とある少女の怪異録 | ナノ

21

「ただいまー」

四日ぶりに家の敷居を跨ぐ。
カラカラ引いてきたキャリーケースから手を放し、土間に腰を落とす。
あー疲れたー、と呟きながら靴を脱いでいると、背後で戸が滑る音が聞こえた。

「随分遅かったわね」
「阿保な依頼人の所為でね」

もう最悪、と溜息交じりに一言添えながら立ち上がる。
キャリーケースを家の中に持ち上げ向き直れば、廊下の中ほどに母さんが立っていた。開けっぱなしの居間の戸口からは煌々と光が漏れている。
改めて「ただいま」「おかえり」と言葉を交わし、母さんの横を通り過ぎる。
後ろから母さんとヨリの会話が聞こえるけど構わず部屋へ直行する。

「お父さん、話があるみたいだから着替えたら離れに行くようにね」
「んー分かったー」

キャリーケースを下ろし、後ろ手にドアを閉める。
閉まったドアの向こうから「洗濯物出しとくのよ」との声が聞こえ、再度分かったと返す。
服を脱ぎながら父さんの話とやらが何なのかを考える。
事の詳細は式を飛ばして報告済みだし、予定より帰りが遅くなったのは私の落ち度じゃないし。うーん分からない。

『父上様は何用で御座いましょうか』
「さあね」

難しい顔を作るヨリに、何でアンタがそんな顔するのと呆れる。
どうせ私から直接どうだったのか聞きたいだけだよ、と続けパーカーのジッパーを上げる。
荷物の整理は後でするとして、言われた通り洗濯してもらう物を両手に抱え部屋を出る。あと忘れずにお土産も。
離れに行く前に居間に戻り、洗濯物とお土産を母さんに手渡す。
母さんの視線がお土産の袋に向いた瞬間その目が輝いた、かと思えば「お茶にしましょ」と渡した洗濯物をポーイと床に落とし、お土産の袋を胸に抱えそそくさ台所に戻って行った。
虚しく散らばる洗濯物を邪魔にならないよう寄せ集めていると視界の端に人の姿を見た。顔を向ければ、ばあ様が静かに微笑んでいた。
「ただいま」と頬を緩め、父さんに呼ばれてるからと居間を後にする。母からの「ご飯食べるー?」との問いに、軽くと返す。
お風呂場から出てきたじい様にばったり遭遇し、四回目のただいまと母さんがお茶の準備をしている事を伝え、離れに通じる廊下に足を落とす。
月明かりだけが照らしていた廊下にオレンジの灯りが混じる。
灯りが揺れる襖の前で足を止め、一言声をかけ襖を開ける

「おかえり。随分大変だったようだね」
「ただいま。大変もなにも信じらんないんだけどあのジジイ」

そう答えれば「こら、止めなさい」と注意を受けたが、その顔には苦笑いが浮かんでいる。

『ただいま帰りました父上様』
「おかえり。ヨリも御苦労だったね」
『凛様にお仕えしますのが私の使命であります故、滅相も御座いません』
「で、話って何? 言っておくけど今回の事は全面的に向こうが悪いからね。私利私欲の為に一体隠し持ってたかと思えば、それを自分の孫に渡すとか――ホント信じられない」 

そのお陰で、二日で終わる予定が倍の四日に伸びてしまった。
しかも自分の孫が危険に晒されていると知った途端自分のやった事は棚に上げて、どうしてくれるんだと怒鳴り散らしてくれた時は怒りを通り越して呆れるしかなかった。事情も何も知らない人間にパズルのように合わさった箱を渡せばそれが何なのか興味を示すのは当たり前で、それが子供ならば尚更。
ジジイの所為で小学校に上がってもいない子供が死ぬのはやり切れないけど、自分のやるべきことは終わっていて、長居をするつもりなど毛頭なかった。そもそも依頼された事以外するとなると本家の許可が必要だし。
同行している本家の人間にちらと視線を投げ、与えられていた部屋に戻った。
帰り仕度をしてると、でっぷりとだらしなく肥えた顔を真っ青にしたジジイがノックもせずに部屋に飛び込んできた。開口早々「どうにかしろ」「見捨てるのか」などなど勝手なことを喚き散らされた。
精々己の愚行を後悔しろと内心呟きつつ、「それでは失礼します」と頭を下げ、部屋を出た。

「――金なら幾らでも出す!! だから孫だけは……」

廊下までジジイの声が響き、前を歩いていた本家の人間の足が止まり、それに倣い私も足を止めた。これからどうするかなど考えるまでもなかった。
携帯を手にする本家の人間に背を向け、部屋に戻った。


「そういうことだから。本当に私の所為じゃないから」

だから説教は止めてね、と続ければ父さんは再び苦笑いを浮かべた。
あれ、と疑問符を浮かべていると父さんは徐に口を開いた。

「いや此処に呼んだのはその事じゃないよ。ただまあ、無闇に依頼人を脅したのは反省すべき、かな」
「……はい」
「それで帰ってきて早々悪いけど、早急にやって欲しい案件があってね」

要らんことを報告してくれた同行者に軽く殺意が芽生えた。

「帝光中理事長直々の依頼だけど」

ぷーと膨らんでいた殺意がぷしゅーという音と共に萎む。

「え、帝光? 帝光ってあの帝光?」
「凛の通学先で仁の母校の、あの帝光中学だよ」

どうやら聞き間違えではなかったらしい。
それにしても理事長直々に依頼してくるなんて、嫌な予感しかしない。
――私がいないたった四日の間に何があったのよ。
そしてその嫌な予感は大抵当る。

「なんでも三日ほど前から校内で不可解な出来事が起こっているようで……――」


父さんの話を要約すればこうだった。
三日前から校内で怪現象が多発していて、日が経つと共にどころか怪現象が始まったその日一日で学校全体に広まったらしい。生徒は元より教師にまで遭遇する人間が出てきてしまい、唯の勘違いで済まなくなった。授業もままならず、三日目には半数近くの生徒が怖いと言って登校を拒んでいる。この事に関してかん口令を敷いているけど、いつ外部に漏れるか分からない。原因なんか何でもいいから迅速に収拾して欲しい、とのこと。

「怪現象、ねえ」
「やってくれるね?」
「まあ依頼だからやるけどさ、校内全部って本当なの? それだと私だけだとちょっとキツイかな」

実際どうなのかは自分の目で見てからでないと何とも言えないけど、校内全てとなると私一人では時間がかかる。
持っている式全部を使えばやれないこともないけど、生憎前回の件で万全に使えるのは三つに限られてるしな。

「分かった、ではこの件は全て凛に任せる。明日学校に行き次第、どうするかを決め式を飛ばして欲しい」
「……はい」

今日はゆっくり休みなさいと頭を撫でられ、離れを後にする。出ていく前に母さんがお茶の用意をしていたと伝える。
――帰ってきて早々ついてない。
それが仕事だと言われればしょうがないけど。久々に本の続きを読めると楽しみにしてただけにイマイチ意欲が湧かない。
丁度帰って来た兄と共に夕飯を済ませ、明日に備え早々に床につく。
年寄りかよ、と鼻で笑った兄には最高のプレゼントを部屋に用意した。
「ふぎゃ――!!」と蛙の潰れたような悲鳴をBGMに眠りに落ちていく。

面倒な事にならなければいいけど。はあ。


back
×
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -