とある少女の怪異録 | ナノ

14

レジに吸い込まれていくお金を涙をのんで見送る。
ああ、さようなら努力の結晶達。
五分と待たずフルーリーをのせたトレーがカウンターの上に置かれた。二つ。一つじゃのせきれなかったんですね分かります。
緑間君にも持ってもらうことにした。
それにしてもキッチン内にいる店員さん達からのマジか、みたいな視線を毎回向けられるのは精神的に辛い。
「あの子、本当フルーリー大量に買ってくよね。血糖値ヤバくない」的な会話をここのマジバだけに留まらず周辺にあるマジバでも囁かれているだろうことを思い浮かべ、泣きたくなった。
マジバの屋外に設置されているテーブルまで移動し、テーブルの端にトレーを置き、ポケットから取り出した呪符をテーブルの真ん中に置く。

「オンウカヤボダヤダルマシキビヤクソワカ」

新たに取り出した式札を指に挟みながら詠唱し、最後に息を吹きかける。
トレーにのっているフルーリーを一つ掴み、ヤマダさんの前に置き、スプーンを差し出す。

「はい、ごくろうさま」

既に着席していたヤマダさんはスプーンを受け取ると、美味しそうにフルーリーを食べ始めた。
――ああホント、ヤマダさんはお行事が良い。
綺麗に食べるヤマダさんを見ながら隣に座る。

「な、な」
「あー、もうそういうのいいから。座ったら?」

緑間君の咽喉が大きく動いた。
そして緑間君は持っていたトレーをテーブルの上に置き、意を決したように私の向かいに腰を落とした。
早速質問が飛んでくるかと思いきや、緑間君はヤマダさんの食事をガン見しているだけだった。
緑間君がそれでいいなら私はどっちでもいいけど、その方が楽だし。

「ヤマダさんが食べ終わったら帰るから」

頬杖をつきながらヤマダさんから緑間君へと視線を動かす。
ヤマダさんは早くも一つ目のフルーリーを食べ終え、二つ目のフルーリーへとスプーンをつけた。

「ヤ、ヤマ、ダさ、食べ、なん」

緑間君は日本語を覚えたての外国の方か何かかな。
まあ、言いたいことは何となく分かったけど。

「私の式達はマジバフルーリーが大好物なの。依頼の後は必ずここに来るのが約束事なのよ」

ヤマダさんに視線を向けながら答えれば、視線に気づいたヤマダさんは口に運んでいたスプーンを下ろし「はい、とても美味しいです」と表情を緩めた。ああ癒される。
ほら食べな、と促す。

「そもそも、その式というのは一体何なのだよ」
「え、そこから?」
「金を払ったのだから質問に答えろ」
「二百円だけどね」

緑間君から鋭い視線が飛んできた。
数秒前までみせていたビクビクした態度はどうしたという質問は飲み込み、緑間君の質問に答える。

「私の奴隷」
「…………」
「……陰陽師の使役する霊的な存在の意。式――正式名称は式神、には三通りあるのね。一つ目は映画なんかでよく出てくる和紙などの形代を使って術者が自由自在に使役するもの。二つ目はヤマダさんのような物の怪をスカウトして、自分の式神にしたもの。三つ目は術者の思念で創りだしたもの」

分かった?と聞けば緑間君は成程とばかり頷いた後、おずおずとヤマダさんに視線を向け、どこか言いづらそうに口を開いた。

「き、危険ではないのか? その……」
「ヤマダさんに襲われないかってこと? それはないね。スカウトって言っても、ヘイ、私の式神にならない?って口説く訳じゃなくて、術者が力で捻じ伏せて従わせているだけだから。まあ術者の力が弱まったりすれば襲われる可能性も無きにしも非ずだけどね」

普通は力で押さえつければいいだけなんだけど、私の場合はプラスアルファがあるんだよねと机の上のフルーリーに視線を落とす。
マジバフルーリーが買えなくなったら私の命が危ない気がしてならない。わりとマジで。

