とある少女の怪異録 | ナノ

28

「宿り主の内臓を喰い散らかした後腹を突き破って生まれるよ――おぎゃーってね」

他に聞きたいことは、と二人を見る。もうあまり時間もないし、聞きたい事があるなら早くして欲しい。
だけど質問が飛んでくる代わりに嘔吐く声と引き攣った声が聞こえた。
先生を見れば、口元を手で押さえている。是非ともこんなとこで吐かないで欲しい。
そして引き攣った声を上げたB子は自身の身体を抱きかかえ、青い顔で盛大に震えていた。
緑間君もそこまでいかないにしても、顔色は芳しくない。流石の緑間君もそこまでは想像していなかったってこと、か。
まあ当たり前だよね。こんな事平気で言える私がおかしいだけだし。
それに殆どの場合は緑間君が言ったように“ただ”憑かれるだけで、孵化などしない。私も片手で数える程度しか遭遇したこと無い、狐憑きでも稀な――最悪な状況なのだから。
だけどスプラッターを想像しているとこ申し訳ないけど、腹を突き破ってはあくまで物の例えであって、実際突き破る訳ではない。
あえて訂正はしないけど。

「そういう事だから、巻き込まれたくなかったら早く帰ってくだ、」
「――助けろよ!」
「……は?」
「そこまで分かっていながら何故お前は平然としてられるんだ! おかしいだろ!!」

失敬な。ひとを人でなし呼ばわりしないで欲しい。別に平然となんてしてな、いや平然としていることは認めるが、おかしいと罵られるほど人間の死に対して無感情ではない。例え同じ学校に通っているだけの、今日初めて存在を知った人間であろうと目の前で死なれたらそれなりに痛む心は持ち合わせているつもりだ。ただ、だからといって依頼料が支払われるかも分からないのに身を犠牲にしてまで助けるという気もさらさらないわけで、そうなると残された選択はただ一つ。
私は何も見てないし何も聞いてない、何も知らない、という全てなかったことする、だ。
――にしてもさっきまで作り話だとか信じられないとか言っていて、今の今まで嘔吐いていた人間が随分な物言いをする。都合良すぎるでしょ、先生。
ただ私も鬼ではない。何が何でも手を出さないつもりはなく、それなりの見返りがあれば――ねえ。

「それなら先生が払いますか?」
「払う? 何をだ?」
「依頼料」
「――八神お前ッ、こんな時に何を言っているのだよ! 人が死ぬのだぞ!!」
「そうよ、死ぬわ。緑間君はその死ぬような事に無償で手を貸せって言うの? キミは私が死ぬ確率は全くないとでも思ってるのかしら」
「ちがッ、だがお前は、」
「だから依頼料っていってるの。こっちだって命かけてやるんだから、それに見合ったものは貰わないと割に合わないわ」

「生憎慈善事業じゃないんでね」と鼻を鳴らせば、緑間君は既に歪んでいた表情を更に歪ませ、心底失望しましたと言いたげな表情を作った。
緑間君の中での私がどういう人間か知らないけど、現実世界の八神凛はどうあっても金でしか動かない、金だけが私を動かせるのだ。
あながち人でなしって言葉も間違ってはいない気がする、が私がこの世界で生きてく以上、面倒な式を保有している以上これはどうにもならないことで、金の問題イコール死活問題に直結すると言っても過言ではない。
――まあ中には兄のようにその時の感情で動く、心優しーい人間もいるけどね。はは。
傍らに立つヨリが何か言いたげに私を見下ろしていることに気づいたが、いつもの様に知らないふりをする。

「……分かった。オレが払おう」
「先生?!」
「そうですか。分かりまし、たッ」
「八神、貴様――っ」

唐突に緑間君に胸倉を掴まれ、舌を噛みそうになった。そして大分ある身長差の所為でつま先立ちになる。
美人が怒ると怖いとは聞いたことあるけど、至近距離で見ると本当に怖いんだとしみじみ感じた。二重の意味で。
視界の端に映るヨリも緑間君に負けず劣らず凄い顔をしている。
ヨリも緑間君も――面倒臭い性格をしているね、ホント。
吐きだすつもりのなかった溜息が無意識の内に出ていた。それが緑間君の神経を更に逆なでしたのは確かで、視覚で怒りが見えるとしたら今の緑間君からは黙々と煙が立ち上っていることだろう。
それはヨリにも言えることだけど。
緑間君は感情の赴くままに罵声罵倒を私に浴びせたいんだろうけど、あまりの怒りで何から言えばいいのか、言いたいことの整理がつかないのか口を開けては閉じるを数回繰り返していた。
その様子を黙って眺めていると、それも癇に障ったのか襟元を握る緑間君の手に力が籠った。
ぎりぎり首が絞まり、「あ、これ駄目なやつだ」と緑間君の手を振り払おうと手を伸ばす。

