とある少女の怪異録 | ナノ

32

チラチラと視線を送ってくるヨリに気づかないふりをしながら夜道を歩く。


「あの、少しいいですか?」

泣いて喜んでいる所悪いけど、先生には払うものは払ってもらいB子達にも誓約書にサインをして貰わないと。
鞄の中から取り出した誓約書を先生と、友人と喜びを分かち合っているのを邪魔されたことに不満げなB子達に見えるように翳す。

「此処にサインしてもらっていいですか」

サイン欄を指しながら簡潔に告げる。だけど誰一人「分かった」とは言わず、むしろアンタなに言ってんのとばかり「は?」と返された。
今じゃなくても、と目で訴えてくる緑間君は当然スルーだ。

「読んでもらえれば分かると思いますがこれは誓約書です。先生には支払いの義務が発生しますが、貴方達はサインだけで結構です」

因みに分かると思いますけどAさんはサインしましたよ、と付け加えれば彼女達の目がA子に向いた。俯くA子はそれに気づかない。
はい読んでください、と先生に無理矢理渡せば、三人の視線が一斉に一枚の紙に注がれる。そして視線が下に動くごとに面白いくらい醜く歪んでいく彼女達の表情を黙って眺める。
状況が状況なだけにしょうがないとはいえ、こうなるって分かっているから依頼料もサインも始めに貰いたいのよね。
恐らくサインは簡単には貰えないんだろうなあ。どうしようかと考える間もなく、B子が口火を切った。

「何これ――!! こんなのにサインなんて出来るわけないじゃん!」
「アンタ頭おかしいんじゃない?!」
「……ふ――ん、誰が頭おかしいって――?」

そっちの事情で無理矢理連れてきておいて、事が済んだら言いたい放題、ね。
好き勝手のた打ち回るB子達にカチンときたのは言うまでもない。
これがもし依頼主且つ依頼料もサインも貰っていれば何を言われようと受け止めるけど、依頼主でもない上にサインもしていないB子達に好き勝手言われて黙っていられる程人間できてはいない。

「あのさ自分達が何やったか分かってる? 貴方達のやったコックリさんがどれだけ周りに被害を与えたと思ってるの。学校全部を巻き込んだんだよ? 全く関係ない人を巻き込んだの、分かる?」

彼女達を教室に入れる前に何があったのかを説明してくれたA子は俯いたまま。
意味が分からないと私を此処に連れてきた女子生徒が反論するけど、そのまま続ける。

「それに下手したらAさんは死んでいたかもしれない。それでも意味分からないって言えるの?」
「そ、それは」
「でも始めにやろうって言ったのはA子じゃん!」
「も、う」
「やろうって言った時何で止めなかったの? 友達なら普通止めないかな」
「ただの遊びなんだから止めるわけないじゃん! ていうか死ぬとか、コックリさんで死ぬわけないじゃん!! アンタおかしいよッ!」
「や、……め」

「アンタ頭おかしいんじゃない?」とB子は馬鹿にするように鼻で笑った。
肩に置かれた誰かの手を振り払う。

「ならコックリさんの最中、此処で自分の身に起こったことは全部気のせいだったんだね」

そう言えばあれだけ威勢の良かったB子はバツが悪そうに視線を逸らし、もごもご口を小さく動かした。

「でも、」
「だってそうでしょ――ただの遊びだったんだから。Bさんはきっと夢でも見てたんだよ」

「それか幻覚かもね」とB子がやったように鼻で笑う。
なんかもう話すのが面倒になった。
頭から全てを否定する人間にする説明ほど無意味なものは無いし、加えて時間の無駄にしかならない。
それに無理にサインを貰わなくても監視する手段など幾らでもある。いや、いっそのこと……。

「二人はどうします? サインしま、」
「――ごめんなさい!! 全部私がいけないの!!」

すか、と続く筈だった私の科白はA子の声によってかき消えた。
そろり、A子に視線を落とせば案の定彼女の目には涙が浮かんでいた。
そろそろA子の目は溶けると思う。

「私があんなことしなかったらこんな事には……」
「……あんな、こと? それはどういう意味なのだよ」

どうして緑間君はこうも食いつきが良いのだろう。
緑間君の問いに答えようとするA子に待ったをかける。
不満げな表情を浮かべる緑間君には悪いけど、詳細を話させるわけにはいかない。

