とある少女の怪異録 | ナノ

23

突然後方にある窓が音を立てて開いた。勿論誰かが開けたとかではない。
クラス中の目が開いた窓へと集中していると、今度は開いた窓の反対側にあるドアが開いた、かと思えば前の窓が開き、続いてドアが開いた。
ビクビク怯えるクラスメイトと何でもないように努めるも声が震えている担任には悪いけど、これは怖いと言うよりとても迷惑。
確か今日の一限目は移動教室だったな、とバタンバタン開閉を繰り返すドアを凝視する。
ホームルームを終え、移動教室先に向かう途中で教室に忘れ物をしたと友人達に伝え、元来た道を戻る。
ポケットから式札を取り出し、教室に入る。前後の扉を閉めることも忘れない。

「ヤマダさん、一人残らず食べて。ヨリ、人が来ないか見張ってて」

壁の向こうに姿を消したヨリと逃げ惑う死霊を片っ端から喰らうヤマダさんを横目に、自分の机に歩を進め鞄から必要な道具一式を取り出す。
明日になれば平穏が戻ってくると分かっているけど、ホームルームで起こったような事を毎時間体感するなんて鬱陶しくてしょうがない。
今日一日入って来なければ良いだけだから、そこまで難しい呪符はいらないか。少し考え、和紙の上に筆ペンを走らせる。
そうしている間にヤマダさんは教室にいた全ての死霊を喰いつくしてくれた。
仕事が早くて助かる。片がついたらフルーリーを御馳走しよう。
お礼を言って印を解き、ちらと廊下の方に視線をやるもヨリが入ってくる気配はない。
ふーと深く息を吐き、机の上に置いた呪符に指を置く。

「ナウマクサンマンダセンダマカロシャダソワ――……」

最後まで唱え終えれば、淀んでいた空気が一掃される。
穴がないか見回し、不備がない事を確認し呪符を机の裏に張り付け、道具を鞄に詰め込み、教室を後にする。
チャイムが鳴ると同時に移動教室先に到着し、滑り込みセーフ。ギリじゃんとの友人の指摘には適当に笑って返す。
例にもれずこの教室にもいたけど、何をするでもなくただ浮遊しているだけの人畜無害。そういう死霊もいるんだと感心した。
今日の移動教室は一限目だけで、二限目からの授業は全て障壁術が上手く作用している静かな教室で受ける。
――といっても授業らしい授業じゃないけど。半数以上の生徒が欠席している状況でまともに授業が出来るわけはない、か。
ホームルーム以降怪現象がピタリと止んだ事を不思議がるクラスメイトを横目に、復習プリントを配られての自習、という名目のおしゃべりタイムを満喫する。
そうして昼食の時間になり、普段ならある程度待たないと買えないランチもすぐ買えた事でこの状況も悪くないと不謹慎だけど思ってしまった。イカンイカン。
色々騒がしい中で昼食を食べ終え、教室に戻る。教室の人口密度が些か濃い気がするけど、気のせいかしら。いや気のせいじゃないよね。きっと誰かがこの教室は出ないとか何とか吹聴したんだろう。
席に腰を落ち着け、話の続きをする友人達に先生に提出するものがあると鞄から取り出したノートを見せ、教室を後にする。
友人達に宣言した通り休んでいた間の課題を渡す為職員室に立ち寄り、意味あり気な視線をよこす先生をシラーと交わし、人気のない校舎裏に回る。
指を組めば四方八方から放った式が続々と戻ってきた。

「おかえり」

出迎えもそこそこに集めてもらった情報を受け取る。

「あーこれ私一人で掃除するのは無理だ」

数が膨大すぎて一晩で終わる気がしない。隅々まで死霊が蔓延っているんだと確かな証拠をつきつけられ、気が遠くなる。
でも気になっていた獣は何処にもいないようで、いや狐どころか動物霊自体全くいない。
己の能力を過大評価している言われるかもしれないが私の式が見落とすとは思えないし、やっぱりただの勘違い、か。そもそも死霊と狐は結びつかない、いや結びつかなくもないけど、それはとんでもなく馬鹿馬鹿しい仮説の上に成り立つことで、普通に考えてありえない。ありえるけどありえない。考え過ぎもいいとこでしょ私、ナイナイと頭を左右に振る。
まあそれよりもこの量の死霊をどうするかを考えないと、と思いつつも所詮選択肢は一つだけしかない。一体一体潰すより、纏めて消す。その為には――兄さんにも手伝ってもらわないと。
式を二つだけ手元に残し、残りは印を解く。

