とある少女の怪異録 | ナノ

15

「ちょっと待て」

立て肘を解き、緑間君の方に向き直れば、刻まれていなかった皺が緑間君の眉間に寄せられていた。

「少女は人形に操られていただけだったと、そう言いたいのか?」
「半分正解で、半分不正解」
「どういう意味だ」

そうだねーと伝える言葉を探していると、緑間君は早く答えろと言わんばかりに腕を組み、顎を杓った。
いや、言わんばかりどころか「早く答えるのだよ」と科白付きだった。
あー、はいはいと答えれば、「ハイは一回」とどこぞの口煩い長兄のような鋭い指摘が飛んできた。
初めて会った時から度々思っていたけど、緑間君ってどうしてこう偉そうなんだろう。
人付き合いに支障はないのかな、と不粋な疑問が湧いた。だけどその疑問は喉の奥にしまい込み、代わりに緑間君が欲する答えを差し出す。

「結果的に操られていたのかもしれないけど、始まりは違うのかもしれないねってこと」
「霊が霊を操るなど可能なの、か?」
「可能。ただ否応なしに操る事ができるのは上位の物の怪だけ。それ以外の死霊が操る場合にはあるモノが必要不可欠」
「ある、モノ?」
「この世に残した――未練だよ」

口寄せじゃない私があの女の子の本心を知る事は永遠にこないけど、あの子の魂の欠片は泣いていた。それだけであの子がどれだけ寂しかったのか、心細かったのか容易に想像できる。
そんな子供の純粋な感情を利用したあの下衆には、考えただけで腸が煮えくりかえる。
ゴク、と鳴った喉の音でふと我に返り、無意識に握りしめていた拳を解く。
音の出所に視線を向ければ、緑間君の顔が強張っている気がした。
耳の裏を掻きながら「あー」と誤魔化し、言葉を続ける。

「ようは付け入る隙が必要なの。緑間君だって弱っている時に優しくされたらコロッと騙されちゃうでしょ?」
「人事を尽くしているオレに付け入る隙などあるわけない」
「だからあの女の子の寂しいって気持ちに付け込んであんな事をやらせてたってわけ。だからって女の子のやっていたことが許されるわけじゃないけどね」

ヤマダさんが最後のフルーリーにスプーンをつける。
分かった?と尋ねれば、「ああ」と短い言葉が返ってきた。
もう質問はないかな、と思っていた所、緑間君の口がまた開いた。
どれだけ疑問があるのかしら。

「もし八神がいなかったと仮定して、オレの左腕は取られていたと断言するか?」
「するね」
「だが今まで帝光内でそんな事故など聞いたことがないのだよ。それとも他の者は全ての四肢を見つけたってことなのか?」
「いや、帝光でアレと遭遇したのは私が知る限り緑間君が初めてだと思うよ。だってアレと遭遇した時点で詰みだから」

そこで一旦言葉を切り緑間君の様子を窺えば、言葉を紡ぐ為なのか開いた唇が微かに震えていた。
緑間君は多分、科白の続きが分かっている。
「それは」と蚊の鳴く様な声が耳に届き、じっと緑間君の目を見返し、口を開く。

「人形の手足全部を見つけるのは――不可能よ。あの人形は既にこの世のものじゃなかったから、アレが自由に消したり出したりできるのよ」

それに気が付いたのは図書室で人形に触ろうとした時だったけど。
雑魚に毛が生えたようなアレが良くあそこまで堕としたと、感心すら覚える。
緑間君は俯き、左腕を摩っている。

「何故オレだった。どうしてオレがこんな目に遭わなければいけなかったのだよ」
「タイミングの問題じゃない?」
「タイ、ミン……グ?」
「そう。そういうモノに遭遇するのはタイミング、というか間が悪いとしか言いようがないけどね」

