『灰かぶり』 p3/p10


ほんの座興にございます――とその男は言い放ち、少女の答えや問い掛けを待っていると言った体である。
髪の色や身につけている物の不気味さと猛禽のような鋭い美貌が、ある意味調和が取れているようでアンバランスな――薄い青の長髪の男。真紅の右目がただ優雅に笑っている。道化とも執事とも形容できるような笑みの形に口元を吊り上げて。
黒と白の格子模様に赤の縁取りという奇妙な意匠の仮面は男の顔の左側のほとんどを覆っていた。少女が男の向こうにある時計をゆるりと見やれば時間は午後三時。

「…………」

差し込む陽光で微かに煌めく金属製の窓枠に視線を落としていた、一対の青い金剛石の瞳が一度ゆっくりと瞬きする。白金を紡いで植えた長く重たげな睫毛が思案に揺れた。

そもそも彼女、フィオリタがこの男と、『灰かぶり』の童話をモチーフにしているらしい奇妙な謎で戯れている理由は数刻ばかり前に遡る―――


‡ ‡ ‡ ‡ ‡ ‡


名無しアノニマス…?」
「えぇ。よしなにお願い致します、フィオリタのお嬢様」
「そう…ま、宜しく」

怪訝そうに眉を顰めたフィオリタにアノニマスと名乗った男が慇懃に一礼する。つんと澄ました氷の女王へ。生き生きと笑う異教の精霊に。少女は、それにかなりぞんざいとも取れる返事をした。宝石のような薄青の瞳は真冬の湖面のようにして動かない。
アノニマスはふ、と笑みを深めると、退屈そうにしている少女に語りかけた。

「お伽話でも致しましょうか?」
「…本ならもう何度か読んだけれど。私を誰だと思ってるの」
「まぁまぁ、こんな物語は如何でしょう?これは悪意ある物語。
ただしこの全てが虚構であるとは限らぬので―――」




そんな、短いやりとりの後の悪意ある『灰かぶり』の物語。要は退屈しのぎの謎掛けだ。王子に見初められたにも関わらず、死んで――或いは消えたという娘。
ぱちぱちとフィオリタは長い純白の睫毛をしばたかせる。

「魔法は存在しない…って娘を舞踏会に連れていった魔女の否定じゃない」

誰もが見上げ、或いは俯くであろう呪わしき氷の美貌に相応しくはないかもしれない、ずけっとした口調。高貴さと蓮っ葉との綱渡りのようにも思える。
ただ獲物を見つけた白く優美な猫の、薄青の瞳が面白がりにきらきらとしていた。

「えぇ、その通りですね。魔法という概念は愚かしい物だと思いましたので。…それに、魔法をこの座興に持ち込んでは全てが"魔法にて起こったこと"で片付けられてしまうでしょう?」
「はーん…ま、それもそうね。つまり魔法なしに娘が何故、どうやって失踪したのか…と。………問題としては不十分ね」
「流石はお嬢様、全く持ってその通りなのでございます。このお伽話は『悪意により元のお伽話を改変した上に、悪意をもってして問題すらを考えさせるもの』…という戯言でも申し上げましょう」

一部ではこのゲームのことを水平思考推理と言う者もおりますよ、とアノニマスは付け足した。

「つまりヒントが欲しけりゃ自分で考えろ、か…いいじゃない、何か楽しそうだわ」
「それはようございます」
「まず最後に――ヒントの時、アンタは嘘をついたりしないのよね?」
「勿論でございますとも、お嬢様。そうでなくては、ゲームが成り立ちませんのでね」


傲然と笑う者、優雅に笑う者。
たかが暇潰しの座興に過ぎないが、それはある意味、蒔かれた種。



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