『人魚姫』 p7/p7


「全てが原典通りではない。前回の灰かぶりから、それは分かっていたけれど」
「左様ですね」
「ねぇ、姫は本当に姫なのかしら」
「…ほう」
「普通の姫は武器の扱いなんて知りませんもの。私が最たる例だわ」
「…………」

分からない。少女の思考回路が、アノニマスには皆目分からない。
彼女の思考は突如として、翼を持ち舞い上がるのだから。
アノニマスには分からないような、遥か高みにまでも。

「関係ないけど、前回のことを考えて思い出したわ。アンタ結構騎士とか好きよね――ただの護衛かと思った騎士が犯人だったりしたもの」
「仰せの通りですね」
「今回も実はそうだったりしないのかしら? "姫は騎士であり、武器の扱いに長けていた"」
「"姫は騎士ではございません"。仕方ありませんね、お嬢様は恐らくご存知ない――此処で、"姫は傭兵である"と断定致しましょう」
「なぁに、それ」
「金で雇われる兵士にございます。ただ、戦のない時分には金を稼ぐ為に他の仕事も承ったりも。諜報や暗殺から、とね」
「…つまり東方の戦物語に登場する、しのび――に近いのかしら?」
「はい」
「そうなの? じゃあこういう仮説はどうかしら――"姫は暗殺を依頼されて王子を殺した"」
「最終的にはそうですが、余りに捻りがありませんね。隣国の姫まで殺めた理由は如何様に説明なさるのです?」
「"邪魔だったから"じゃ駄目かしら」
「…ふむ、確かに"姫は隣国の姫を邪魔に思っていました"が。誤解なきように、"隣国の姫が殺人の証言者となりうるから邪魔だった"という訳ではございませんので」
「んー…それなら…"姫は王子を好いていたから隣国の姫が邪魔だった"のかしら」

アノニマスは笑んだまま答えない。
華奢な指を唇に当て、フィオリタの少女は真剣に考え込む。
空の青とも海の蒼とも違う、魔力を内包した碧眼。
視線を伏せているが為にその無二の宝石は純白の針を植えたに似た睫毛に隠れ、大部分は見えないけれど。
硝子のない窓から、突如として一陣の冷ややかな風。
ぶわ、と少女の白い短髪が揺れた。無論、己の薄青の長髪もまたそうであるように。

「"姫が声を出せなかったのは、王子を暗殺するように言われたことを漏らすことが出来ない比喩"の可能性もあるんじゃないかしら?」

風が収まった頃。青い鋼玉が、まっすぐにアノニマスを射竦めて離さなかった。


20121021


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