とある少女の怪異録 | ナノ

24

「青峰君大丈夫ですか?」
「……おう」
「あれしきの事で大声を上げるなど情けないぞ青峰」
「あれくらッ?! ちょっ、赤司は直接見たわけじゃねーからそんな事言えんだよ!! あれ見りゃ、誰だって叫ぶっつーの!」
「だ、そうだが紫原」
「うん、あれは不意をつかれたしー。オレも少しびっくりしたあ」

練習後、先に部室へ戻った青峰と紫原が女に遭遇したらしい。尋ねるまでもなくその女は半透明の部類だ。
悲鳴を聞きつけ他のメンバーと共に遅れて部室に入れば、平然と菓子を頬張っている紫原と部屋の隅でデカい図体を縮こまらせる青峰の姿があった。
何を見たのか知らないが――知りたくもないが、そうなった気持ちも分からなくはない。
頭を抱え、あーもーと呻き声を上げる青峰に同情の眼差し向ける。そして先に戻らなかった己を、いやおは朝を心の底から褒め称える。
流石はおは朝――間違いはないのだよ。
そして人事は尽くすに限る。

「もうマジ学校行きたくねえよぉ。ンとに何とかしてくれよー」
「まあまあ。今日は特別にマジバのバニラシェイク御馳走しますから気を落とさないでください」
「テツが飲みてーだけだろ。つかシェイクなんて寒いよ」
「蝶々はどうするんです? あんなに張り切ってたじゃないですか」
「……蝶々?」

今の話の流れで何故蝶々が出てくるんだと無意識に言葉が出ていた。
黒子を見れば、視線が返ってくる。

「そうなんです。青峰君が裏庭で蝶の大群を見たって」
「こんな時期に、か?」
「はい。それはもうキラキラした目で語ってましたよ。それでもって明日探しに行くそうです」

今の時期に蝶? そんな馬鹿な。冬に蝶が飛んでいるなんてある筈がない。
大方別の昆虫と見間違えたかしたんだろう、とは言わないでおこう。流石に感傷に浸っている人間に向かって正論とは言え毒を吐く気にはなれない。オレだってそのくらい空気は読める。
青峰の背中を叩く黒子を眺めていると、隣を歩いている赤司が顎に手を添え何か考える素振りをしている事に気づいた。

「赤司どうした」
「いや……、青峰ではないがオレも蝶らしき昆虫を見たんだが」

お前もか、と呆れた視線を赤司にも送る。

「冬に蝶などいるわけがない。見間違えたに決まっているのだよ」
「そう、だろう……か」
「なんだ、その煮え切らない返事は」
「ああ……」

赤司らしくもない、何かを言いあぐねているかのような態度を前に面食らう。だが赤司がそこまで言いづらい事とはなんだろうかと興味を引きたてられる。
そして意を決したように続けられた科白に今度こそ驚きを隠せなくなった。

「……は?」
「そんな眼でオレを見るな。自分でも馬鹿げた事を言っているのは分かっている」
「赤司、オレは眼科への受診を」
「オレの視力を嘗めるな緑間」
「…………」
「オレは確かに見た――女子生徒が投げ捨てた紙状の何かが黒い蝶へ変化するのをな」

赤司が嘘を言っているとは思わないが、紙が蝶に変わるなどと聞いて、はいそうですかと簡単に受け止められるわけがない。
だが、ただのゴミを見たのではと指摘できる空気でもな……ん?

「今誰が投げたと言った?」
「女子生徒だ。はっきり見たわけではないがアレは――女子だった」

瞬間俺の脳裏に八神の顔が浮かんだ。
いやいや幾ら何でも八神がそんなマジック紛いな事出来る筈が……。いや、何の変哲もない紙をヤマダさんに変えられるならば、紙を蝶に変えるなど八神にとっては造作もない気がする。
それに以前和紙を使って使役するとか何とか言っていた。
――だが八神は風邪で学校には来ていない筈なのだよ。
奴のクラスを訪ねたのは一回きりだが、図書室には毎日顔を出した。勿論今日も行ってはみたものの八神は居らず。もしかしたらただの行き違いなのかと思ったこともあったが、机上の紙が日に日にその数を増やしており八神は学校には来ていないのだと確信した。不躾だと重々承知の上、何が書かれているのか読んでみれば案の定校内で起こっている事への依頼願いだった。
八神もこんな時に風邪を引くなど間が悪いにもほどがある。

