『断章』 p6/p10


――衛士を下がらせ、男は豪奢な部屋の戸を潜った。
焚かれていた香の甘ったるい匂いが嗅覚を麻痺させるような気がして、微かに眉を顰める。一番奥まった所には、げらげらと気品の欠片もない笑い方をしながら玉座にほぼ寝転がった状態で座っている、亜麻色の長髪をした女がいた。

「殿下、只今戻りましたが」
「遅いぞ。…それで、あの不愉快な小娘は妾に何か反抗的な言動をしたのか?」
「…いいえ、全く?一体殿下は何を望まれているのです」

立場上仕方なくこの前に跪いている、王座に甘えた女。唇に紅を引き肌に白を乗せても、素材の差は隠し切れないだろう。
煙管を扱う手つき一つを取っても、脳裏には傲然と笑う少女が浮かぶ。
あの女王は、此岸の者として生を受けるには美しすぎたのだ。

「決まっておろうが。今や最後となりしフィオリタ家の、反逆者の態度を聞いただけのことよ」
「それはそれは。そう仰りつつも残念そうな顔でおられることで」
「…否定などせぬさ。愚民どもからの人気さえなければ、今頃はもう断頭台の下で朽ちるところと言うに…」

つまるところ、呪わしげに呟いたそれがこの女の本音なのだ。
きっと、本来のお伽話に出てくるあの継母もそうだった。継娘の美しさに耐え切れずに娘を散々いびったのだ。その娘が持っていた美しさは、魂だったのか、外見だったのか。男は、深紅の両目でさっと天を仰いだ。



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