とある少女の怪異録 | ナノ

11

思いもしなかった科白が返ってきた事に足が止まったが、直ぐに歩くことを再開し、八神の横に並ぶ。
――八神。お前は一体何者なのだよ。
どうやってそんなことをしたのか、いや出来たのか、八神に対する謎は深まるばかり。
横目でそっと八神を見下せば、八神と視線がかち合い、何を言われるのかと肩が強張る。だが予想に反し八神は何も言うこと無く、だがまるで面白いモノでも見たかのように微かに鼻を鳴らし前に向き直った。
顔に血液が集中する。
八神の一挙手一投足に一々反応する自分が情けなく思えてしょうがないが、所詮そんな事を思っているのは自分だけで八神は――微塵も考えてはいないだろうがな。
チラと横目で八神の様子を窺うも、今度は視線が交わることはなかった。

昇降口で上履きに履き替え、下駄箱から出てすぐに八神は何処だと左右に視線を動かせば、八神の背中が廊下の角の向こうに消えようとしていた。
オレを置いて行くな、と小走りで後を追い、八神の後ろにぴったりつく。羞恥心など置いてきた。
八神が鬱陶しそうにオレを見上げたが、八神はこれ見よがしに溜息をつくだけで何も言うことなく前を向いた。
窓に映る自分の姿に悲鳴を上げ、微かな物音に驚く。すでにオレの心臓は通常の倍近くの早さで脈を打っていた。心臓が痛い。
暫く歩けば向かっているのが特別教室が並ぶB棟だということに気づき、渡り廊下を抜け、B棟に足を踏み入れる。
――それにしても。
前を歩く八神の姿を改めて視界に入れる。
陰陽師がどういったものか詳しくは知らないが、八神は帝光の制服に身を包んでいるだけで両方の手は空いている。これから何かしようとする人間にしては大分軽装だ。
大袈裟な持ち物を期待していた訳ではないが、だからといって手ぶらはどうなのだろうか、と旋毛を見下ろす。
別の所に意識が向いていた所為で立ち止まった八神にぶつかりそうになったが、寸前のところで踏みとどまれた。
八神は扉が開いたままになっている教室へ入って行った。
なんの教室だろうかと札に目を向けたが、何も書かれていない。後について中に入る。
どうやらここは使われていない空き教室のようだ。所々無造作に置かれた段ボールを月明かりが照らしていた。
一般教室より広い室内を進み、教室の中ほどで八神は足を止めた。
これから始まる事への期待と恐怖で身体が震える。
八神の腕が動き、咽喉が鳴る。
だが期待したような動作ではなく、八神はただポケットに手を突っ込み、何か紙のような薄っぺらいモノを取り出しただけだった。
八神はオレに背を向ける形で立っているせいで、それで何をするのかは見えない。すると何やらボソボソと呟き声が耳に届いた。
何を言っているのだろうと耳をそばだてた瞬間、それは突然現れた。オレ達の、八神の目の前に現れた白いソレに呼吸をするのも忘れ、ただただ目を奪われる。

「あ、……あ」

額から突き出た二本の突起物、血走った眼球、開いた口元から覗く歯は牙のように鋭く、そして八神が前にいるにも拘わらず腰から上が見えるほどデカい身体。

「説明した通り緑間くんのことは任せたからね」
『御意』

八神がオレの前から退いたことで、白装束のような白い着物を身に纏った夜叉の全体像が露わになる。
八神に向いていた目がオレを捉えた。
手からラッキーアイテムが滑り落ち、金属音が教室に木霊した。

「ぅあぁぁぁああ!!」
「え、緑間君?!」

殺される。殺される。
――死にたくない!!
元来た道を全力疾走で戻る。

「――あぁぁああ、あ……あ?」

だが幾らも進まない内に身体が固まってしまったように動かなくなった。動かそうともがいても、どうやっても動かない。

「緑間君、取りあえず落ち着こうか」

八神の声が聞こえ、唯一動く目を必死に動かせば、八神が左後ろから現れた。今のは一体何だと、問いただそうとしたが、八神の背後にソレがいることに気付き、細い悲鳴だけがこぼれ出る。