「たち、とはどういう」
「ヤマダさんの他にも式はいるからね」
「……もしかしてその式も」
「ヤマダさんと同じスカウト組」
「そうか」

その説明もいる?と聞けば、青い顔で「結構だ」と断られた。残念。
見た目のインパクトで言えばヤマダさんが断トツ、いやスズキも大分あれか。だけどその二人を除けば他は問題ないと思う。

「三つ目はいないのか?」
「ん?」
「思念でどうとかの式だ」
「いるわよ――緑間君に視えないだけで」

そう答えれば緑間君は落ち着かない様子で周囲をキョロキョロし始めた。
いや、だから視えないって言ったんだけど。それに今はいないし。

「期待してる所悪いけど、今は出してないからね」
「違う!!」
「序でに教えると、殆どの式は緑間君みたいな普通の人にも視えるけど、三つ目の式だけはある程度力がないと視えないのよ」

残念だけど、と付け加える。緑間君は良かったとでも言うように溜息を吐いた。
でもヤマダさん達とは違ってヨリの見た目は人間そのものなんだけどな、と四つ目のフルーリーを食べ終えたヤマダさんにチラと視線を向ける。

「おい大丈夫なのかッ?」
「え、何が?」

急に声をひそめた緑間君に今度は一体何ですか、と向き直れば、緑間君は机の上に身を乗り出し、落ち着かない様子で周りに視線を向けている。
キミは何をやっているのかな。

「何がではない! ヤマダさんの姿が視えてしまうのだよ!」

ああ、そういうこと。
ヤマダさんの姿を隠そうと両腕を広げている緑間君を見上げる。傍から見れば緑間君の方がよっぽど妖しい気がする。
テーブルに置いた呪符を指差す。

「これで視えなくしてるから大丈夫。周りからは緑間君と私が座っているようにしか見えないよ」
「そうか」

だから座れば、と付け加える。
ただ、至極簡単な結界だから穴はあるんだよね、とヤマダさんの握るスプーンをみる。
まあ夜だし、間近に来ないと分からないけどね。それに念の為私が道路側に座っているし。

「ヤマダさん、一口頂戴」

ヤマダさんにあーんして貰う。
美味しいけど、今の時期は外で食べるべきではなかった。体内温度が何度下がったよ。
寒い、と腕を摩っていると、緑間君から「馬鹿か」という温かい言葉を頂戴した。

「……あの少女は」
「ん?」

暫く緑間君の事とは関係の無い質問がぽつぽつ投げられ、これが本当に聞きたい事なのかと思いながらも何も聞かずに質問だけを答えていると唐突に緑間君の声のトーンが下がった。

「――何故あの少女は有難うと言ったのだよ」

ヤマダさんが七つ目のフルーリーを食べ終えたところだった。
ゆっくり瞬きをし、「それは……」と口を動かす。
脳裏に女の子の姿が浮かぶ。

「――解放されたから」
「解放って」
「人形から」

それにしても、あの子に自我が残っていたことには正直驚いた。
普通あそこまで入りこまれていたら堕ちていてもおかしくなかった。というか今までの経験からしてほぼ百パーセントの確率で悪霊になっているパターンだと思った。
そう勝手に思っていた。
もしかしたら女の子に自我が残っているかもしれないという心構えで挑んでいたなら、例え緑間君が同情心を懐こうとも中には入りこませなかった。
“なっているはず”という傲りが集中力を切らし、依頼人に怪我をさせるという失態に繋がってしまった。
ただ今更「たら」「れば」の話をしても遅いのはよく分かっている。
私に溜息を吐く権利など無いけれど、このモヤモヤを中に留めておけるほど人間出来てはいない。
立て肘をつき、ヤマダさんとは反対方向に顔を背け、小さく息を吐く。
もう少し気を引き締めないと。
――二度と同じ失敗は繰り返さない。いや、繰り返せない。


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