あ、いた。
廊下を歩くあの人の背中を見つけ、胸が高鳴った。

今日はバレンタイン。あの子もその子も思いを伝えようとプレゼントを握りしめている。
女の子たちはいつもの二割増しでキラキラと輝いていて、その表情を見て気後れしてしまう。
いやいや、そんなこと考えちゃ駄目だ。私だっていつもは普通のゴムで縛っている所を今日の為にと買ったピンク色のシュシュで纏めているし。
メンタムしか塗ったことのない唇には淡いピンクの色つきリップを塗った。
うん、大丈夫。私は可愛い。そう自分自身を奮い立たせる。
桜井岬いざ参る。

少し遠くなった背中を早歩きで追う。はう、カッコいい。
何十回と見ているその背中にまた惚れてしまう。
堂々とした振る舞い、シャンと伸びる背筋、何事にも動じない凛とした表情。全てが私の理想だ。
それにあの筋肉。テニスをして鍛えられたあの筋肉に惚れ惚れする。
叶う事ならあの胸に私を抱きとめ、あの腕で抱きしめてくれないだろうか。
ああ、想像するだけで有頂しそうだ。はあはあ。

「頭の声駄々漏れやで、自分」

それかあの大きな手で頭を撫でて欲しい。
一応それもシュミレーション。うん、それもいいね!  

「やから駄々漏れやッ、はがッ!」
「煩っさいッ、この糞足!」

至福の一時を眼鏡に邪魔され、現実に強勢送還された。許すまじ、眼鏡。

「ぃたた、何すんねんッ桜井!」
「私のイメトレを妨害した忍足が悪い」
「妄想の間違」
「ああ゛」
「いえッ、何でもありません!!」

そんな下らないやり取りをしてる間に彼が廊下の角を曲がってしまった。
本当眼鏡と関わると碌な事がない。

「あらら、行ってもうたやん」
「行ってもうたやん、じゃないこのボケ! 忍足がくだらない事で話しかけたからじゃん」

追いかけるべく自慢の脚力を使い、追いかける。

「頑張ってえな、桜井―」

角を曲がり、思ったより近かった彼の背中を見つけ、一旦足を止める。
一呼吸置き、よしっと自分自身に喝を入れる。
一歩一歩彼に近づくにつれ心臓が胸を突き破って出てきそうな程バクバク脈をうっている。
後少し。
家でも散々イメトレして、お菓子だって何回も作り直して一番だった物を包んできた。
うん、大丈夫。いけ、私。

「あ、あの!」
「あーん?」

やった。声掛けられた。それだけで満足しそうになったけど、これからが本番だ。
彼が振り返り、恥ずかしくて俯きそうになった。

「こここれ、も、もし、良かったら、あの、あの」

あー、もう駄目だぁあ!! 恥ずかしすぎて頭が沸騰しそう。折角練習してきたのに! 
それでも黙って聞いてくれている彼を見て、自分の中で何かが切れた。

「これ、私が作りました! もし良かったら受け取ってくれませんか……」
「ふッ、一人で堂々と渡しにくるとは度胸のある女じゃねえか。いいぜ、貰って……」
「樺地君!!」
「……あ?」
「…………」

い、言えたー。私、言えたよ!!
プレゼントを差し出す腕がプルプル震えるのがカッコ悪いけど、この際しょうがない。
恐る恐る眼を開けると、樺地君はいつもの凛とした表情でこっちを見てるだけだった。
も、もしかして、こういうの嫌いだったのかな。

「…………」
「…………」
「…………」
「……ウス、……有難う、御座います」
「……い、いえいえッ、こちらこそ受け取ってくれて有難う!」

そう言って受け取ってくれた樺地君に感激の余り涙が出そうになった。
それに間近で見た樺地君はやっぱりカッコいい。
まだ話していたいけど、これ以上樺地君の時間を無駄にしてはいけないと思い、それじゃ、と回れ右をし来た道を戻る。
樺地君が有難うって……。
ハニカミながら有難うって……。

「良かったやん、受け取っふがッ!」
「おーほほほッ!!」

私、今なら空も飛べそうだよ!
広げた腕に何かが当たった気がしたけど、きっと気のせいだ。
ふふ、樺地君と話しちゃった。目見て話しちゃった。

「きゃっほう!!」


End



オマケ

そんな彼女の背中を黙って見送る男が二人。

「…………」
「…………」
「……よ、良かったじゃねえか、樺地、あ、あーん」
「ウス」

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