「お願い緑間君、時間がないの、一回しか言わないから良く聞いて」

恐怖しかない頭の中に八神の声が届く。
恐る恐る眼を下に向ければ、八神がジッとオレを見上げていた。

「何があってもヤマダさんの傍を離れないで」
「や、やま、だ……?」

何を言っているのだよ。やまだ? 誰がやまだ、だと?
まさか目の前にいるソレがそうではないよな。手に持っている刀で今にもオレの命を取ろうとしているソレではないだろうな。そもそもソレは何だ。何故いる。何故八神は何もしないのだ。何が起こっている。
ゆっくり視線を上げれば、夜叉が頷いた気がした。
目の錯覚だ。そうに違いない。その思いで再び八神を見下ろすが目は合わない。八神の目は図書室でしたようにオレの背後を見ていた。
室内が暗くなった気がしたのはその時だった。
今まで月明かりに照らされていた室内はカーテンでもかかったかのよう色を失った。
おかしい。
視線を向けた先の窓にはカーテンなどかかってはいない、そして月はその姿を隠してなどいなかった。
気管に流れ込む空気がひんやりする。

『オニイチャン』

ピクリともしなかった身体は意図も簡単に動いた。
ゆっくり後ろを振り返れば、暗闇の中であっても色褪せることのない赤色が楽しそうに空っぽの目を細めていた。

『ソレ――チョウダイ』

少女が真っすぐオレを指さした。

もう悲鳴すら出てこない。
ただ茫然とその場に立っていると白に視界を遮えぎられ、少女の姿は一瞬で見えなくなった。だが自身の前に壁のようにそびえるソレが何なのか気付き、堪らず後ずさる。

『緑間様どうか凛様を信じ、その場に留まって下さいませ』
「オンキリキリ……」

背中に目でもついているのかと思った。右足を後ろに引いた体勢のまま固まる。
そしてソレの科白に被さるように呪文のような、いやお経のような言葉の羅列が聞こえる。

「オンアミリトドハンバ……」
『オニイチャンチョウダイ、オニイチャンチョウダイチョウダイチョウダイチョウダイチョウダイィイイイイ!!』

そのお経に比例するように少女の金切り声はいっそう酷くなり、それに同調するように教室の至る所がカタカタと音を立て振動している。

「う、あ」

頭が、痛い。直接脳ミソを鷲掴まれ、ギリギリと締め上げられているようなそんな痛みに目を開けているのも容易ではない。頭を抱え、倒れないようにするだけで精一杯だった。喉の奥から気持ちの悪いモノがせり上がってくる。
時折何かを切り裂くような音が聞こえるが、それが何なのか確かめるだけの余裕は一ミリも残っていない。
もう嫌だ。もうこんなの沢山だ。早く、早く――終わってくれ!!

『ヤクソク、デ、ショ』

一秒前まで上げていた金切り声が嘘のように、少女の声はどこか哀しげだった。そしてその少女の声が聞こえたと同時に頭痛がピタリと収まった。
だから気が緩んだのかもしれない。
目蓋を開き、目の前の白の陰からほんの少しだけ顔を覗かせていた。

『シンジャエシンジャエシンジャ、エ、シネシネシネシネシネシネ――!!』
「ひぃッ!!」

ソレはもう少女と呼べる姿形をしていなかった。それ所か元が人間だったのかさえも分からない、この世の恨み辛みを凝縮したような、そんな歪んだ姿は恐ろしい以外の何物でもない。
足に力が入らず、その場に尻餅をつく。
これが人間だったもののなれの果てなのか。どうしてこうなってしまった。
訳も分からず涙が流れる。

カ ワ イ ソ ウ

『緑間様いけません!!』
「緑間君ッ、キミなに考えてんの!!」

名前を呼ばれたかと思えば突風が吹き抜け、反射的に目を閉じる。再び目蓋を開ければ目の前の白がこっちを振り返っていた。
は、え、と目を白黒させる。
――オレは今何を考えていた?

「ぃッ!!」

ピリッとした痛みが頬に奔り、患部を指で摩る。指が滑ついた何かに触れ、何なのだよ、とそれを見れば指に血がついている。
血の気が引いた。
今の今まで流血するようなことはしていない。それが何故。それに反対の頬も濡れている気がする。
慌てて拭ってみたものの、今度はなにもついていない。だが手は湿っている。
コレは一体何だ。
おかしい。何故オレは泣いているのだ。
後から後から涙が溢れ出る。


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