とある少女の怪異録 | ナノ

25

先週から何だかんだ依頼が立て続けに舞い込み、その上二日で終わる筈の仕事を倍にしてくれたあのジジイのお陰で本すら開く時間がなかった。図書室でゆっくり本を読むのは実に一週間以上ぶりだ。
誰もいない図書室で一人暇な時間を噛みしめる。
――ただ本当なら昨日の内に噛みしめている筈だったけど。
帰ってきて早々通っている学校を掃除することになるとは想定外もいい所。
何がどうなってそうなってしまったのかは分からずじまいで、理事長も詳しいことは知らないらしい。それに――結局獣もいなかったしな。
まさかなあ、とは思いつつも念には念を押して鬼門へ流れる死霊を見張っていたけど一体も居らず。兄にもヨリにも尋ねるも答えは同じだった。
図書室の机の上に散乱していた紙にも目を通したけど、それらしい現象のものは無かった。

「ただの思い過ごし、か」

う――ん、と伸びをする。
まあ依頼通り掃除したわけだし、それ以上突っ込んで何かやるつもりはない。流石自分とほめたくなる位今の校内は綺麗になった。
気にならないと言えば嘘になるけど、そんなお金にもならないこと考えるだけ時間の無駄だしね。
一つ息を吐き、頭の中から雑念を追い出し、本を開く。
――さて、真犯人が誰か拝ませてもらいましょうか。まあ大体の見当はついてるけど。
そう、読み進めた所までページを捲る間もなく図書室のドアが開いた音がした。
ねえ。何これ。私にこの本読むなって遠まわしに伝えてるのかしら。
いやでも、ただ図書室を利用しに来た可能性もあるし早とちりすぎかな、と思いたかったけど段々と足音がこっちに近づいてることに気づいてしまった。そして数メートル先でピタッと止ったその音に舌打ちしたくなった。
相手は喋らない。だけど視線だけはビシビシ身体に刺さる。身体に穴が開きそうだよ。
こんなシチュエーション前もあったような気がしたけど、いつだったかまでは記憶にない。
何か御用ですか、と顔を上げれば、そこにいたのはここ数カ月なにかと顔を合わせる機会が増えた緑間君だった。
――なんだ緑間君か。
本に視線を落とす。

「何なのだよその、何だ緑間君か、みたいな態度は」
「だってそうだもん」
「気色悪い言い方をするな」
「はいはい。で何か用?」
「ハイは一回だと何度言えば分かるのだよ」
「で――何か用?」

文字を目で追いながら何しに来たかを尋ねる。
こっちは一週間以上ぶりの読書タイムを満喫しようとしているのになんて間が悪い。
というか今まで緑間君が間が良かった時など一度もなかったと気づいた。
流石空気クラッシャー緑間。
すると頭上で溜息が聞こえた。は、と思わず顔を上げれば、緑間君は何故かやれやれと言わんばかり頭を緩く左右に振っている。
あれ。何かこれおかしくない。何故私がそんな反応されないといけないのでしょう。
むしろ溜息を吐きたいのは私の方ですけど、と喉の先まで出てきた所で緑間君の口が開いた。

「用がなければ練習前に来たりなどしない」
「練習……、――練習? 何の?」
「だからバスケ部だと何度も教えたがッ」

あ、そう、と相槌を打ち、抜いたばかりの栞をページにさし直す。
本当なら緑間君の存在など無視し読書に勤しみたいところだけど、緑間君の様子からしてそうさせてくれないと伝わってくる。それにはっきり用があると言われた以上、蔑ろにも出来ない。そもそも会話と読書、同時進行できるほど器用でもないし。しょうがない。
本を机の端に置く。

「で、用は? というかそれって人のクラスまで来た事と関係あるの?」
「勿論だ――ここ数日校内で起こっていた現象の事なのだよ」

緑間君がここに来た時点でそうかな、そうだろうなとは思ったけど、それを私から聞くのは癪だった。

「それにお前だろう、解決したのは」
「まあそうね、仕事だし」
「一体原因は何なのだよ」
「さあ」
「……は?」
「だから、さあ分からない。むしろこっちが知りたいのよね――どうやってあそこまで集めたのか」

緑間君から何かを探るような、疑っているような視線が飛んでくる。
だけどそんな眼で見られてもホント知らないし。

「……本当に分からないのか?」
「うん」

というか何でそこまで知りたいんだろう。
緑間君にじっと見下ろされ、無言で見上げる。数秒程そうしていると、緑間君は「そうか」と目を伏せた。
すると緑間君はポケットに手を突っ込んだかと思えば、抜き出した左手に何か握っていた。
何だろう、と首を傾げているとそれを私の前に突き出した。

