とある少女の怪異録 | ナノ

02

昼食後の程良く満たされたお腹を撫でる。
他の日ならば学食で友人達と別れ図書室に向かうところだけど、昼食後直ぐに音楽の授業があるこの日だけは真っ直ぐ教室に戻る。
幾ら話しても話の花が枯れることはなく、教室へ戻る道中も友人達の口はそれはもう滑らかだった。
良く分からないアイドルの話に「うんうんそうだね」といつものように適当な返事をしながら廊下を歩いていると、不意にぞわっと不快感が背筋を這い、次いで張っているアンテナにも何かが触れた。
友人に相槌を打ちつつ、目的なく彷徨っていた視線を廊下の先に向ける。そしてある一点が視界に映り、思わず「は?何あれ」と呟いていた。
前から歩いてくる男子生徒の脇からイルカのぬいぐるみがこんにちはをしている。
うん。何かなあれ。趣味?
人の趣味をとやかく言う権利は誰にも無いけど、あそこまで大っぴらにしているのはどうかと思う。
――それにしても。
何故周りの人達は普通にしているのだろうか。普通男子生徒があんなもの持っていれば好奇の目に晒されてもおかしくないと思うけど。
もしかして自分だけがあのイルカが視えてることなんて、ないよね。まさか感じている不快感の正体はアレ、なのかしら。
まさかね、と半信半疑にチラと友人を横目に見れば、いつから見ていたのか此方に顔を向けていた彼女と目があった。

「ちょっと凛、聞いてんの?」

全く聞いてなかった。さてどうしよう。

「うはッ、緑間君は今日も相変わらずの変人っぷりを発揮してるわ」

如何返そうかと言い訳を考えるも、それより先に彼女の意識が別の所に向いた。
彼女の視線の先には多分、例のイルカのぬいぐるみを抱える男子生徒がいる。

「はは、しかも今日のラッキーアイテムはイルカのぬいぐるみなのね」

友人の口から出た予想外の言葉に頭の上に疑問符が浮ぶ。
あの男子生徒はあれで平常運転ということなの、かな。
わけが分からないという顔をしていると、友人にアンタマジ?というような顔をされた。納得できない。
そしていつの間にかこちらの話題に乗っかっていた他の友人達と共に男子生徒――緑間君と言うらしい、の情報を事細かに説明し始めた。どうやら緑間君は個人情報保護法に守られてないようだ。
こうしている間にも緑間君との距離は徐々に近づいている。
「バスケ部」
「キセキの世代」
「おは朝信者」
四方八方から同じような単語が飛んできた。
キセキの世代とはなんだろうか。疑問を投げようと思ったがおは朝信者と言う言葉に全てを持っていかれた。
――おは朝、ね。それに信者って。
毎朝満足げに番組を見ている父に熱狂的なファンがいることを教えてあげたい。
だけどあの占い、ラッキーアイテムが鬼畜過ぎるのが玉に瑕というか。もっと他にあるんじゃないの、と以前指摘したことがあるが、父はまあまあと曖昧な返事をしただけで、しかも何を思ったのか真顔でヌーブラを差し出してきた。いや恐らくその日の私のラッキーアイテムがヌーブラだったのだろうけど、そうじゃないわ、お父さん。勿論そのヌーブラは丁重に断り、そのまま話は流れてしまったが、というか父は一体どこで入手したのだろうか。
今更になってそんな疑問を持つ私を他所に友人達は喋る喋る。今では緑間君の話題は元より他の生徒――彼女達の口ぶりから他のキセキの世代の人間、のことまで話は飛躍し、きゃっきゃと大いに盛り上がっていた。
友人の口から赤司様と出た瞬間は「え、様?何で様付け?」とツッコミを入れそうになったが、横目に映った光景に口を噤む。
進行方向に視線を向ければ緑間君との距離はもう何メートルもない。緑間君の手足が靄がかかったようにぼやけて視える。
友人達の話し声が遠くに聞こえる。
そして、緑間君との距離はゼロメートルになり、ぼやけていた原因が分かり目を細める。
――マーキング、ね。
緑間君の四肢に小さい、子供のものと思われる手足がまるで頂戴と言わんばかりに絡みついていた。視ていて気持ちの良い光景ではないのは確かで、それは憑かれている本人が一番よく分かっているだろうけど。
擦れ違いざまにチラと仰ぎ見た緑間君の顔は青白く、血の気の無い色をしていた。

『――如何なさるおつもりですか』

いつものように、呼んでいないにも拘らず姿を現わしたヨリが傍らにいた。

「……さあね」

声に出すつもりのなかった返事が宙を舞い、一瞬の瞬きの間にヨリの姿は視界の端から消えていた。

「それでね凛、赤司様は、って何か言った?」
「ううん。ていうかその赤司様って何者なのよ」

笑いながら友人に聞けば再びアンタなに言ってんの、みたいな顔をされた。


ヨリがどんな顔をしていたかなど見なくても手に取るように分かる。
だけど悪いけど――私は兄さんみたいにお人好しじゃないからね。


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