とある少女の怪異録 | ナノ

33

「……つき」
「九尾様、私はいつまで……」
「おいさつき、聞いてんのか!」
「ん、え?」

名前を呼ばれている事に気づき横を見れば、青峰君の顔がドアップで目の前にあった。
え、ちょっと近くない、と一歩横に足を滑らす。
そして改めて「なに」と聞くも、青峰君の眉間にできてしまった皺は取れない。

「ったく、お前大丈夫かよ」
「え?」
「最近顔色悪ぃんじゃねーの、ちゃんと寝てんのかよ」
「えっ、大ちゃ……青峰君、もしかして心配してくれてるの?」
「ちッげーよ! 折角何もなくなったっつーのに、陰気臭い顔してられるのが嫌なだけだから」

「別に心配なんかしてねえよ」と続けざまにぼっそと呟かれた音も拾った。だけど言葉を返す前に青峰君は「もういいや」と頭を掻き、先に行ってしまった。離れてく背中をぼんやり見送る。
私そんな顔色悪い、かな。指の腹で頬を撫でる。
でもそれを言うなら昨日までの青峰君の方がよっぽど酷い顔をしていた。まあ青峰君に限らず学校に来ていた生徒も皆似たり寄ったり、恐怖に顔を引き攣らせていた。
それは私も例外ではなく、皆と、青峰君と同じようにそれなりに怖い思いもした。青峰君じゃないけど学校に行きたくないと思ったのも一度や二度じゃない。
それでもめげずに学校に行き続けたのはマネージャーの仕事を疎かにしたくなかったから。
学校がああいう、まともとは言えない状況の中でも練習はあると思ったし、部員達が戦々恐々としながらも部活に励んでいるのにマネージャーの自分が休むなんて考えられないと思った。
――まあ、学校行きたくないと駄々をこねる青峰君を連れていくのは一苦労だったけど。
布団を頭からかぶりベッドにしがみ付く青峰君を引っ張り出すのは容易じゃなかった。
一体いつまで続くのかなと思った矢先、全ての現象がピタリと止まったのが昨日の事。
初めこそ何も起こらないことが逆に怖さを助長した。だけど時間が経つにつれて恐怖心は安堵へと変わり、もう何も起こらないんだ、もう怖い思いしなくていいのだと友達と喜びを分かち合った。
そして移動教室の途中の廊下で嬉しさを爆発させている青峰君をみた。それにあまりに感情的になり過ぎたのか大号泣すらしていた。
ただどうして突然怪現象がピタリと止んだのかは誰も知らないらしい。
先生に聞いた子もいたみたいだけど、先生も分からない様子だったと後から聞いた。
それに一番の疑問は、何故急に学校があんなお化け屋敷のような状態になったのか。
勿論色々な噂が耳に入ってきたけどどれも信じるには程遠いものばかりだった。だけどその中に、誘われて参加したコックリさんの所為だという噂が交じっていた。

「おいさつきッ、何やってんだ。置いてっちまうぞ」
「あー待ってよ、青峰君!」

大分先まで行ってしまった青峰君の背中を慌てて追う。

コックリさんをやっていて、気付けば白い天井を見上げていた。そこが保健室だと分かるまで数秒かかり、そして自分がベッドの上で横になっていると気づくのにまた数秒かかった。
何で保健室、とボンヤリする頭を小さく左右に動かせばBさんとCさんが私を見おろすようにベッドの脇に立っていた。そして目が合えば二人に大袈裟過ぎるのではと思わずにはいられない程のリアクションをとられ、涙を流して喜びを露わにする二人をぽかーんと口を開けて見上げていた。
暫くし二人が落ち着いたのを確認して、何故コックリさんをやっていた自分が保健室に居るのか尋ねた。だけど質問を口にした途端二人は見るからに動揺していた。聞いてはいけないことを聞いてしまったような、そんな態度を取る二人に私はそこまで無神経な質問をしたのかと不安にもなった。
そしてBさんとCさんは互いに顔を見合わせ、何処かオドオドした様子で口を動かし始めた。
だけど二人の話す事の半分も分からず、無数の疑問符が頭の中を埋めていった。
音がどうとか、黒板がどうとか、――化け物がどうとか。
何を言っているんだろうと首を傾げていると、え、と言うような表情をされたのをよく覚えている。
だって私達普通にコックリさんやってただけだよね、と。A子ちゃんが質問じゃなくてお願いをしたのは驚いたし、太田先生の事は気味悪かった、だけど印象深い出来事と言ったらそれだけだったよね、と確認の意味も込めて二人に聞けば、二人は意味あり気に再び顔を見合わせていた。
結局自分がなんで保健室にいたのだとか、なんで二人が煮え切らない表情をしたのだとか全く分からないまま家に帰された。
一緒にコックリさんをやっていたA子ちゃんが保健室に居なかったと帰路の途中で気がついた。
事の真相を聞きだそうと翌日改めて二人に会いにいけば、タイミング良くその場にA子ちゃんの姿もあった。だけどどうも三人の様子がおかしかった。
BさんCさん二人でA子ちゃんを責めているような、そんな会話が離れた場所に立っている私の耳にも届いた。教室にいた他の人達も何だ何だと聞き耳を立てていた。
声をかける前にA子ちゃんが入口に立っていた私に気づき、彼女はまるで助かったと言わんばかりに表情を緩めた。

「もうーさつきちゃん聞いてよ、B子とC子が意味分かんないこと言っててついてけなーい」
「ちょっとA子!」
「私達普通にコックリさんやってただけだよね? なのにC子が違うってー」
「え、それって」
「音がどうたらとか、化け物がどうたらとか、それなんて映画って話だよね」

おかしそうに笑うA子ちゃんの後ろでBさん達の顔色が変わったのを見逃さなかった。
家に帰ってからもずっと考えていた。だけど考えても考えても普通にコックリさんをやっていたことしか記憶にはなく、Bさん達の言うような出来事は何一つ頭の中に残っていない。覚えていない。
――そう覚えていないんだ。
Bさん達は私達の反応を楽しんでからかっているだけなのかとも一瞬思ったけど、保健室での表情、そして瞬間二人が浮かべた表情から彼女達は何一つ嘘はついてないのでは、と。そう直感的に思ってしまった。
それは即ち私が、私とA子ちゃんの記憶の中に空白の時間があるということを意味する。そしてもしかしたら、ううんきっと私が保健室にいた理由とも関係している。
――私達は何を忘れているの。BさんとCさんは何を知っているの?
そっと首筋に手を添えれば絆創膏のざらついた感触が掌を刺激する。
だけどタイミング悪く鳴ってしまった予令の所為で二人に質問する事も叶わないままその場を後にしなければいけなくなった。
最後までBさんとCさんと目が合うことはなかった。
そしてそれから直ぐに、あの噂が耳に入った。

コックリさんをやったのは覚えてるけど、――それだけなんだって。


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