『散華のライラ』 p4/p7



「下田――ふぅとは1年のときクラスが同じでした。あと部活も同じです。まさかふぅが死ぬなんて…何か思い詰めてたのかなって…」

そうひとりごちるようにして目を伏せる女子生徒が、成瀬詩奈だ。中畑憂理から聞いたときはもっと気の強い溌剌とした人物を想像していたので、少し調子が狂う。ただ、無粋ではあるだろうが、成瀬詩奈は少しばかり勘違いしているようなので訂正してみた。

「えーと…下田さんが自殺か他殺かはまだ解らないのだけれど…」
「知ってます。だけど…あのふぅが誰かに殺されるような恨みを買ってたなんて考えたくないんで」
「そう、ね。ごめんなさい」

彼女の勘違いということではなかったらしい。刑事を臆せずきっぱりと断言した、赤いフレームの眼鏡の奥が昏かった。成瀬詩奈はらくだ色のカーディガンの裾をぎゅっと握り締めている。その手が微かに震えているように、麻綾には見えた。

「聞きたいのだけど――下田さんを恨んでいるような人か、下田さんが心に病んでいたようなことは知っているかしら?」
「わかんない、です。ごめんなさい――下田が悩んでるようなそぶりとかほとんど見たことないんです」

善良な友人を演じているかもしれない少女に、あまり用はなかったようだ。礼を告げて立ち上がろうとすると、

「あの――役に立つかわかんないですけど、1ついいですか」
「構いませんよ。何?」

成瀬詩奈は真剣な表情で麻綾を見据えている。

「水野慧くんっていうんですけど――なんか、ふぅはその人に告るって少し前言ってました。…結果は知らないんですけど、もし、ふぅが水野にフラれてたとしたら――とか」

ぴん、と緊張感のある沈黙が張り詰める。麻綾は、目の前の女子高生と合った視線が逸らせなかった。ひたすらに昏い、色んな感情が交じった視線。此処へ来て、色々な疑念が噴き上がる。なんだか、下田楓佳が自殺か他殺か――それさえも解らなくなってきた。口が渇く。麻綾は何を言いたいかも解らなくなり、掠れた声しか出ない。

「あ……」
「あるいは――こっちは本当に考えたくないんですけど、ゆーりんが…とか」
「ゆ、ゆーりん?」
「私らの副担の中畑憂理って人です。ゆーりん、水野のこと割と気に入ってたみたいだし…ふぅとゆーりんって端からみたら教師と生徒ってよりは同年代の友人みたいな感じだったんです」
「嫉妬した中畑さんが――ってことが言いたいのね」
「…えぇ、まぁ」

そう言って、成瀬詩奈は目を伏せる。可能性を述べてみただけではあるものの、尊敬しているらしい教師を無為に告発したような形になって気まずいということなのだろうか。次は水野慧だ、と麻綾は俯いたままの成瀬詩奈を励まし優しく礼を言って、教室を後にした。午後もかなりの時間が過ぎている。


* * * * * *


「中畑が? 僕を気に入ってる? そういう意味で? いやそんなわけないって。あの人既に彼氏いますよ。中畑ってそういう線引きはしっかりしてますもん」

弓道部の後片付けをしていた水野慧には、ほとんど無理を言うような形で事情聴取に応じて貰っている。静かな場所があるから、弓を置きに行くついでにそこでいいですか――と来たのが、特別棟の3階だった。確かに誰もいない。そして、麻綾が成瀬詩奈の言っていたことを事実か問うたところ、あけすけな口調でこう答えた。違ったらしい。

「そうなの…じゃあ、下田さんとはどういう…」
「んー…一昨日告られて、僕も嫌いじゃなかったし――むしろ好きな方だからOKの返事をしましたね。だから何ていうか…付き合ってるとも友人ってのも微妙、みたいな」
「…そうですか。では、下田を恨んでいる人とかはいたと思いますか?」
「さぁ? 一時期岡野――岡野奈緒美ってのと大喧嘩したとかなんとか言ってたような気はしないでもないけど」

ますます事態が混乱するばかりのようだ。
ごめんなさい、僕電車の時間的にそろそろ…と言う水野慧に事情聴取への協力感謝を伝え、見送った。水野慧の姿が見えなくなったところで、麻綾は溜息をついた。今日一日、何人かとの事情聴取を行って余計に事態が解らなくなってきたような気がする。
大きくのびをして、伸ばした肩を降ろすとほぼ同時に、ポケットの仲で携帯が鳴った。あわあわと画面を開くと、相手は椎名晶だ。通話ボタンを押した。

「…椎名君ね?」
『そーですよ。そっちどうでしたか』
「全く解らなくなったわ。聴取に応じてくれた人の示した事実と可能性の割合的に考えちゃうと自殺より他殺かもだし…」
『宮瀬刑事にとっての信憑性でいうなら他殺より自殺、と』
「そうよ。だから私は自殺説を推したいかなって思うわ。椎名君の方は?」
『それがっすねー…遺書っぽいのが下田楓佳のメールに』
「!! …じゃあ」
『だけど俺的には、下田楓佳のデータフォルダを見る限りそうは思えません』
「そうなの?…まぁ、こっちはね―――」

麻綾は事情聴取の内容を簡潔に伝えた。晶は時折相槌を打つ他はもう黙りこくっている。麻綾が話し終えても、それに気付いていないのではと思わせるほど静かだった。切られたのか、と考え通話画面を表示するが、通話はまだ続いているようである。

「椎名君?」
『宮瀬刑事。だとしたら、これ自殺じゃないです』
「どういうことなの」
『じゃあ詳しく説明しま――ってすみません、スマホの電池残量が残念なことになってるので電話じゃ無理そうです。事件現場――あの展望台跡に来て下さい。そこで話します』
「ちょっと、待っ、」

電話は一方的に切れてしまった。ツーツーという無機質な電子音を凍り付いた頭で聞いていた。
不意に、受信音。何かと思って携帯を耳から離して画面を見れば、メール受信を示す手紙のグラフィックが待受画面にぽつんと浮かんでいた。少ない電池を消耗して、下田楓佳が死ぬ直前に電話していた人物――岡野奈緒美というらしい――への事情聴取を纏めたらしい。

特別棟の階段を降りながら、麻綾はそのメールを表示した。


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