「それを知る必要はないよ」
「だが」
「気になるのは分かる。だけどこれは興味本位で知ってはいけない事だから」

そこまで言えば緑間君は気まずそうに視線を逸らし、A子は本格的に泣き始めた。
これって私が泣かした事になるの、かしら。
違うと思いたいけど、身体中に刺さる視線はそうとは言ってくれない。ただまあ、幾ら私でもこのまま帰るのが正しい選択だとは思っていない。後味が悪過ぎる。
吐きたい溜息を何とか飲み込みA子の元に歩み寄り、腰を落とす。

「まあAさんがやったことは許される事じゃないけど、丸く収まったんだからこれ以上自分を責めるのは止めてね」

A子の肩をポンポン叩く。
――そう一人の犠牲で丸く収まったんだから、ね。
私の内なる呟きを聞いてしまったかのようにA子は泣きやむどころか大号泣。
そんな泣いたところでもう手遅れなのに。後悔するなら始めからコックリさんなんて馬鹿な事やらなければよかったね。
A子の肩から手を離す。
――帰ろう。
腰を上げ、背を向ける。
誓約書はもういいや。何だか疲れたし、依頼料は明日徴収しよう。
道すがらにある鞄に指を引っ掛け、この場を後にしようと一歩二歩進んだ所で「待って」と言う声が私の足を止めた。
まだ何か、と振り返れば皆一様に棒立ちをしている中、私を罵ったB子だけが一人机に向かっていた。
そして机から顔を上げたかと思えば、B子がこっちに歩み寄ってきた。

「これ、いるんでしょ……」

ん、と差し出された手に視線を落とし、それを受け取る。
チラとサイン欄に視線を向ければ、欲しかった名前が記入されていた。
散々おかしいだ何だ言っていたのに――どういう風の吹きまわしだろう。
まあ貰えるものは有難く貰うけど。

受け取った誓約書を鞄の中に仕舞う為ファスナーを開けていると複数の足音が耳に届いた。
近づいてくるそれに顔を上げれば、先生ともう一人がペンを片手に立っていた。
うん。手間が省けて良かった。
三人のサインが書かれた誓約書を改めて受け取り、丁重に仕舞う。
有難うございます、と軽く頭を下げる。

「誓約書に書かれている事さえ守っていただけたら何もありませんのでご心配なく」
「……破ったらどうなんの」
「それは――破ってからのお楽しみって事で」

ニヤと口角を上げる。
まあ別に楽しい事じゃないけど。かといって苦しい事でもないけどね。
青ざめるB子達の背後にいる緑間君の咽喉が大きく動いたように見えたけど、何を今更怯えているのだろう。
誓約を破らなければなんて事ないってことは、緑間君自身が一番分かっているはずなんですけどね。

「それと先生依頼料ですけど、それは明日で結構です。今は手元にないでしょうから」
「あ、ああ、それは助かる」
「それでは私はこれで――」
「――如何にかなんないの!?」

失礼します、と続きはしなかった。
今日は何かと科白を遮られることが多い気がする。是非とも人の話は最後まで聞いて欲しい。
立ち上がっていたA子に視線を向ける。
あのまま黙って泣いていれば良かったのに――面倒な子だわ。

「貴方なら、八神さんなら如何にか出来きるんでしょ!」
「ちょっA子?! どうしちゃった、」
「助けてよ!! このままだとさつ――」
「Aさん」

最後まで言わせるつもりは毛頭ない。
それに名前を呼んだだけで言葉を詰まらせるんだったら、始めから言わなければいいのに。自分が余計なことを言ってるって自覚してんでしょうに、全く。
A子から視線を外さないまま彼女の元まで歩み寄り、耳元に口を近づける。

「それは言わない約束でしょ。他言したらどうなるか――教えたよね?」
「ぅ、あ……ッ」
「Aさんちょっと具合悪いみたい」

A子にしか聞こえない声で呟けば、彼女は再度涙腺を崩壊させ掌に顔を埋めた。
大丈夫?と声をかける自分の声の何と白々しい事。
心配そうに寄って来たB子達にA子を預ける。