中には自らそういうことに飛び込む阿保がいるけど、緑間君の場合は完全に不運だったとしか言えない。それか元々そういうモノを引きつける性質なのか。アレに遭遇した日はラッキーアイテムを持ってなかったと言ってたし。
そこまで考えを巡らせ、ふと思い出した。
ポケットからペーパーナイフを取り出し、テーブルの上に置く。

「忘れる前に返しておくね。勝手に使っておいてあれだけど、有難う」

緑間君の顔が引きつって見えるのは暗いから、かな。

「……いらないのだよ」
「え、でもラッキーアイテム……」
「あんな事に使った物など持ってられる訳ないだろう!」
「そっか……」

ただ人形のようなものを刺しただけなのにな。
怒鳴るほど嫌なのか。
緑間君って潔癖症かな。

「それなら――貰ってもいい?」
「好きにしろ」
「やった」

月明かりに照らせばペーパーナイフが妖しく光る。
聞いてみないと分からないが、恐らくこれは銀製だろう。あの場の思い付きで使用してみたけど、中々に使い勝手が良かった。
手数が増えるのは喜ばしい。口元が緩む。
ただ怪訝そうに私を見ている緑間君に気付いたところで顔を元に戻し、そろそろと腰を上げる。
ヤマダさんは付属のペーパーナプキンで口を拭っていた。

「じゃあ、ヤマダさんも食べ終わったことだし解散しよっか」

満足した?とヤマダさんを見れば、ヤマダさんは満足そうに頷いた。それは良かった。
印を解き、テーブルに置いていた札も仕舞う。
空の容器を一つのトレーに纏めて置き、外付けのゴミ箱に捨てる。
通りに出て、さようならと緑間君と向かい合った所である事に気がついた。
私がペーパーナイフを貰ってしまったら緑間君の防御力は限りなくゼロになってしまう。
それは、もし私の見解が正しければまた厄介な事になりかねないと言う意味で。
――いつでもウエルカム状態か……。
普段なら依頼以外の事には手を出さない主義だけど、ペーパーナイフを貰ったしなあ。

「おい」
「緑間君ちょっとしゃがんで」

しょうがない。
こういうのはギブアンドテイクって言うし、それに貰いっぱなしはどうかと思うしね。

「は、何故……」
「いいから」

渋々中腰になってくれた緑間くんに近づき、額に指を置く。
条件反射なのか緑間君の身体が一瞬ビクついた。

「東海の神、名は阿明。西海の神、名は――……」

緑間君に簡単な身固め式をかけ、そのまま指を頬まで滑らせ、薬師如来の真言を唱える。
――今日は奮発大サービスだね。
すると患部に違和感を覚えたのか、緑間君が離れようとしたけど「動かないで」と一言言えば地蔵のようにその場に固まってくれた。
軽い霊障なら呪符を使わなくても詠唱だけで癒せるくらいには修行を積んできたつもりだ。

「……――はい、おしまい」

いつの間にか緑間君も目を閉じていたらしく、合図と共に目を開けた。

「な、何なのだよ、今のは」
「即席の御守りみたいなものよ。ほら私、緑間君のラッキーアイテム貰っちゃったでしょ、だからね。あ、でも効力はそう長くないから」
「……感謝するのだよ」
「あと今後、どうしても入手できないラッキーアイテムがあった時は一言言ってそしたら――どんなラッキーアイテムよりも効果抜群のアイテムを貸してあげる」

一日五百円でね、と付け加えれば、緑間君はまたそれか、と鼻を鳴らした。でも緑間君の頬の筋肉が若干緩んでいたことは見逃さなかった
一歩、また一歩と緑間君から距離を取る。

「じゃあ今日はお疲れ様。ゆっくり休んでね」

今度は進めた足を止められる事はなかった。
そして仕舞っぱなしだったヨリを呼ぶ。

『凛様酷いです!! 私は凛様のことを思って云々――……』

夜空の下にヨリの絶叫が木霊した。
どうしよう、これ。


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