とある少女の怪異録 | ナノ

13

緑間君を半ば引きずるように昇降口から出る。
出てきたばかりの扉からカシャンとロックがかかる音が聞こえた。
――危ない危ない。あと数秒遅かったら危うく校舎の中で一晩過ごす所だった。
時間を教えてくれたヨリに目で感謝をしたが、ヨリの目はどこか別の所を見たまま固まっていた。
面倒臭いからその事には触れず、校門を目指し足を進める。

「お、おい八神」

名前を呼ばれ振り返る。
何やらモジモジしている緑間君にどうしたのかと首を傾げれば、緑間君が視線を下げた。その後を追うように目を下に向け、緑間君の言わんとしていること察し、パッと手を放す。
理事長にお願いしてセキュリティーが作動する時間を少し遅らせてもらった為、時折ガサッゴソッという物音が何処からか聞こえる程度で、周囲に他の生徒の姿はみえない。
人っ子一人いない学校も中々不気味だな、と人並みの感想を浮かべながら歩く。
背中に張り付く緑間君のことは気にしないよう努めた。
手を繋ぐのは嫌で、何故背中は良いのかという疑問は飲み込む。

『年若男女がくっつくなどなんと破廉恥なッ!! 私は断じて許しません!』

髪を振りみだし、地団駄を踏むヨリに構うことなく先を急ぐ。
そうこうしている間に校門が見えてきた。
開いているかなと期待していた門は、ピッタリ閉まっている。
まあ、そりゃそうだろうね。理事長だけが知っている訳だし。

「ど、どうするのだよ」
「乗り越えるに決まってるでしょ」

どうしようと、オロオロする緑間君にビシッと告げる。でも門を越えるだけの腕力も筋力もジャンプ力もない私は門を避け、足がかけられそうな場所を探すことにする。

「緑間君はそこから出られるよね。私は他の所から出るから」
「え、え」
「門の前で待ってて」

緑間君に背を向け、足場を探す。

『凛様、あそこに踏み台が』

ヨリが見つけてくれた踏み台を使いどうにか壁の縁までよじ登り、高さがあり若干怖かったが勇気を振り絞り飛び降りる。
着地には成功したはいいが、足がジンジンする。耳元でワーワー騒ぐヨリを煩いと一喝し、黙らせる。
痛くてその場から動けないでいると緑間君が駆け寄ってくるのが見えた。

「おい大丈夫か」
「あー大丈夫……、うん」

そう時間も経たない内に痛みも無くなった。立ち上がり、緑間君を見上げる。

「今日はお疲れ様」
「ああ」
「じゃあ、私はこれで」

さようなら、と緑間君に背を向ける。
腕を空高く伸ばし、うーーん、と伸びをする。

『凛様、あまりお気に為さらない方がよろしいかと』

そうしたいのは山々なんだけどね、と緑間君の頬に奔る線を思い浮かべる。
あんな雑魚相手に依頼人に怪我をさせるなど最低も最低、近年稀にみる大ポカだ。
先生に知られれば、中途半端な仕事をするなと怒鳴られている所だ。

『そんなことはッ』
「八神!!」

はあ、吐いた溜息は怒鳴るように呼ばれた名前によってかき消され、呼び止められるまま足を止める。
振り返れば、眉間に皺を寄せた緑間君がズンズン近づいてくる。
はて、まだ何かあるのかな。視たところ身体に異常はないけど。

「貴様は何故帰ろうとしているのだよ!」
「……ん?」
「お前はまだ何も説明していない!!」
『人間風情が凛様に何という口をきくか!』

説明って、え、何に対する説明なのかしら。
今の私は多分、ぽかーんという効果音が当て嵌まるような表情で緑間君を見上げているだろう。そして緑間君は何故か呆れたように溜息を吐いた。

