とある少女の怪異録 | ナノ

34

BさんとCさんと話がしたかった。だけど二人はそれを拒絶するかのように私と目が合うとさっと顔色を変え直ぐに背中を向けられ、全く話が出来ずにいた。
そしてA子ちゃんは日増しに血色を悪くさせていった。
勿論学校があんな事になった所為だとも思ったし、A子ちゃんに限らず具合悪そうにしている人は大勢いた。それにA子ちゃんも始めは少し顔色が悪いなあと感じる程度で、彼女自身もちょっと寝不足でと苦笑いを浮かべていた。
それが二日と待たず急激に――目を疑うような早さで悪化していた。
頬も唇も青白く、まるで血が巡ってない人形の様で、目の焦点も定まっていなかった。そして平衡感覚を失いかけているかのように足元もふらついていた。
気付いた時にはもう誰が見ても、ちょっと具合が悪そうで済まされる状態ではなくなっていたのだ。
堪らず声をかけ色々世話を焼こうとしたものの、少し風邪気味なだけだと力なく笑顔を浮かべたA子ちゃんにそれ以上何か言うのも、やるのも憚られた。
――A子ちゃん大丈夫かな。
病院に行ってくれていればいいのだけれど、あれではいつ倒れても不思議ではない。そもそもA子ちゃんは何故あんな状態になるまで我慢しているのだろう。それに周りも、何故彼女のクラスメイトだったり家族は何も言わないのかが分からない。
もし今日も具合が悪そうだったら、無理矢理にでも病院連れていかないと。あのままでは取り返しのつかないことになる気がした。
――……病院、か。
マフラーをきゅと握る。
コックリさんもそうだけど、ここ数日記憶が飛んでいることが間々あった。気付いたら外に立っていたとか、さっき青峰君に話しかけられる前に何かを口走った気がしたけど覚えてないとか――気付いたら空を見上げていた、とか。
それに一日数回程度で済んでいた筈が、此処一日二日でその回数が増えていた。数時間に一度、酷い時は一時間に一度、記憶が無くなる間隔が徐々に狭まっている。
それがまるで、私が私で居られる時間が少なくなっているということを暗示させられているようで――少し怖い。
それに首の痣も不安を煽る材料になっている。
いつからあったのか分からないけど、その存在に気が付いたのはコックリさんをやった日の夜。
首なんて場所ぶつけようがないし、痣の出来る箇所としたら不可解としか言いようがなかった。だけどその時は多少違和感を覚えた程度で特別気にはしなかった。
そして翌日ふと思い出して見てみると痣が濃くなっている、気がした。
考え過ぎだと気にしないよう努めていたけど、やっぱり気になってしまい今朝再び見てみると色は更に濃くなっていた。茶色と言うより、殆ど黒に近い色をしていた。
誰かに相談できればいいんだけど、こんなこと誰に言えばいいのか分からない。
親に言えば即日病院に連れていかれるのは目に見えている。それに近々父の単身赴任先に泊まりに行くと色々張り切って準備している母の姿を見てしまうと躊躇ってしまう。
マフラーに口元まで埋め、そっと息を吐く。

青峰君の視線に気付く余裕はなかった。


「さつきちゃん!!」
「え……、えッ」

友人数人と廊下を歩っていると廊下全体に響くような声で名前を呼ばれた。誰が呼んだのかを確かめる前に名前を読んだと思しき子に手を引かれていた。
何事と思ったのは私だけじゃなく、昼休みで廊下にあふれ出ていた子達も興味深そうに私達を目で追っていた。
後ろから私の名前を呼ぶ友人の声が聞こえたけど、返事をする前に廊下を曲がってしまった。

「も、A子ちゃ、急にどうし、た……の?」

後ろ姿で腕を引っ張っているのがA子ちゃんだと気づいた。だけど彼女は何も答えないまま階段を下り、そして踊り場で足を止めた。
――というか身体はッ。
昨日なんて歩くのも辛そうだったのに、と口を開く前にA子ちゃんは掴んでいた手をぱっと離した。

「さつきちゃん大丈夫!! 何ともない!?」
「へ?」

だけど離された手は代わりに私の両肩を掴み、A子ちゃんは鬼気迫る様子で顔を近づけてきた。
大丈夫と聞かれても、むしろA子ちゃんは大丈夫なのと質問を返したかったけど、それは彼女の顔を見て直ぐに喉の奥に引っ込んだ。
昨日の様子からは想像できないほどA子ちゃんの顔色、体調は劇的に良くなっているように見える。
たった一日で驚異の回復を見せたA子ちゃんに驚いたけど、それよりも治って良かったという安堵の方が大きかった。