「それと憑き物が落ちたばかりの人は情緒不安定だから、あまり刺激しないでね」

それっぽい理由を添えれば――実際憑き物が落ちて半日は精神が安定しないから強ち嘘ではないけど、B子達は真剣な表情で頷いてくれた。
私がいつまでも此処にいるとA子がまた余計な事を口走る可能性もあるし、とっとと帰ろう。
それに緑間君の視線も気になる。
真っすぐ私から視線を逸らさないあたり、緑間君の中で何かが引っかかっているようだ。
――全く。A子も余計なことしてくれたよ。

「私はこれで失礼します」

緑間君と目が合わないように身体の向きを変える。

「お、おおう有難うな八神」
「八神さん、ありが、と」

頭おかしいとまで言ってくれたB子にお礼を言われるのは想定外でした。
どういたしまして、と返し教室を後にする。
すると閉めたばかりのドアが背後で開いた。

「八神ッ」

そのまま足を止めないでいると緑間君に前に回り込まれ、強制的に足を止められた。

「お前、一体何を隠している!」
「別に何も、ていうかお前って呼ばな、」
「あの女子生徒は至って正常だった。情緒不安定などではない!」
「あれ、そうなの?」
「シラを切るな! お前は何を知っている、あの女子生徒は何を言おうとしたのだよ――!!」

はぐらかしてるって分かった時点で自分が余計な事に首を突っ込んでるって察して欲しい。
正義感っていうの? そういうの本当――面倒臭いわ。

「別に何も隠してないし、何も知らない」
「そんな戯言」
「もし仮に何か隠し事してたとして、それが緑間君に関係あるの?」
「そ、れは」

どうなの、と畳みかける様に聞けば語尾が小さくなった。

「何を心配してるのか知らないけど、もう終わったの。だから緑間君が心配するような事はなにもないよ?」

分かった?と小首を傾げるも緑間君は変わらず納得いかないというような表情を固定したまま、私の言う事など信用できないと顔に書いてある。
信用ないなあ、と堪らず苦笑いを溢せば、緑間君の眉間の皺が一層深くなった。
だけどそんな顔をされた所でこれ以上何か言うつもりはないし、それに緑間君が納得しようがしまいがそれは緑間君の自由。
ただまあ、これ以上の詮索は止めて欲しいけど。
やれやれ、と首を振りながら緑間君の横を通り過ぎる。

「――本当なんだな」
「そう言ってる」
「お前の、八神の言葉、信じてもいいんだな――?」

ああ、しつこい。
歩みを止めないまま「ご自由にどうぞ」と返す。
緑間君の声はもう聞こえなかった。


嘘は、ついてない。
狐憑きの件は本当に終わったんだし……いや、もう一人狐憑きがいる可能性が高いけど、それと今日の件はまた別だと思う。

『……凛様、九尾の事ですが』
「如何にかなりませんでしょうか、とか言ったら一週間シェイクなしね」
『…………』

分かりやす過ぎるヨリに呆れる。
それに今まで何回同じ会話をしてきたことか、そろそろ学んで欲しい。
はあ、と溜息をつく。

「ヨリの言いたいことも分かるよ、見殺しには出来ないって。でも一度でもそうやって助けてしまえば、次もその次もって切りが無くなるの」
『は、い』
「だからって助けてと伸ばされた手を跳ね除けたりはしない」

何が言いたいか分かるよね、とヨリを見上げれば『はい』と一言。
そう、お金さえ積めば何でもやりますよ、と言う事だ。式を養うのには色々お金がかかるし。
ヨリが目頭を押さえている理由は定かではないけど、多分ヨリは私が何を言いたいのか分かっていない。
ヨリの中での私像が知りたくなった今日この頃。
そしてふと見上げた夜空に一本の箒星が流れた。


箒星は古来より王の死や大災害といった不吉なことの前兆と考えられてきた。そしてそれは陰陽道でも同じ、箒星――即ち彗星は災いをもたらすものと考えられ忌み嫌われている。
勿論全ての彗星が災いを示している訳ではなく、ほんの一握りが最悪をもたらすだけ。
だから今のは“ただの”箒星だと思いたい。そう思いたいのに心臓が不協和音を奏でている。


それがまるでこれから始まる事への伴奏だとでも言っているようで――握りつぶしたくなった。


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