「お前には説明する義務があるのだよ」
「え、と、その説明というのは……」
「馬鹿か。今日含め、オレに起こった事のあらましに決まっているだろうが」

相変わらずの上から目線に、これが説明を求める人間の態度かと怒りより驚きが勝る。
ヨリの背後に阿修羅が視えるよ。
でも困ったな。

「私、説明とかそういうの苦手なのよね」
「そんなの知ったことか」
『……凛様、もう我慢なりません』

緑間君は早くしろと言わんばかりに鼻を鳴らした。そしてヨリの堪忍袋の緒が切れた音が聞こえた。
ああ、どうしよう。
今まで説明なんて要求してきた依頼人はいなかった。大抵終わったら、皆一様に脱兎の如く帰っていくし。
流石緑間君というか。あの状況で恐怖以外の感情を向けただけはある。
しょうがない。

「分かった」
『凛様?!』
「ならば」
「でもこれから行く所があるから、そこでなら話してもいいわよ。あと説明じゃなくて質問形式でお願い」
「それでいい」

さあ行くぞ、と先を行く緑間君の背中をみて、溜息をついた。キミは何処に行くのか分かっているのかな。
まあみてない方が好都合だからいいけどね、と印を結ぶ。

『凛様どうしてです! 何故あの人間の言うことをお聞きになるのですか!!』
「ヨリ――ゴメンね」
『凛様――!!』

今なんと、という絶望したような表情を浮かべる間もなくヨリの姿が視えなくなった。
まさかこんなことで使うとは思わなかったが、初めて使ったにしては上手くいったようでなによりだが、それにしてもなんて大袈裟な式だろうか。まるで今生の別れのような反応に、あの分だと次出てくるときは機嫌が最悪だろう。
それでもあのままヨリを出したままでは、説明も何も出来る気がしない。その前に緑間君の命も危うい気がするし。

「緑間君、方向――逆」

暗くてよく見えない背中に告げれば、大股で戻ってきた。

「何故早く言わない!」
「ごめんごめん」
「全く心がこもってないのだよ!」

じゃ、行こっかと足を進める。
背後で緑間君の文句らしき言葉が聞こえるが、怒っている理由は定かじゃない。緑間君は糖分が足らない気がする。
あ、そうだ、と横に並んだ緑間君を見上げる。

「説明料として二百円ね」
「……は?」
「え、だから二百円」
「また金か――!!」

誰も無料でやるとは言っていない。

「緑間君、この世はお金で回っているのよ、分かる? お金さえあれば出来ないことはないと言っても過言じゃない。それに二百円で説明が受けられるなんて良心的だと思わない。分かったら――金払え?」

諭すように告げ、鼓膜を守るため耳を塞ぐ。私も学習する。
耳を塞いでいるにも拘らず、緑間君のくぐもった声が聞こえた。
相当大声を出したようだ。

「近所迷惑だから静かにね」
「誰の所為だ!」

「そうだね」「分かる」「あーだね」等、この半年余りで友人達との会話で養った相槌を駆使し緑間君と言葉を交わす。
人はそれを生返事という。
そうして会話の打撃練習をしている間に目的地に着いた。
黒い空に煌々と輝く看板を見上げる。
同じように看板を見上げていた緑間君からの「ここか」という質問は、無言で店内に入っていくことで答えた。
「いらっしゃいませー」と明るいお姉さんの声に出迎えられた。だけど客が私だと分かった途端、カウンターの向こうにいる店員さんの眼つきが変わった。
店員さんの目が、また作らせるのか、今日は幾つなんだ、と訴えかけてくる。
カウンターに近づき、お姉さんの前で足を止める。

「いらっしゃいませー」
「マジバフルーリーの……」

それだけでお姉さんの後ろで待機していた店員さんが慌しく動きはじめた。

「抹茶一つ、」
「……え」

そう注文すれば、お姉さんも後ろにいる店員さんもピタリと固まった。

「は別会計でお願いします」
「あ、はい、畏まりました」
「その他にマジバフルーリーの抹茶九つお願いします」

続けて伝えると、だと思ったー、とばかりにキッチン内が慌しくなった。
ご迷惑おかけして申し訳ないです。内なる手で合掌する。

「お持ち帰りで宜しいでしょうか?」
「いえ、店内で」
「畏まり……、え、店内ですか!?」
「あ、はい」
「か、畏まりました」

横で固まる緑間君に一個分のお会計を促し、私は私で九つ分のお会計を済ます。


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