とある少女の怪異録 | ナノ

06

ないないないない。

「どうして見つからないのだよ!!」

誰のともしれない机に掌を叩きつける。
前に探したより更に慎重に探しているが、一向に見つからない。
叩きつけた手が震える。少女の言葉が耳の奥で反響している。
左手が――持っていかれる。それが現実味を帯びてきた。

いやしかし、そんな事本当にあるのか

当てもなくフラフラ校内を歩いていると、もう何度思ったとも知れない疑問が再び脳裏に浮かぶ。
確かにあの少女はこの世のものではない、それは信じる。が本当に見つからなかった部位を持っていかれるのだろうか。お兄ちゃんのとは言ったが、オレのとは言ってない。もしかしたらラッキーアイテムの為コレクションしているぬいぐるみの中のどれかの可能性も捨てきれない。
歩みを止める。
それにもしオレ以外にあの少女と出会った人間がこの学校にいると仮定して、その人間は今どうしている。もしあの少女の言う通り手足をもがれているとすれば、間違いなく学校中の噂、いやそれどころか警察沙汰になっている筈だ。まあ全て見つけられていれば、大丈夫な訳だが。
でもそんな事件聞いたこともない。
もしかしたら自分は大丈夫かもしれない。
そんな安易な考えが頭の中を埋め尽くそうとしていた。
下げていた視線を上げ、そこで初めて自分が立っている場所がそこだと気づいた。

第二図書室

噂と言えば。帝光に入学してから暫くして、ある噂が広まった。
第二図書室には拝み屋がいる、と。
なんでも非現実的、ようはオカルト的なものに悩まされていた先輩が第二図書室にいた人物にお願いした所悩みが解消したと言う事が発端だったと思われる。その後も次々そういう話を聞いたが、悪魔をやっつけただの鬼を退治しただの馬鹿馬鹿しいと言うものが殆どだった。それになによりその人物の名前が出てこないのがおかしい。
そこまで噂になれば名前の一つや二つ出てきてもいいくらいだ。だがそれが全くなかった。
それどころか何年なのか、男か女なのかも全くの不明だった。
それに噂を確かめるべく第二図書室を訪れる生徒も大勢いたと聞いたが、誰一人としてその人物に接触した者はいなかったらしい。
暫くすればそんな噂も廃れ、偶に風の噂で耳にする程度となった、が。

心霊現象でお悩みの方は第二図書室へ

それだけは変わらず耳にする。
咽喉が鳴る。
期待している訳ではない。そんな限りなく嘘に近い噂などを信じている訳ではない。ただ目の前に可能性が落ちているのにみすみす見過ごすのが嫌いなだけだ。あらゆる人事を尽くす、それが緑間真太郎というもの。
震える指先をドアの窪みに引っ掛け、ゆっくり扉を開き、そして中に一歩もう一歩と足を踏み入れていく。
第一図書室には頻繁に出入りしているが第二図書室に入るのはこれが初めてだ。
目視できる範囲に人の姿はない。それに図書室といってもある程度の物音はするはずだが、それも聞こえない。誰かがいる気配も、ない。
見回せば図書準備室に司書らしい人物がいる。目が合い、小さく頭を下げる。
近くの棚に脚を向け、棚に並ぶ本の背表紙を軽く指でなぞる。
第一図書室と比べ所蔵している書物が些か古いようだ。だからだろうか、放課後だというのに生徒が一人もいないのは。
小さく溜息をつき、背表紙から指を離す。
初めから信じていた訳でもないが、居なかったらいなかったで気落ちする自分がいた。
本棚に背を向け、此処から出ようと足を踏み出した直後微かにページを捲る音が耳に届いた。振り返り、部屋の奥を凝視する。
――もしかして。
逸る気持ちを押さえ、棚の間を歩く。
誰もいない棚を次々抜け、最後の棚を通り過ぎ、そして――右目の端に人の姿が映った。
棚に隠れるようにして置かれた四人掛けテーブルに一人の生徒が腰掛けている。
無意識に唾を飲み込んでいた。
静かな室内ではちょっとした物音も良く通る。案の定ゴクリという喉の音も思った以上に大きくなり、座っている生徒が徐に本から顔を上げた。
目が合う。
そいつはまるで見定めているかのようにただジッとオレを見ているだけで口を開く気配はなく、なんとも言えない空気が流れている。いや、そう思ったのはオレだけだったのか、そいつは数秒もしない内に興味を無くしたように再び本を読み始めた。
――コイツ、か? 噂の人間は本当にコイツなのか。
だが目の前の生徒はどうみても。開いた唇が微かに震える。

「お、まえ……なの、か?」

本に向いていた視線が再びオレを捉えた。
どっからどう見ても椅子に座る生徒は――女子生徒だ。
噂の人間の性別が分からないと言えども、オレの中では男だと勝手に思っていた。

「何がですか?」
「…………」
「って何で質問したキミが無言になるのよ」

女子生徒は呆れたように溜息をついた。
だがまだ目の前の彼女が噂の人物だと言う確証はなく、ただそこに座っていただけという確率の方が断然高い。
どうかそうであってくれと、もしかしたらを綯い交ぜにしながら言葉を紡ぐ。

「その、お前が、あの……」

尻すぼみになる。
お前は拝み屋なのかと聞くのは正直ハードルが高すぎる。どう考えても頭のおかしい人間だ。
――どうする。どうやって聞けば。
そんな事が頭の中を埋め尽くし始めると、女子生徒はやれやれと言いたげに首を振り再び溜息をついた。

「用がないんだったらもういいですか? それと読書に集中できないので、こっち見ないで下さい」

どっか行けと言わんばかりの科白を吐き、女子生徒は手元の本に視線を落とした。
――覚悟を決めるのだよッ。
握り拳を作る。

「――お前は拝み屋なのかッ!」

思ったより声が出てしまい、そして本から顔を上げた女子生徒の表情は驚きに染まっていた。
やはり。

「ちょっ、此処が何処だか知ってますか? 図書室! もっと小さい声で話して下さい」

ただの勘違いかと肩を落としたのも束の間、女子生徒はただ声の大きさを注意しただけだった。
すると彼女は手に持っている本に栞を挟み机に置き、オレを見上げると視線だけで着席を促してきた。
少し悩み、指示に従い女子生徒の目の前に座る。

「……お前は本当に」
「あのね、さっきからお前お前って失礼だと思いませんか? それに私、お前って言われるの嫌いなの」
「だが」
「私には八神凛っていう名前があるんですけどね」
「…………」
「で、キミの」
「オレは緑間真太郎だ」
「それでその緑間君は私にどんな御用ですか?」
「おま……八神は――拝み屋なのか?」
「んー、また拝み屋とは違うけど、まあその様なもん、ですかね」

斜め上を向いていた八神の視線が再びオレに戻ってきた。
質問を馬鹿にするでもなく淡々と答える八神の変化の無さに面食らってしまったが、その八神の姿が彼女が噂の張本人なのだと物語っている気がした。証拠はどこにもない。だが確信した。
八神が――拝み屋だ。
ただ気になることがある。

「拝み屋とは違う? どういう意味なのだよ」
「どういう意味も何もそのままですけど、っていうか何その上から目線とその語尾。なのだよってなんなのだよ」
「だから何が違うのか答えろ」
「はいはい単刀直入にいえば私は陰陽師なの。分かった?」
「陰、陽師……?」

勿論聞いたことはある。いつだか読んだ本の中にもその存在を紹介する文献を幾つもみた。だがそれは何百年、何千年も昔の話だ。

「そう陰陽師。別に分かってもらわなくても構わないけど、拝み屋とは違うからね」
「そう、なのか。だが噂では」
「噂?」

噂という言葉に若干眉を潜めた八神に何か拙かっただろうかと心拍数が上昇する。話題を逸らそうと口を開く間もなく、八神が顔の前で手を左右に振った。

「あー噂ね、噂。あれ、殆どデマだから」
「デ、マだと……?」
「そうデマ。確かに何人か先輩の悩みを解決したけど悪魔は倒してないわよ」

どこからデマなのかと言葉にする前に、ボソッと鬼は殺ったけどという八神の科白が聞こえ、口を噤んだ。

「で、話が大分反れたけど、緑間君の相談事はその左腕と関係しているのかしら」

思いもしなかった八神の科白に顔が強張る。
オレはまだ何も言っていない。何故ここに来たのか。何があったのか。
一言も伝えていないにも拘らず八神はまるでそれを知っているような口ぶりだった。
どこか別の場所を向いていた八神の視線がオレに戻ってきた。
オレの顔を見て首を不思議そうに傾げた八神は、程なくして一人で何か納得したように「あー」と頷いた。

「何で知っているのだよって? それはまあ、視えるからね」

何が、と言葉になる前に八神は続けた。

「――誰かさんに付けられた印が左腕にくまなく巻きついているのがね」

そして八神はみせて、とオレに向かって手を伸ばしてきた。八神の言う通り、机の上に左腕をのせる。
左腕を舐めるようにみる八神に何とも言えない気持ちになる。そもそも女子に、制服の上からとはいえ身体をじっくり見られるのはなんとも居心地が悪い。
だがそんな感情も、八神の目が険しくなった途端瞬時に引っ込む。


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