とある少女の怪異録 | ナノ

20

日の光が差し込む廊下を足早に進む。
校内で得体のしれない何かが起こっている。
始まりは幾つか隣の教室だった、らしい。らしいと言うのも最初それを聞いた時は全く興味など湧かなく、話の半分も聞いてはいなかったからだ。
だが時間が経つにつれその隣の教室、またその隣の教室と範囲が広がっていき、学年全体、果ては校内至る所で不可思議な事が起こり始めている、という噂が朝から引っ切り無しに校内を飛び交っていた。そう己の中ではまだ噂の域を脱してはいない。
何故なら自分の周りでは噂で言われているような事はまだ起こっていないからだ。
本来ならそんな噂如き気に止めるほど暇ではないが、如何せんその数が膨大なのだ。
それにその噂の内容というのがオレの気を止める一番の要因になっていた。

校内のあらゆる場所で心霊現象が発生している

数ヶ月前の自分ならば幾ら噂が立とうとも鼻で笑い飛ばしていた。
幽霊だと? 馬鹿馬鹿しい。医者に診てもらえ、とな。
だが非常に不本意ではあるがあれを自ら体験したとあっては、馬鹿馬鹿しいと鼻で笑い飛ばすだけの度量は無いに等しい。
それでも実際遭遇もしていない自分が態々八神に会いに行く理由は一つだけ。
――このままでは練習もままならないのだよ。
ついさっき目撃した光景を思い出せば、自分の意志とは関係なく溜息が出る。
「おうち帰る――!!」と泣き叫ぶ青峰を小脇に抱えた紫原に、それを宥める黒子、そしてそれらを呆れた様に傍観している赤司。
あの調子でまともに練習できる気がしない。
二度目の溜息を吐き、足を速める。

後ろ手で扉を閉め、恒例となった司書への挨拶をするため頭を準備室へと向けたがそこに司書の姿は見えない。
幾度となく此処に来ているが、今まで司書がいないということはなかった。
あ――そういえば。
昼食時に校内放送で緊急の職員会議があるとか何とか流れていたのを思い出した。大方司書もそれに参加しているのだろう。
責任者がいないにも拘らず開けっぱなしでいいものか疑問だが、どうせ此処を利用する生徒など一握りしか居ないのだし問題は無いと判断したのだろう。いや一握り所か八神しかいないような気がしてならないが。今まで八神以外の人間を見たことがない。
まあいい。
そんな事より早く八神に会わなくては。中に足を向ける。

「こんな時にッ」

無人のテーブルがそこにあるだけだった。
――全く、こんな時に限って何故八神はいないのだよ。
だが八神に苛立ちを向けるのはお門違いだということは言われなくとも分かっている。
それでも校内で唯一何が起こっているのか分かるであろう人間は知る限り八神だけだ。
八神ならこの状況を打開する術を知って……

『ん、じゃ三千円ね』

幻聴が聞こえる。だがあながちこの幻聴は間違ってはいない気もするが。
八神なら言いかねない。というか奴は確実に言う。金の亡者め。
仕方がない。もしかしたら教室にいるのかもしれない。昼休みが終わる前に金の亡者のクラスに寄るとしよう。

ばさッ

無音だった室内に雑音が混じり、その音に肩がはねる。

「な、何なのだよ」

早鐘を打つ心臓に手を当て、音のした方に目を向ける。
返答はない。
何の音か気になるが、確認しに行くだけの勇気が湧いてこない。
たかが噂だと頭では分かっているのだが、もしかしたらを考えてしまう。
息吸って。吐いて。吸って。吐いて。
落ち着きを取り戻しつつある心臓の上で拳を握る。

「大丈夫。ラッキーアイテムは手元にある。大丈夫。問題無いのだよ」

もう一度深呼吸し、よしッと足を踏み出すも、サクサク確認するだけの度胸はまだ備わっていない。その予定も未定だが。
抜き足差し足そーと足を進め、本棚の陰から顔を出し、異常がないか確認する。
手前二列に異常はない。
三列目の本棚から顔を出した所、開いた状態の本が床の上に落ちていた。
何だ本か、と無駄に神経を使った己に呆れながら落ちている本を拾い上げ、棚に目を向ける。
微かに空いた隙間を見つけそこに押し込む。

バサっ

「ひッ!!」

まただ。再び響いた雑音は、一回目と全く同じ音。
どう考えても不自然気回り無い。おかしい。
地震でもないのに本が勝手に落ちることなどあり得るか?
否。よっぽど乱雑に仕舞われていれば分からないが、元から利用者が少ない此処でそこまで乱暴に扱う人間はいない筈。
もしかして自分以外に生徒がいる可能性も?
否。奥に向かう途中で誰かの姿も、痕跡も見受けられなかった。
仮にオレの後から誰か入って来たとすれば、ドアを開ける音で気づく筈。慎重に開けていれば、分からないかもしれないが。
――一体なんなのだよ。
もしかしなくとも自ら噂を体験しているというのか。いやだが、見てもいないのにそう考えるのは早過ぎる、か。
音がした方へ慎重に足を進める。
棚の陰から顔を出せば、やはり床に本が落ちていた。
瞬間その様子が異常だと感じてしまった。気持ち悪い――。
直ぐにでもこの場から立ち去りたかったが、本をそのままにはできない。
ぱっと本を拾い上げ、隙間を探す。だが簡単に見つかった前回とは違い、中々空いたスペースが見つけられない。
この際何処でもいいから適当な場所に本を無理矢理押し込もうとしたが、丁度目線の高さに隙間を発見した。
そこに本を押し込めば、ぴったし収まる。
よし、と本の背表紙から目をはなそうとした時、不意に仕切り板と本の隙間に何かを見た気がした。
本棚には背板がなく、本と仕切り版の隙間から隣の通路が垣間見える。加えて今いるのは新書版が並んでいる所で隣の通路が良く見えた。
濁った金色の瞳がぱちりと瞬きした。

「ッーー!!」

声にならない叫びを上げ、咄嗟に後ろへ飛ぶ。
背後にある本棚に思いっきり撃ちつけた背中が痛いがそれどころではない。
――な、なな何だ今のはッ。
本棚に背中を押しつける。
またなのか。オレはまたあんな事に巻き込まれるのか。
八神に言わせるならば――間が悪い、のだよ真太郎!!
そしてやはり八神が居ないのが悪いのだと結論づけ、恐怖で竦む足を動かすよう脳に訴えかける。
だが何もかもが既に遅かった。己に絡みつく視線に気づいてしまい身体が震える。
スロー再生のように顔を上に向ければ、そこに居たのは鼬のようなフェレットのような、だけど確実にこの世のものではない“なにか”。
ソレが天井近くを浮遊していた。

『ウマソウ ニンゲン タベル』

開いた口から何十本と鋭い歯が覗き、みるみる自分に迫ってくる。

「やッ、やめ――!!」

――八神!!


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