とある少女の怪異録 | ナノ

30

「……そ、で……す」

蚊の鳴くような声を辛うじてキャッチし、足を止める。

「教えて欲しいんだけど、そのコックリさんって一般に広まってるやつ?」

どうかな、と振り返り、A子の近くまで足を進める。
だけどやっぱりすぐに答えは返ってこない。
吐きそうになった溜息を今度は飲み込み、A子と目線を合わせる為その場に腰を落とし、A子の口が動くのを待つ。
後何秒待てばいいのかしら、と苛々し始めた所でA子の口が小さく開いた。

「ち、が……う」
「そう。で、手順は覚えてる? 何か特別な事はやった? ねえどうなの」
『凛様落ち着いて下さい。怯えております』

そんなつもりはなかったけど、いやそんなつもりあったけど、涙を浮かべるA子を見れば罪悪感が押し寄せる。
私だって泣かせるのは本意ではない。
――何イラついてんだろう、私。普段とは違う空気に当てられたのかな。
止めてくれて有難う、とヨリを見上げる。
頭の中に溜った熱を追い出すように深呼吸を数回繰り返し、幾らか冷静になった所で「ごめん」とA子に謝罪する。
A子の目からポロンと一粒の涙が落ちた。
腰を上げ、鞄を置いてある誰のとも知れない机に向かい、口の開いた鞄の中から呪符を一枚取り出す。
元居た場所まで戻り、はい、とA子の前に差し出す。だけどA子が手を伸ばすことはなく、困惑した様子で呪符と私の顔を交互に見ているだけだった。
ヨリからの視線が刺さる。
――はいはい分かってますよ。

「これ御守りみたいなものだからこれから一週間肌身離さず持ってて」
「え?」
「憑き物が、って言っても分からないと思うけど貴方には狐が憑いていて、今それを落としたのね。で、憑き物が落ちたばかりの人って色々憑きやすくなってるからこれで寄せつけないようにするの」

「分かった?」と聞けばA子は何とも言えない表情を浮かべつつコクリと頷き、呪符を受け取った。A子の表情からしても多分よくは分かってないんだろうけど、ただ持っていてくれればそれでいい。
よいしょ、と立ち上がり、四方に張ってある呪符を剥がす。
燃やすって方法もあるけど、A子の目の前でやるのはどうかと思う。
剥がした呪符を鞄の中に仕舞い、ファスナーを閉める。

「あの、私、ネットで見つけて」

唐突に話し始めたA子に「ん?」と首を傾げる。だけど彼女がこれからコックリさんの経緯を話すのだろうと察し、勿論口は挟まない。
押してダメなら引いてみろ作戦は、大成功を収めた。
どうよ、と得意げにヨリを見上げれば、ヨリはお見事です、と言うように大きく頷いてくれた。

「絶対願い事が叶うって書いてあって、それで」
「うん」
「そのサイトに書いてある手順通りにやったら、やっ、たら……」

体験したことを思い出したのか、A子は肩を震わした。
早くその先を聞きたいけど、また泣かれるのは困る。
黙ってA子が落ち着くのを待つ。

「で、も私、あんな事になるなんて思ってなくてっ」

あーそうきたか。でもそうじゃないのよね。
私は“何が起こったか”より、“何をしたか”を知りたい。
何回目かの溜息を飲み込む。

「因みにそのサイトには何が書いてあったの?」
「え、なに、って?」
「これやって、あれやって、とか指示みたいなもの」

極めて静かな口調で尋ねれば、A子はおずおず口を開いた。

「よ、夜中の一時頃に神社に行って……――」

A子の話に耳を傾ける。
神社とか油揚げとか、ちょっと在り来たり過ぎるでしょと思った。だけど髪という単語が出てきた辺りから雲行きは怪しくなり、そして。

「……それから血を墨に混ぜて……――」

――血、ね。
祠、油揚げ、髪、血の混ざった墨。
気になるキーワードを幾つか思い浮かべるもこれだけでは直接九尾には結びつかない。だからと言って全く関係ないとも言えない。
言ってしまえばA子が行ったことはそうなる為のきっかけにしか過ぎず、圧倒的に決定力が欠落していた。
A子は一体何をやったの。
――考えろ。
もっと他にある筈なのだ――決定的な何かが。