「父さんに全部伝えて。学校が終わったら一旦家に帰るから、詳しい話はその時にとも伝えてね」
『御意』
「よろしくね」

飛び立った式を見届け、もう一方の式に視線を向ける。

「兄さんに帝光の依頼手伝えって伝えて。詳細が決まり次第また式を飛ばすからって――」
『凛様ッ』

ヨリの呼びかけにハッと顔を上げる。こんな校舎裏、誰も来ないと思い気を抜きすぎた。
色黒の男子生徒がこっちに向かって走ってきていた。
ひらひら舞う式に「行け」と小声で指示を出した直後、走っていた男子が「あ――!!」と絶叫した。

「クソッ、もう少しだったのによ!」

空高く飛んでいく式を目で追っていると、視界の端で色黒男子が「ちくしょー」と地団駄を踏んだ。
何なんだ、と目を丸くしているとズンズン色黒男子が近づいてきた。
近くで見ると大分背が高く、中学生の平均身長など優に超えていそう。緑間君にしろ、目の前の色黒君にしろ、何食べたらそんな大きくなるんだろう。

「アンタ何で捕まえててくれなかったんだよ!」
「は?」
「窓からすげー数の蝶が見えたから急いで降りて来たら一匹しか居ねえし、それにも逃げられるし、くそッ」
「え、ごめん?」

って何で謝った私。私が謝る必要なんてどこにもないじゃん。
しかもヨリは変なスイッチ入っちゃったし。怖いよ。
さっさと教室戻ろう。
色黒君の横を通ると同時に腕を掴まれ、先に進めなくなった。

「なああれアンタの蝶だったのか?」
「違うけど……、ていうか腕を」
「つーことは野生のだよな。なあ知ってるか? 今の時期に蝶がいるなんて珍しいなんてもんじゃねーんだよ!」
「あの」
「あーマジでもう少しだったのによ!」
「あの!」
「ンだよ!」

背が高い上に黒いから、見下ろされると何とも言えない威圧感があり若干ビビってしまった。
それでも色黒君の耳にやっと言葉が届いてくれたようで助かる。
何だと目で訴えてくる色黒君に手を放してと伝えれば、素直に放してくれた。
すると色黒君は徐に首を傾げ、つられて私も同じ方向に頭が傾く。

「ところでアンタ誰だ――?」

複数の疑問符が色黒君の頭上に浮かんでいるのが見えた。
その疑問そっくりそのまま投げ返したいのを我慢し、御気になさらず、とさっさとフェードアウトする。
教室に戻れば遅かったじゃんと友人達に出迎えられ、その直後に予鈴が鳴った。
午前中同様午後も滞りなく自習を受けられた。
帰りのホームルームが終わってすぐに友人達に別れを告げ、泣く泣く教室を後にする。
ああ図書室が恋しい。


人っ子一人いない校門前でもう一度これからの流れを確認しつつ、周りに目を向ける。
こちらの指示通り早めに人払いをしてくれたようで、校門から見える範囲で人の姿はない。まあそんな伝達が無くとも、まともに部活動をしている所なんてないとは思うけど。
――にしても遅いな。
携帯に表示される時間は既に七時を過ぎている。
七時って言ったのに。

「もう、」
「悪ぃ――」

文句を垂れようとした時兄の声が聞こえた。
目を凝らせば、暗闇の向こうに薄ら人影がみえる。

「遅いよ」
「仕方ねえだろ。これでも急いできたんだよ」
「でも七時って言った」
「てかマネージャーが他の奴より先に帰るとかあり得ないだろ普通」
「依頼なんだから仕方ないじゃない」
「だけどよ」

長くなりそうな兄の科白に背を向け、校門を抜ける。
父から指示が入ってる筈だから早速作業に取り掛かってもらう。
背後から聞こえる足音に振り返り、用意した呪符を兄に差し出す。

「兄さんは時計回りで、私は反時計回りで行くから」
「おうよ」
「ここから回れば丁度鬼門がある所で落ち合うはずだから」
「おう」
「……隙間作んないで丁寧にやってよ」
「わーってるよ」

引っ手繰るように呪符を受け取り、兄は闇に溶け込んでいった。
まあ結界張りは私より上手だから問題ないとは思うけど……。
今更心配してもしょうがない。
そんなことより私も張らないと。グズグズしてたら睡眠時間が減る。


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