とある少女の怪異録 | ナノ

22

校門を通り過ぎる。
張り巡らせているアンテナには変な、というか妖しい何かは引っかからない。体調は万全とは言えないからただ私の感度が鈍いだけかな、とチラとヨリを見上げるも、ヨリは目を伏せ首を左右に振るだけ。うーん。
――敷地全てに問題があるわけじゃないのね。ということは。
問題の根源はやっぱり上物ってことだよね、と白い校舎に視線を向ける。
それにしても周りに居る生徒達の顔色が悪いこと悪いこと。体調が悪いからと言うより、霊障を受けている人のそれだ。誰も彼も精気が極端に薄い。それにいつもならワイワイガヤガヤ煩いくらいなのだが、歩いている生徒は疎らで、声一つ聞こえない。皆もくもく歩いている。
本当は半信半疑だった。
父の話を聞いた直後は嫌な予感がしてしょうがなかったが、朝目が覚めた後のすっきりした頭で再度考えてみるとどうにも現実味を感じられなかった。いくら理事長直々の依頼だと言っても、学校全体で怪現象が起こるなんて話し盛り過ぎでしょ、と思った。だけど理事長の話は――あながち嘘ではなかったのね。むしろ考えていたより大分悪い、と昇降口に入った瞬間天を仰いだ。正確には天井だけど。

『これは』
「そうだね……」

どうしようコレ、と何処を向いても何かがいる光景に絶句する。
一体全体どうしてこうなってしまったのでしょう。
幽霊屋敷と呼ばれる所に行ったことは何度もあるが、此処まで数的な意味で酷いのに遭遇したのは生まれて初めてだ。
目を合わせないように視線を床に落とし、下駄箱に向かう。
こんな死霊の吹き溜まりが自然に形成されるなんて――ありえない。
誰かが手を加えたとしか、でも何の為に? こんな事をして何の意味があるのか。
それにこんなこと唯の一般人が出来るとは思えない。
――同業者?
いや、でもそんな人間が居れば気付かない筈がない。
謎は深まるばかり、だけど誰がやったのかは依頼内容には入ってはいないし、考える必要もない、か。
そんな事よりまずは何処にどれだけいるのか調べないと。
父さんには学校に着き次第連絡すると伝えたがーー少し時間がかかるってメールしよう。
携帯を取り出しつつ、どこか適当な部屋を探していると気になる臭いが鼻先を掠め、反射的に後ろを向いた。死霊に絡まれていたヨリは何かを言う前に頷き、向けていた視線の方へ姿を消した。相変わらず優秀な式で助かる。
通り過ぎたばかりのトイレに入り、運良く誰も使ってなかった事に安堵の息を漏らし窓際まで足を進める。

「どうだった」

無言で首を横に振るヨリにそっか、と返し、鞄から式札を取り出す。
微かに臭っただけだし、ただの勘違いだったのかな。そもそも此処に獣がいた所で全然不自然じゃない、いやむしろ普通のことだ。それが――ただの動物霊ならば、だけど。

「どう思う?」
『……判断、いたし、かねま……す』

しっかり臭いを感知した訳でもないし、分からないのはヨリも一緒、か。
それで何でアンタはそんな顔をしてるのかな、とまるで大失敗でもしたような表情を浮かべているヨリに苦笑いする。
ヨリに欠点があるとするならそれは、すぐ落ち込むことだと思っている。
ただヨリの意見が聞きたかっただけだよと返し、手の中の式札を胸の位置まで上げる。
それにそんなのこれから調べればいい事だしね。

「十あれば昼休みまでに終わるかな」
『……問題無いかと。ですが確実に終わらせたいのであれば十三は如何でしょう』
「んーそうだねー。念の為多めに持ってきたし、じゃあ十三にしよう」