「――……それでその和紙に文字を書いて」
「……ねえ、何を書いたか覚えてる?」

まさか。A子がやったのって。

「そこは普通のコックリさんと同じだったよ、」

だけど考えていた最悪がA子の口から出てくることはなく、止めていた息を吐きだす。
――そんなわけないじゃん。
A子がそんな事知ってる訳、と胸を撫で下ろそうとした時、A子の口がまだ閉じていないことに気づいてしまった。

「ただ――鳥居の周りに良く分からない漢字を書いたけど」

ああ……。
ヨリに名前を呼ばれるも、見上げなくてもヨリが何を言いたいのか手に取るように分かる。
A子がやったのはコックリさんなんて生易しいものじゃない。

「貴方がやったのは呪術だよ」
「じゅ、じゅつ?」

A子は良く分からないというような表情を浮かべた。
だけどこれは分からなかった知らなかったで済む話じゃない。
自分がどれだけ危ない橋を渡ったのか、他人を巻き込んだのか、A子には知る義務がある。それに校内で起こったことの発端も――コックリさんで間違いない。
素人がむやみやたらに呪術などすれば、関係無いものまで呼びこんでしまうのは当たり前で、それが九尾をも呼ぶものなら校内を埋め尽くしていた死霊の数も頷ける。
ただ緑間君を襲ったのは管狐の可能性がある。でもそれだと――数が合わないんだよね。
A子に憑いていた管狐の成長具合からいっても、緑間君が遭遇したのはA子のとは別の管狐になる。そうするとA子のを含め最低二匹はいるって計算になるけど、式を放った時も昨日掃除した時もいなかった。と、すると昨日の段階では既に誰かに憑いている。それは即ち最低もう一人狐憑きがいると言う意味で。
普通の管狐なら孵化する心配は全くと言っていい程ないけど、九尾持ちの管狐だと考えると今と全く同じ状況になる可能性の方が極めて高い。
――はあ勘弁してよ。
頭を抱えたい衝動を何とか抑えながら、言葉を続ける。

「そう呪術。コックリさんではなく妖弧を呼び出す呪術、それも玄人向けのね」
「よう、え?」
「本当なら貴方みたいな普通の人間がやった所で妖弧なんて現れないけど、運が良かったのね」
「…………」
「コックリさん楽しかったでしょ? 質問も全部当たったはずだし」

「例えば太田先生とか」と表情筋を緩めながらA子を見やれば、引っ込んでいた涙が再びA子の目尻に浮かび始めた。

「それに死ななくて良かったね」
「ひっ」
「妖弧って言っても貴方が呼んだのは九尾っていう気位がめちゃくちゃ高い狐だから、少しでも粗相をしてれば今頃この世にいなかったよ」
「あ、あ」
「あと友達にも感謝した方がいいわね。貴方の友達が私の所に来なくても管狐に内臓食い荒らされて死んでたから」

悪運強いね、とA子の顔を覗き込めば、浮かんでいた涙が次から次へと頬を伝って流れ落ちていた。
今度はヨリも咎めない。
落としていた腰を持ち上げ、A子を見下ろしながら管狐の最後の言葉を思い浮かべる。
――もうすぐ婚儀が始まる、ね。
管狐は何でそんな事態々言ったのかしら。
九尾が結婚しようがしまいが、私には何の不利益も生じない。まあ私の生活圏内でおっぱじめられると煩わしいから、何処か遠くでやって欲しいとは思うけど。
どうしたもんかな、と物思いに耽っていると、くいと服をひっぱられ意識を引きもどされた。
見ればA子が膝立ちで私の腰辺りを掴んでいた。そしてわなわな身体を震わせ何か呟いている。
何を言っているのかはよく聞こえない。

「わ、た……、ど、し……よ、う」
「え、なんて?」
「な、で、今ま、ま……忘れ」

途切れ途切れでA子の言っている事が分からないけど、もしかして記憶が戻った、とか。
確か友人の一人がコックリさんをやった子で途中までの記憶しかない子がいるって言ってたし。

「……た、し、せ…いで、さ……つ、き……ちゃ」

にしても、今更泣き言言った所で既に遅いって――分かってるのかな。


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