「わ、私、わた、し……」

体調良くなったんだね、と笑顔を浮かべる間もなくA子ちゃんの目には涙が浮かび、肩を掴んでいた手は首の後ろへと回り、そして彼女は私の縋りつく形で嗚咽を漏らし始めた。
え、何で泣いて、とあまりに突然のことで気が動転したけど、大切な友人を泣かせたままになどしておけない。泣いた理由は定かではないけど、きっと泣く程辛い事なのだとA子ちゃんの心情を察し胸が痛くなった。
あやすようにゆっくり背中を撫でていると、数分程でもう大丈夫と彼女は顔を上げた。赤く充血した目が痛々しい。

「何があったのか分からないけど、話しなら聞くよ?」
「違うの! 私じゃなくてっ、さつきちゃんが心配で!」
「え、私? でも私、A子ちゃんに心配されるようなことはなにもないよ?」

だけどA子ちゃんは違う違うと首を横に振るだけで会話にならない。
もしかして私がA子ちゃんの涙の原因、なの。でも心当たりがない。いや、ないだけできっと私は自分が知らない内に彼女を傷つける何かをしてしまったんだ。
友達を泣かせるなんて――最低だよ私。
謝ろう。理由も分からないまま謝るのはずるいとは思うけど、それでも原因が私にあるのならA子ちゃんの涙を止められるのは私だけだと思うから。

「さつきちゃんが危ないの!!」
「……え?」
「兎に角私と……ッ」

謝罪を言葉にするより早くA子ちゃんの口が開いたかと思えば出てきた科白は全く予想していないものだった。
――危ないって、私が?
だけどA子ちゃんの口からはそれ以上の科白がでてくる気配はなく、彼女はある一点を見つめたまま固まっていた。
その視線を辿っていくと階段の上の女の子に行き着いた。
その子の目もまた真っすぐA子ちゃんに注がれている。
A子ちゃんの知り合いかなと再びA子ちゃんに視線を戻せば彼女は顔を青ざめさせ、小刻みに肩を揺らし異常なほど怯えていた。
ただ事ではないその様子に「大丈夫?」と俯いてしまったA子ちゃんの顔を覗き込む。

「こんにちは」

上にいた女の子がゆっくり下りてきていた。
目が合うと女の子はニコリと柔らかい笑みを浮かべ、そして私達がいる所で足を止めた。
A子ちゃんは俯いたまま顔を上げようとしない。

「Aさん――こんにちは」

女の子がA子ちゃんに挨拶した瞬間A子ちゃんの動揺が肩に置いたままになっている私の手にも伝わってきた。
A子ちゃんの顔を覗き込もうとする女の子の肩を咄嗟に掴んでいた。
自分でも何でそんな事をしたのか説明が付けられないけどA子ちゃんの様子は普通ではないし、それが友人に取る態度でないことは明白だった。
A子ちゃんと女の子の間に何があったのか当事者にしか分からないことで、そこに無関係の私が土足で踏み込むことはできない。だけど友達が目の前で嫌がっているのを見て見ぬふりもできない。
急に肩を掴んだせいで女の子は驚いたように目を見開いたけど、直ぐにその目は緩く弧を描いた。

「Aさん具合悪そうだけど大丈夫?」
「え……、う、うん、ちょっと何か本調子じゃないみたい」
「そっか。早く良くなるといいね」

そう言いながら女の子はA子ちゃんに視線を注いだけど、その目は心配だとは言っていない気がした。
女の子は「それじゃ」とそのまま階段を下り、直ぐにその背中は見えなくなった。
ふと女の子の後姿に親近感を覚えた。そして考えれば、顔も何処かで見たことあるような。ないような。

「あの子……」
「え! さつきちゃん八神さんの事知ってるの!?」
「知ってるっていうか、何処かで会ったようなってだけで、ってA子ちゃん大丈夫? なんか様子が、」

最後まで言い終わらない内にA子ちゃんまでも階段を下りて行ってしまった。
――一体何だったんだろう。
結局A子ちゃんが私をここまで連れてきた理由も、途中で切れた科白の続きも分からずじまい。
A子ちゃんは何を伝えたかったのだろう。
でも一つ分かったのは、A子ちゃんの体調は元に戻ったということで、一番心配の種だったものだけでも解消されたみたいでホッとした。
そしてあの子――八神さん、だっけ。
何処で会ったんだっけ。


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