「これに見覚えは?」
「え……ん?」

突き出されたそれをじっくり見ると、それが秀徳高校の生徒手帳だということが分かった。
生徒手帳と言えば昨日兄が失くしたと騒いでいたけど。
まさか、ね……。

「マナー違反だと思ったが中を確認させてもらった――八神仁という人物に心当たりは?」
「緑間君、それ、分かってて聞いてる?」
「分からないから聞いているのだよ」
「兄です。どうも有難う御座いました」

深々頭を下げ、手帳を受け取る。
というか何で私が兄の手帳の為に頭を下げるんだとやり終わった後で気付いた。
念の為中を確認すれば、兄の物で間違いない。

「何処でこれを?」
「昨日部活帰りにだ。出会い頭にお前の兄とぶつかってしまったのだよ」
「あーそれは災難だったね」

――これを出しに兄さんに何かやってもらおう。
パラパラ生徒手帳の中身に目を通しながら細く微笑んでいると、頭上でゴニョゴニョ何か聞こえる。

「……お前の兄も……なのか?」
「え? 何?」

よく聞こえなかったと聞き返せば、緑間君はどこか言いづらそうに口を開いた。

「その、八神の兄も陰陽師、なの……か?」
「そうだよ。って言っても開店休業中みたいなものだけどね」
「それはどういう意味なのだよ」
「部活が忙しいみたいでそこまで手が回らないというか、回さないというか」

まあ元々兄さんにまわってくる依頼自体多くはないんだけど。
あれ。何だろうこの不公平な感じ。

「というか緑間君いいの?」
「何がだ?」
「部活行かなくて」

瞬間緑間君は眼鏡の奥にある目を大きく開き、無駄な動作もなく鞄から携帯を取り出した。

「オレとした事がこんな所で油を売っている場合ではないのだよ」
「売りに来たのは緑間君自身だけどね」
「黙れ。それでは邪魔したな」
「――そういえば緑間君も遭遇したの?」

既に背を向けていた緑間君に言葉を投げる。
多分遭遇してない人間の方が少ないに決まっているし、緑間君のようにそれなりの人間なら遭遇してない筈が、いや、緑間君にはラッキーアイテムという絶対防御が存在していたなと緑間君が抱えている蜂蜜大好きな熊のぬいぐるみを見て思い出した。
それならば知らず内回避していた可能性もなくはない。

「勿論だ。危うく襲われそうになったのだよ」
「おそ……?」
「得体のしれない動物紛いに美味そうだとか言われ襲われそうになったが、直前で急に方向転換し何処かに消え、」

緑間君の科白がマナー違反も甚だしい、けたたましい音に遮られた。ガンッと何かが強く接触した音が聞こえたかと思えば、ドタドタと室内を走り出した。

「――お願いッ助けて!!」

何事だと目を丸くしている緑間君と目を見合わせていると、息も絶え絶えの女子生徒が駆けこんできた。
頻りに助けてと繰り返す彼女に目を瞬かせる。

「助けて! A子が死んじゃう!! 第二図書室の拝み屋って貴方の事でしょ!」
「は、まあ……いや、というか取りあえず落ち着いて。それに此処図書室だから静かに、」
「落ち着いてなんていられるわけじゃん! A子がッ、A子が……兎に角一緒に来て!!」

そういうと女子生徒は手を伸ばし、私の腕を鷲掴かんだ。ほんの一秒ほどの出来事だった。
勿論至極一般的な動体視力しか持ち合わせていない私には避けられる訳もなくそのまま腕を引っ張られ、席からお尻が離れる。

「は、えッ、――ちょ!!」
「早く、早く」

私の返事など始めから聞くつもりがないのか、それか聞こえないのか、そのまま強引に歩かされる。振り払おうにも何処からこんな力が湧いているのかと思うほどビクともしない。
意味なくブンブンするより誰かに助けを求めた方が良いと、緑間君に助けを求めるよう首を後ろに捻るも緑間君はただ呆けて突っ立っているだけだった。
もうッ、なんなのキミは!

「おいッ待て!」

数秒して我に返ったらしい緑間君の科白が耳に届く。
私達は既に図書室の外に出かかっていた。
女子生徒は我を忘れたかのように一心不乱に廊下を走る走る。
止ってと呼びかけた所で彼女の耳に私の声が届かないのは重々承知しているけど、今の状況は非常にまずい。
――足が縺れ、そう。
そしてそのまま顔面スライディングして傷だらけになる、まで想像した。
それはかなり嫌だ。


back
×
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -