とある少女の怪異録 | ナノ

05

ロッカーの中をかき回し、人形を探す。赤司が、誰か何か言っているが、そこまで意識が回らない。
どこだ。どこだ。オレは少女から人形を受け取った。それでどうした? 
体を反転させ、部屋の中を見回す。

「ん? ンだこれ?」

視線の先で青峰が床に向かって手を伸ばしていた。

「――触れるなッ!!」

自分でも何処から出したのか分からない程の声を出し、大股で青峰に近づく。
青峰の指が触れる寸前だった人形を横から掠め取り、人形を鞄の中に押し込む。そして何事もなかったように朝練に出る準備を始める。
沈黙が落ちる部屋に気まずさなど微塵も感じない。今、もし何か聞かれれば必死に押し込めているものが溢れる。

「ンだよ、そんな大声出すことねーじゃん」
「…………」
「つかそれってお前の今日のラッキーアイテム?」

返事などせず、手早く着替えを済ましていく。

「悪趣味過ぎんだろ――左足しかない人 形 なんか」
『オニイチャンノチョウダイ』

叩きつけつるように扉を閉めれば、ガンッという音が部屋に反響した。
誰かが喉を鳴らす音が聞こえ、ふと我に返る。

「……先に行ってるのだよ」

床に視線を落としたまま、部屋を後にする。
閉まるドアの向こうからオレを呼ぶ声がしたが、そのまま扉を閉める。
時間はまだ残されている。後二日。何が何でも人形の手足をみつけてやる。人事を尽くし天命を待つ。それがオレの頑固たる信念だ。
床に落としていた視線を上げ真っすぐ前を向き、体育館を目指す。

だが探すといっても何処をどう探せばいいのか皆目見当がつかない。どこそこを探せと指定されている訳ではなく、少女はただ漠然と見つけてと言っていただけ。
映画や本なんかだと、そういう時は決まってそういうものが現れた場所を探すのがセオリーだ。それを考えれば少女と会った場所、即ち校内だが学校の敷地内ということも考えられる。
ただ外も探すとなれば二日では足りない。だからこれはもう賭けだった。
校内限定で探せば、何とか二日で回れる、はず。
授業の合間の短い時間も使おう。昼の時間も朝もあてよう。
――個人練習の時間も削る。
こんな事に大事なシュート練習の時間を割きたくはない。だがやらなければ、とそこまで考え太腿に置いている手に力がこもる。
小さく息を吐き、指から力を抜く。
闇雲に探すのは効率が悪い。時間時間で探す場所を分けよう。
ノートの空いている所に記していく。
授業間の短い時間は教室の周辺を見て回る。それか移動先の教室の周辺。
左足を机の中で発見したことを考えれば、机の中は絶対箇所だ。いや机の中だけではない。ロッカーの中、掃除用具入れ、ゴミ箱の中、考え得る全ての場所を探そう。ただ一般教室は人がいなくなった放課後か早朝でないと駄目だ。不審に思われ、教師にでも伝わったら厄介だ。
時間が長くとれる昼の時間は人が疎らになる特別棟を探そう。
一限目終了のチャイムが鳴ったと同時にリストが完成し、そのリストを元に校内を歩きまわる。
そうしてコツコツリストを潰し、空き教室で二つ目の部位を発見した。ゴミ箱の底に置かれたそれをみた時、その異様さにゾッとした。だが順調に探し当てている事で、その恐怖心を押しとどめているのもまた事実。
結局昼の時間はそれだけが見つかり、探索は部活後に持ちこされた。


指を放れたボールは自分が思い描いていた弾道より低くリングへ向かい、僅かにフレームを掠りネットを潜った。出そうになった溜息を無理矢理飲み込む。
昨日より、今朝の練習よりは精神面が安定してきたこともあり少なからず良くなったとは思う。少なからず、だ。普段の自分を考えれば程遠い出来だが。
赤司の視線が背中に刺さり、飲みこんだ筈の溜息が毀れていた。
調子の悪さを悟られないよう全体練習に身を投じ、終わりの時を待つ。
笛の音が体育館に響き、それが全体練習終了の合図となった。
練習後の気だるい身体を引き摺り、コーチの元へ向かう。コーチから伝えられる連絡事項も右から左へと通り過ぎる。頭の中は既にバスケではなく、これから何処を探すか、それだけで埋まっていた。チラと時間を確認する。
解散、と言うコーチの掛け声だけが耳の奥深くに届き、散り散りになるチームメイトの間を縫うように出口に向かう。

「緑間、何処へ行くつもりだ」

体育館を出ていこうとするオレの背中に赤司の声が投げられ、同時に体育館内は水を打ったように静まり返った。
逸る気持ちを押さえ、足を止める。

「愚問だな。オレはもう上がるのだよ」
「はあぁあ?! マジかおい!! 明日雨でも降んじゃねーの!!」
「えー珍しー。どーしたのミドチーン」
「煩いお前達。今はオレが緑間と話している」

今こうしている時間でさえ惜しく、無意識の内に足が一定のリズムを刻んでいた。
早く早く。

「何をそんなに焦っている」
「……別に焦ってなどいない」
「では質問を変える。一体何を――探している」
「…………」
「何故答えない。言えないものなのか」
「……なにも探してなどいないのだよ」

これ以上話していても時間の無駄だ。止めていた足を進めようとした。

「オレの目を見て言え、緑間」
「…………」

浅く息を吐き、前へと踏み出した足を元の位置に戻し、振り返る。

「オレに探し物などない」
「ならば休み時間のたび教室を抜け出しては何をしていた」
「……そんな事赤司には関係ない」

そう言い放った途端赤司が目を細めた。その仕草が何を意味するのか分からない程浅い付き合いな訳ではないが、赤司の機嫌がどうなろうと今のオレには知ったことではない。

「話がそれだけならオレは行くのだよ」

背を向け体育館を後にする。引きとめる声はもう聞こえなかった。
そしてこの日、完全下校時間間際に三つ目のパーツを見つけることができた。一般教室のベランダで。
たった一日で二つも見つけることができた事で、オレは浮かれていたのかもしれない。明日一日もあれば最後の一つを見つけるのも容易だと、そう勘違いしていたのだ。
まさか、全ての教室を探し終えても最後のパーツ――左手、を見つけられないことになるなど、この時のオレは微塵も考えてはいなかった。
そして翌日の放課後――オレは絶望の淵に立っていた。
リストを持つ手が震える。
何故だ。どうして、見つからない。おかしい。ここが最後の教室だ。
何処か見落としがないかリストを何度も見返すが全ての教室の上に線が引かれている。
それでもきっと何処かで見落とした所があった筈なのだ。そうでなければ、今手元にない筈がない。もう一度。もう一度、始めから見て回ろう。そうすればきっと見つかる。いや、待て。今は練習に行かねば。全てを見つけ終え、スッキリした気持ちで練習に参加しようと思ったが、とんだ計算違いをしてしまった。大丈夫、まだ時間はある。どうしよう、無い。いや大丈夫だ。見つからない。左手はどこに、あ、る?

「あの緑間が」
「調子悪い」
「初めて見た」
「大丈夫か」

ネットを潜ることなく床をバウンドするボールを茫然と見つめていると、どこからともなくヒソヒソと声が聞こえる。酷く耳障りなそれに、耳を塞ぐ。
ふざけるな。お前らにオレの気持ちが分かってたまるか。ふざけるなふざけるなふざけるな……。

『……チョウダイ』

遮断した筈の音が頭に響いた。
――なんで。
心臓は早鐘を打ち、息が荒くなる。
いる。あれが――いる。

『ヒダリテ――チョウダイ?』
「煩いッ!!!!」

煩い煩いうるさい煩いうるさい黙れだまれ黙れ――黙れ!!
これはオレのだ。誰にも、お前にもやりはしない。いやだ。持っていかないで。誰か。

「緑間」
「――ひぅッ」

何かに肩を掴まれ、恐怖で咽喉から空気だけが洩れたが、遅れて耳に届いた声に身体の強張りが緩む。恐る恐る振り向かえれば、驚いたように目を丸くしている虹村主将が立っていた。

「緑間どうしたよ? 大丈夫かっ、てオイめちゃくちゃ顔色悪いじゃねえか!」
「い、いい、え」
「おいおい本当大丈夫かよ。なあ今日はもう上がれ、分かったな?」
「……わ、かりまし、た」

誰か付き添いをつけようとする虹村主将の申し出を断り、お疲れ様です、と小さく頭を下げ踵を返す。
物音一つしない体育館を横切る。
もう声は聞こえなかった。
体育館から自分の姿が見えなくなったのを確認し、半ば走るように部室を目指す。
今から探し始めれば完全下校時間までに校舎半分は探せる。急げ。
身だしなみも整える間もなく部室を飛び出る。

「ぅおっと!! ってンだよシンタローかよ、急に出てくんじゃねーよ」

勢い良く扉を開けた向こうに灰崎が立っていた。それに若干驚いたが、灰崎になど構っている時間はない。
灰崎の問い掛けを無視し、そのまま部室棟を後にする。


back
×
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -