とある少女の怪異録 | ナノ

19

――以下複数モブ視点


「んじゃ先行ってんね」
「あいよー」

扉の向こうから聞こえた友人に返事をし、よいっしょと便座の上に腰を落とそうとしたその直後、コンコンコンと控えめにドアをノックされた。

「入ってまーす」

ドアの向こうにいる子に使用中だと言うことを伝える。
自分が使っているのも含めトイレには四つ個室がある。私は一番手前の、出入り口に一番近い個室を使用している。
きっと急を要したんだとノックされた事を気にも留めなかった。
そして下着に指を引っ掛け改めて便座に腰を落とす。するとまた、コンコンコンとドアをノックされた。

「いや、だから入ってるって」

友人と連れ立ってトイレに入った時に全てのトイレのドアが開いている所も見たし、後から誰かが入ってきてもいない。
――何で他の、隣の個室に入らないんだろう。というか何で態々使用中だと分かる、閉まってるドアを叩いたんだ?
そんな疑問が浮上している間にもコンコンとドアを叩かれる。
あ、もしかして。

「――もうッ、止めて、て……ば、……え」

先行くと言って出ていった友人が悪戯していると思いドアを開ければ、開けたドアの向こうには友人どころか誰の姿もなかった。
首を伸ばし、右、左と頭を動かし確認する。だけど此処に居るのは自分だけで誰もいない、ようにみえる。

「今度やったら怒るからね!」

何処かに隠れているであろう友人に向かって言い放つ。
返事どころか含み笑いすら聞こえず、トイレ内はしーんとしている。
あの笑うことに対して耐え症のない友人にしては珍しいと思いつつも、「全くッ」と文句を吐き、再びドアを閉める。

コンコンコン

はー、と深く息を吐く。
今日はしつこ過ぎる。
友人は悪戯好きだけど、越えてはいけない線を跨いだことは今まで一度もない。いつもなら一、二回で止めて、ゴメンゴメンと種明かしをするというのに、今日はどうしたんだろうと首を傾げる。
だけど用事を済まそうとしている身としたらこれ以上の妨害は止めて欲しいに限る。
静かにトイレを使わせて、と伝えようと開いた口は床とドアの微かな隙間から漏れる明かりに気づき閉じざるを得なくなった。
――ちょっと、待って。
普通、ドアのすぐ外に人がいれば隙間から漏れる光にその人の影が落ちない筈がない。
だけど個室に入りこむ光に影は差し込んでは――いない。
背筋に冷たいものが走る。
ドアをノックする音は鳴りやまない。

「ひゃぅッ!!」

頬にはしった何かに変な声が漏れた。
咄嗟にソレを拭ったけど、掌が湿っただけで目に見える何かがついてはない。

「……水?」

何で水が、と上を見た瞬間凍りつく。
髪が、黒い髪の毛が天井から垂れ下がっている。
ズルズル髪が下がり続けている。生え際、額と露わになりそして、虚ろな目玉が真っ直ぐこっちを見下ろした。

「きゃぁぁああぁぁあ――!!」



コツン

公式の説明を黒板に書き記している時だった。後頭部に何かが当たった。
何だ、と後頭部に手を当て、振り返る。
生徒達は一様に手を動かし、その視線は黒板とノートを行ったり来たりしている。
――ただの勘違い、か……?
でもなー、とモヤモヤするがふざけている生徒は見る限りいない。
教室を見渡していると生徒から疑問の声が上がった。
何でもないと誤魔化し再び黒板に向き直り、チョークを握る手を上げる。

コツン

「誰だー、ふざけてるのはー?」

勘違いじゃない。確かに何かが当たった。
全く。溜息をつく。
正直に言いなさい、と教室を見回すが、生徒達は互いに顔を見合わせているだけで名乗り出る者はいない。

「どうしたの先生?」
「今正直に言えば、プリント一枚で許してやるぞ」
「え、先生どうかしたんですか?」
「どうしたも何もお前らも知ってるんだろ? 誰がやったのか教えなさーい」

ああ言ったけど、今名乗り出れば短い説教だけでプリントも出すつもりはなかった。
だけど正直者は現れない。
それ所か生徒達は「ナニナニ」「どうしたの」と囁き合っているだけだった。
それが単なる誤魔化しでやっているのか、本当に知らないのか、オレには皆目見当がつかない。
元々授業中にふざける様な生徒はこのクラスにはいないのは確かだが、それでも後頭部に感じたアレは絶対に気のせいではない。

「今度やったら生活指導室だからな」

そう釘を刺し、再度黒板に向き直る。

コツン

三度目の違和感が後頭部にはしったのはその直後だった。
ここまで来ると、悪戯の範囲を超えているとしか思えない。
忠告はした。それを破ったのは他ならぬ生徒自身だ。

「いい加減にしろッ!!」

怒鳴るつもりはなかったが、止まない悪戯に苛立ちが湧きあがったのもまた事実。

「こんな事して何が面白い! 誰がやったッ、名乗り出なさい!」

生徒達は目に見えてうろたえている。だが手を上げる者は皆無。
やった生徒が名乗り出るまで授業を再開するつもりはない。
正直こんな下らない事で授業が遅れるのは本意ではないが、なあなあで済ませていい問題ではない。
自分がやられた事がいつか他の生徒へ向かうやもしれない。例え遊び半分だろうと、そういう行為がどれだけ他人を不快に陥れるのか生徒に分からせるのも教師の仕事の内だとオレは思う。

「名乗り出るまで先生は待つからな」

教卓に両手をつく。
トントンと肩を叩かれ「だからッ」と振り返えれば、視界に広がったのは書きかけの説明文が並ぶ黒板だった。
ふと我に返る。
生徒達は皆席についている。そもそも誰かが立ち上がれば教室全体を見渡せる位置に立っている己が気づかない筈がない。
じゃあ誰か中に、とドアに目を向けるも、ドアはピッタリ閉まっている。というかそれもまた誰かが入ってくれば音で気づく。
あれ。何だ。でも確かに。
――肩を叩か、れ……た?
視界の端に何かが見え、何の気なしに視線を下げる。

「う、わぁぁああああぁあ――!!」

己の肩に血色の悪い手が乗っていた。


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