない。幸いにもラッキーアイテムは前日にはおは朝のホームページに載っており探す時間はそれなりにあった。
骨董品店、中古販売店、ネットとあらゆる手段を尽くし鬼の金棒(本物)を探し、そして今目の前にソレがある。
紙袋に鬼の金棒と印刷され、仄かに甘い匂いを漂わせている――所謂和菓子、が。
ネットで検索し、奇しくも見つけたそれを母に頼み買ってきてもらった訳だが果たしてこれがラッキーアイテムとして成立するのだろうか、と昨晩浮かんだ疑問が再浮上する。
因みに頼んだ分とは別に母は茶菓子用に幾つか買ってきていた。それを一つ貰い食べたが中々美味かった。
今更悩んだ所で今はこれ以上のラッキーアイテムが手元にある訳でもない。それに一応は鬼の金棒という商品名なわけだから偽物でないことは確かだ。だが本物かと問われると頷きかねる、が。
なんであれラッキーアイテムが手元にあれば最悪は回避できるだろう。
いつだかやはりその日のラッキーアイテムが入手できず、ラッキーカラーのみ手ぶらで学校に行った時はありとあらゆる災難が自分を襲ったことをふと思い出し、体が震える。
それを考えれば鬼の金棒(仮)があるだけまだマシなはず。
オレは人事を尽くした。だから今日も――問題ないのだよ。
時計の針が家を出る時間を指しているのに気付き、席を立つ。鬼の金棒(仮)に視線を落とし、大丈夫だと己に言い聞かせ紙袋に手を伸ばす。
帰ってきたら家族皆で食べよう。


紫原に菓子を狙われた事を除けば、今日一日滞りなく過ぎた。むしろいつもと変わらない、いやいつも以上に穏やかに時は流れた。
だからかもしれない。己の知らず内、何処かで緊張の糸が切れていたのだろう。
普段なら絶対にあり得ない、宿題を教室に置き忘れるという失態を犯してしまったのだ。それに気付いたのは練習を終え部室で着替えている時で、思わず頭を抱えそうになった。
急ぎでない宿題ならば、本意ではないが態々取りには戻らない、が運の悪いことに忘れた宿題は明日提出のものだった。
赤司には珍しいという目で見られ、青峰には取りに戻るという選択をしたことを驚かれた。
――馬鹿め、お前とは違うのだよ。
赤司達とはその場で別れ、急いで教室へ向かう。
走るとまではいかなくも早歩き。セキュリティがかかる時間を考えれば余裕を持って外に出られていた方が良い。学校で夜を明かすなど言語道断だ。
机の中から目的のモノを見つけ、安堵の息が零れる。
時計を見ればロックがかかるまでまだ十分ちょっとあり、これなら普通に歩いても十分間に合う。椅子を机に戻し、教室を後にする。
一定のリズムで階段を下りる。タンタンタンと自分の足音だけが響くだけで物音も話し声も聞こえない。
最後の階段を下り、角を左に曲がる。足元に落としていた視線を進行方向である廊下の先へと向ける。

「……ん?」

廊下の真ん中に何かあった。赤い、何か。
非常灯しか灯っていない廊下は微かに月明かりが差し込むだけで薄暗く、廊下の先まで見える訳などないのにその赤だけは何故か鮮明に見えていた事にオレは疑問すら浮かばなかった。
そしてその何かに近づくよう――というか目的地の途中にソレがあるのだが、足を進めるとそれが赤いワンピースを身に纏う幼い少女だという事に気づいた。
――何故子供がこんな所に、しかもこんな時間に一人で居るのだよ。
あらゆる疑問が出ては消え出ては消えるが、幼い子供が一人でこんな場所に入れる訳などなく、まだ学校に残っているであろう教師の子供ということでひとり納得する。
それにしても不思議な子供だ。オレの足音が聞こえているはずなのに、一向にこちらを振りむこうとせず、ただしゃがんでいるだけ。
既に目と鼻の先となった子供との距離にどうしようか悩む。
流石にこのまま素通りという訳にもいかないのは分かっているが、如何せん今朝のおは朝のアドバイスが脳裏を過る。だが普通に考えてあんな子供がオレをどうこう出来るとは到底思えない。
それに教師の子供だろうと勝手に決めつけたもののもしかしたら迷子か、はたまた迷い込んだ可能性も拭いきれない。そうならばきちんと親元に帰すのが人事を尽くすということではないだろうか。
数秒悩んだのち、少女に声をかける。

「……何、をやっているのだよ」

だが少女はその問い掛けに振り返らないどころかピクリとも微動だにしない。
聞こえなかったのか、いやそんなはずはないと首を傾げつつ歩く足を止めず少女の前に回り込む。それでも少女は頑として顔を上げることはなかった。
一体どうしたのだろう、と再度声をかけようと口を開いたその時、不意に少女が抱えているモノが視界に映り込み、言葉が喉の奥に消えた。それと同時に冷たいモノが足元からジワジワとせり上がってくる。
頭の中では危険だとばかりに赤いライトが点滅し警報が鳴り響いているが足が思うように、まるでその場に根でも張ってしまったかのように動かす事が出来ない。そして逃げ出したい衝動とは裏腹にオレの目は少女の手元に釘づけになっていた。

『このコ、マリーっていウの』

顔は薄汚れ、所々塗料が剥がれ落ち、髪はボサボサでやはり所々剥げている。それだけならまだ汚い人形で済んでいただろう。だが人形には本来ついているべき部位が欠損していた。

「あ、あ」

少女が抱えている人形には四肢が、両手足が――ついていない。
自分の知っている人形からあまりにもかけ離れたそのフォルムに恐怖を覚える。
この場にいてはいけない。逃げろ。
もう一人の自分が叫んでいるが無情にも聞こえた子供の声にその警告は無意味なものになった。
声に誘われるように視線を人形から上へとゆっくり滑らせそして――時が止まった。あるいは自分の見ている光景を脳が処理しきれなかったのかもしれない。
交わる筈の視線がなかった。本来眼球が埋め込まれているべき場所はポッカリと黒い穴が空いていた。

「――ッ!!」

途中で止まっていた思考回路が動いた瞬間、声にならない悲鳴を上げ腰が抜けた。
言葉にならない音が口からとめどなく洩れ、経験したこともない底知れぬ恐怖に身体が言うことを聞かない。

『いつモいっしョのワたしノおともダち。デもね、ほラ、テとあシなくしチゃっタの。さガしてもサがしテもね、ミつかラなイの』

そして押し寄せる恐怖に耐え切れず体がカタカタと震える。

『おにイちゃン』

少女が立ち上がったかと思えば、音もなくスルスルと近づいてきた。
全身の血が底に落ち震えが止まらず、奥歯がカチカチと音を鳴らす。
少女の話を聞いてはいけない。駄目だ。それ以上聞くな。言うな。
カチカチカチカチカチ――カチ
少女の口が大きな弧を描いた。
言うな――!!

『わタしのかワりにマリーのテとあし……――サガシテ』

も う 逃 げ ら れ な い

そして少女は受け取れと言わんばかりに人形を差し出した。
受け取りたくない己の意思に反し腕が勝手に持ち上がり、震える手が――人形を受け取っていた。
手の中の感触に全身が総毛立つ。

『……ニまたアおうね』

何と言った。
――今なんと、言っ、た?

『でモソれまデにマリーのてトあしがミつかラなかっタら……』

顔を上げた時には少女の姿はどこにも見当たらなかった。
まるで初めからそこに存在などしていなかったかのように。

『――オニイチャンノチョウダイ――』

少女の声が頭に響いた。


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