「ッ!!」
「ぅおっとッ!!」

物陰から出てきた通行人に気づかず、出会い頭にぶつかってしまった。
それなりの衝撃だったが、それを全て鞄が吸収してくれたお陰で身体に直接の痛みはない。
大丈夫かと心配する赤司に問題無いと首を振り、ぶつかった相手を見やれば相手も地に足がしっかりついている。

「悪ぃな大丈夫か!」
「いえ鞄が当たっただけですから。それよりこちらこそすみません」
「んじゃお互い様だな!」

暗がりでも分かるほどの笑顔でそう言った学ラン姿のその人は、ホント悪かったなと再度頭を下げ、オレ達が進んできた道を走って行った。
その背中はもう見えない。
行こうとの赤司の声に促されるまま足を進めれば、爪先に何かが接触した気がした。

「……手帳――?」

目を凝らす先の地面の上には黒い手帳の様なものが落ちていた。
手を伸ばし拾い上げ、何だとひっくり返せばそれは手帳は手帳でも。

「生徒手帳、か」

学校の紋章と思わしきマークの下に金字で秀徳高等学校とあった。

「さっきの人のではないか? 確か秀徳の制服は学ランだったと記憶してるが」

オレの手元に視線を落とし、そう指摘した赤司にそうかと相槌を打つ。確かに生徒手帳などそうほいほい落ちている代物ではない。
――さて、どうすべきか。
走り去った相手を追った所で捉まる訳がないし、ここに置いて行くのも防犯上よくない。ならば残された選択肢は一つだけ。
最寄りの交番にでも届けておけば、落とした本人が取りにくるかもしれないし、例え来なくとも警察で学校に届けるだろう。

「交番に届けるのだよ」
「ああそうだな」

それがいい、と赤司も賛同した。帰る道すがらに交番があるし、丁度いい。
失くさないよう鞄に仕舞おうとした所、手元が狂い手帳を落としてしまった。
――オレとした事が何をやっているのだよ。
呆れながら開かれた状態のそれに手を伸ばす、が不可抗力で視界に飛び込んできた文字を見て手を伸ばしたまま身体が固まる。
そこにはさっきぶつかった男が無表情で映っている写真が添付され、そしてその下の氏名欄に目が釘付けになる。
――八神だ、と。まさかさっきの男、八神の血縁、か。いやしかし、名字が同じというだけでそう考えるのは安易すぎる。その考えではそこら辺血縁者ばかりになってしまう。だから偶々同じ名字なだけだと考えるのが普通だ。
そう分かってはいるが、食い入るように写真を見る。何処となく八神と似ている気もしなくはないがそれは根本で、もしかしたら八神の血縁なのではと思ってしまっているからだろうか。う――ん。

「おい緑間」
「今――行く」

生徒手帳を鞄に仕舞い、赤司達の後を追う。
交番に届ける前に八神に尋ねてみても罰は当たらないだろう。明日来ていればの話だが。


誰かの悲鳴も絶叫も聞こえない廊下を大股で歩く。

また陰気な一日が始まったと、己の中ではもはや恐怖より疲れが増してきた次第だ。オレも図太くなった。
最低に顔色が悪い青峰は恐怖という感情に支配されたままだが。
顔色と言えば、部室まで青峰を引っ張ってきた桃井も優れない色をしていた。こんな毎日恐怖に支配されている所為だということは聞くまでもない、が。
各々が沈んだ気持ちで着替えをしながらいつアレが来るかと身構えていたが幸いにも何もないまま朝練が始まり、そして着替えに戻った時でさえ出ることはなかった。
おや?と思いつつ、いつ何があってもいいように身がまえたまま其々の教室へと分かれた。
青峰は黒子の背中にへばりつき、黒子に教室への送迎を頼んでいた。その様子がいつぞやの自分と重なり、何か言うのも憚れた。
そうして嫌な緊張感に支配される教室でホームルーム、一限目と続いたが一限目が終わっても何かが起こることはなかった。あれ?と感じつつも、イヤ……でも、と素直に喜べないクラスメイトと共に二限目を迎え。んん?と首を捻ったまま三限目へ突入。もしかして……と微かに見えた希望を抱いたまま四限目を受け、そして戻って来た日常にクラスメイト共々歓喜した。

――こんな事ができるのは八神しか居ないのだよ。
階段を上る。
昨日の段階ではまだいた。ならばやったのは放課後以降。完全下校時間が早まったのも、今ならその為だったのだと頷ける。
まさか赤司が見たと言う女子生徒も、昨日遭遇した男も八神と何らかの関係があるのだろうか。
ポケットに入れてある生徒手帳を思い浮かべながらドアの窪みに指を引っ掛け、スライドさせる。


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