「緑間、その手を放せ。教師が生徒を助けるのは当たり前の事だ」

その時視界の端から伸びてきた手が緑間君の手に被さり、絞める力が若干緩んだ。
納得いかないとばかりに先生を見る緑間君に、先生は大丈夫と言いたげに頷いた。
――何この茶番。
付き合ってられない。既にただ添えているだけとなっていた緑間君の手を今度こそ振り払う。
見れば襟元はヨレにヨレている。あーあ、と思いつつも狐にスッパリやられ、どの道処分するしかないのだと思い出した。
新しい制服って経費で落ちるかな、と考えていると視線が突き刺さり、顔を上げれば変わらず緑間君の私を見る目は怒りに燃えている。
そこまで苛立ちを露わにするんだったら、先生の代わりに緑間君が払えばいいと思うんだよね。そうすれば緑間君の怒りも甘んじて受ける。
幾ら口であーだこーだ言った所で、何の行動も起さなければ所詮それは偽善だと思う。それに口だけなら子供だって言えることだし。
私、お人好しは好きではないけど、嫌いじゃない。
綺麗事だけ並べる人間には――虫唾が走る。

「八神、本当に助かるんだ、な?」
「……絶対と断言はできませんが、請け負ったからには中途半端な仕事をするつもりはないです」

心配そうに狐憑きに視線を送り、疑問符の後で私に視線を戻した先生に「任せてください」と表情を引き締める。
そうと決まれば鞄がない事には始められない。時間はまだ大丈夫だとは思うけど、早いとこ取りかからないと金縛りが解けた後では厄介過ぎる。
――ただそろそろ目は覚めている頃だろうね。
チラと狐憑きに視線を投げ、鞄を取ってくると伝え、背を向ける。
こんな事になるんだったら、きちんと施せば良かったと後悔する。これは日頃から万全を尽くせという御達しか何かかしら。
それに何となく手持ちが少ないような気さえする。
確認しないと分からないけど――最近補充してないからな。

「――おい八神」
「……はい?」
「今更かもしれないが、これから何をやるんだ? お前は一体何者だ、八神――?」

悶々と鞄の中身がどうだったかを考えていると不意に名前を呼ばれ、本当に今更な質問が飛んできた。
既に廊下に半分ほど出ていた身体を教室に向ける。

「先生、第二図書室の噂知ってますか?」
「第二図書室……、って春頃噂になった拝み屋がどうとかの、あれか?」
「はい」
「おいおい、あれはただの噂だろ。拝み屋なんてもん実際に、」
「私がそうですって言ったら――信じますか?」

先生の返事は聞かず、そのまま教室に背を向ける。
先生が信じようが信じまいが私にとっては取るに足りないことで、その答え次第で仕事に対する意識が変わる事もない。
気持ち足早に廊下を進み、階段を登り、鞄が置いてある図書室を目指す。
テーブルの上に放置していた鞄を掴み、足早に来た道を戻る。足元に注意を払いつつ中身を確認すれば案の定少なかった。式札どころか結界用の呪符が四枚と護身用の呪符一枚しか入っていなかった。これでは四方にペタペタ貼って、はい終わり、だ。
準備の無さが悔やまれるけど、必要最低限の呪符が入っていただけでも運が良かったと思うべきかな。
家に取りに帰る時間は勿論ないし、これでやるしかない、か。

『凛様、如何いたしましょう』
「そうだね……。狐に関したらナカムラさんが一番だけど、今は無理だしな。私が祓うしかないか」
『…………』
「でもねえ、狐憑きって凶暴だし、慎重にやらないと」

既に怪我してますがそれは、みたいな視線を送ってくるヨリを一瞥する。
血は出たけど、甘皮持ってかれただけだからね。それに今は止ってるし。
ところでアンタは何でそんなやる気満々な表情を浮かべているのかな。

『では僭越ながら私が、』
「え?」
『……出過ぎた真似だと思っておりますが私が』
「は?」
『精一杯声援を送らさせてただきます』
「いや黙って見てて」

煩いと気が散るし、と続ければヨリは急に顔を押さえたかと思えばその場に崩れ落ちた。
――そういえば。
一番重要な事を思い出した。
鞄を再度開け確認すれば、運良く誓約書も一枚入っていた。
うーんどうしようか。本当は、前払いに加えてサインも欲しい所だけど残り時間を考えると、そんな事やってる余裕はない。
致し方ない――今回は目を瞑ろう。
そのままヨリを残し、中に入る。


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