もう三枚指に挟み窓を開け、真言を唱えた後式札を宙に飛ばす。
朝日が降り注ぐ裏庭上に十三の黒い蝶が舞う。

「皆よろしくね」

それを合図に蝶達は散り散りに飛び去っていった。
その姿を見届け窓を閉めようと窓枠に指をかけた時、ふと視線を感じ頭を下に向ける。
疎らに生える木々の隙間からチラチラ赤い髪が揺れているのが見えた。
もしかして今の見られたかなと不安を覚えたが、三階だしゴミでも捨てていた位にしか見えないだろうと深く考えず頭を引っ込める。
今できる事はやったし、後は式の報告を待つだけだ。トイレを後にする。
いつもより早く登校した所為なのか教室にいるクラスメイトが少ない――いやそれにしても少なすぎるでしょ。
早いと言っても精々十五分二十分程度だ。朝練に参加している子らを差し引いても、一、二、三……七人ってどうよ。
おはようと挨拶をしてみたものの、「おはよう」とか細い声が返ってくる。そのあまりの覇気のなさに思わず大丈夫と声をかけそうになった所、陰気な空気を払拭するような元気な声が耳に届いた。

「凛――久しぶり!! 風邪治って良かったね!」
「ホント、今回は酷くてさ。散々だったよ」
「いやでも、今回ばかりは風邪引いて良かったと思うよ、うん」

元気ハツラツな声は何処へやら、声のトーンを落とした友人に目を丸くする。
その表情を見てか、彼女は「いや風邪引いて良かったとかじゃなくて」とあたふたし始めた。その慌てように堪らず吹き出す。
そこで彼女は私が別段気分を害してないと気づき、もーと頬を膨らまし小突いてきた。
カラカラ笑いながら謝り、どうしたのか先を促せば、彼女は校内で何が起こっているのか説明し始めた。
他の友人が教室に入ってくるたびに中断され話が中々先に進まないけど、数日振りに友人達に会うのはそれなりに嬉しいものがある。
友人全員揃った所で話はさらに広がり、何処の教室で、音楽室で、視聴覚室で、トイレで、と出てくる出てくる。本当に校内至る所で起こっているようだ。
――にしても。
元気だなあ、とくるくるよく回る彼女達の口に目が釘づけになる。
普段全く感じない人間でもこういう状況下に置かれると少なからず影響を受けるもの――その証拠に学校に居る殆どの人間は精気が薄い、だけど彼女達はその様子が見受けられない。
まあ全く影響を受けない人間もいなくはないけど、そういう力がカンストしている人間或いはその反対――零感、の二通りだ。
彼女達は間違いなく後者だね。

「――……それでその子、太田先生の事故はコックリさんの所為だって」
「え、それマジ?」
「いや単なる偶然でしょ。でもこの話には続きがあって、何でもコックリさんやってる最中に一人の女の子はおかしくなって、一人は倒れて、先生呼ぶ騒ぎだったらしいよ」
「へーそんなことあったんだー。知らなかったわあ」
「んで、おかしくなった子と倒れた子は今どうしてんの?」
「普通に学校来てるみたい」
「えッマジで? 大丈夫なのその子達」
「んーなんか覚えてないんだってさ」
「は?」
「コックリさんやったのは覚えてるみたいなんだけど、それだけなんだって。ていうか教室に来る途中で騒いでる教室があってさ……――」

そこで次の話題に移った。
――コックリさん、ね。
色々気になる事はあったけど、中学生にもなってコックリさんなんて下らない事をやっているという事実に驚いた。あんなの所詮集団催眠の一種だと思っている。
ただ稀に霊を呼び寄せる時もあるけど大抵が面白がって寄ってくる低級霊、動物霊それか――狐。
まさかさっきの臭いは、狐……? 
狐……、狐かー。

「あ、そう言えば。ねえ凛」

う――ん、と内なる首を捻っていると名前を呼ばれた。

「この前緑間君が訪ねて来たわよ」
「へーそうなんだー」
「へーそうなんだー、じゃなくて! 凛、アンタを訪ねてきたの! いつの間に緑間君と仲良くなったのよッ、私聞いてないけど!」
「いやなってないから仲良くなんて。で何だって?」
「それが風邪で休みって教えたら、『こんな時に何をやっているのだよ!』って怒って行っちゃった。こんな時ってどんな時?」

首を傾げる友人に、さあ意味が分からないと首を横に振っているとキーンコーンと予鈴が鳴り響き、もうそんな時間かと時計を見上げる。
それにしても――本当スカスカ。半分以上が空席だ。
「後でね」と自分の席に戻っていく友人達に手を上げる。取りあえずコックリさんの事は頭に入れておこう。
そして早速学校を悩ます怪異の一つがホームルームの真っ最中に現れた。


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