『散華のライラ』 p3/p7




―――これを見てる人がいるとき、私は既に死んでいると思う。
みんな、ごめんなさい。私がいても迷惑かなって。
最近矢が全然当たらなくなってきたし、勉強もできなくなってきたの。
…しなも、きっと怒ってるよね。

―――生きてきて、ごめんなさい。




一方。

「マジで……?」

椎名晶は、鑑識課によって判明したパスワードを打ち込み、下田楓佳のメールを確認していた。送信ボックスの一番上に、21:09とある。どうやらそれはこの宛先のないメールを保存した時間であるようだ。
死亡推定時刻は昨日の21時から22時の間と判明したため、このメールが下田楓佳の遺書である可能性も高くなってきたということになる。だが晶は――なぜだか下田楓佳は自殺だという可能性を信じる気にはなれなかった。
彼女の携帯のデータフォルダには、昨日――つまり事件当日に撮ったらしい写メが残っていた。過去に遡るとその数は何百枚という単位になるだろう。事件当日の写メには、少し寒かったせいか袴に白いカーディガンを着て、同じように袴姿の弓道部員と満面の笑みでピースサインをしている下田楓佳が写っているのだから。この笑みが、一瞬にして陰ったとは、晶にはどうしても思えなかった。
もやもやした思いを抱えながら、晶は下田楓佳の携帯を操作し、通話履歴を表示した。一番上――つまり最も新しい通話記録の時間は、20:54から21:06の12分間だ。相手の名前は、岡野奈緒美。
一度通話履歴を閉じ、アドレス帳を開く。五十音順に並んでいたため、岡野奈緒美のアドレスは割とすぐ見つかった。下田楓佳と岡野奈緒美は同じ高校で、部活も一緒だったらしい。重要証言者となるかもしれない、と晶はその名前をスマートフォンのメモ機能に記録した。
何故、岡野奈緒美との電話の3分後に遺書メールが。
一抹の疑問を抱えながら、晶は報告のために上司――宮瀬麻綾に自分のスマートフォンから電話を掛けようとした。が――

「……出ないな」


* * * * * *


「突然申し訳ありません。来て頂いてありがとうございます。神崎さんですね」
「あ、どうも、神崎黎です。中畑憂理の友人です」

中畑憂理からの(正確には麻綾がそうさせたのだが)突然の呼び出しだが、全く嫌な顔をしていない。線が細く色素が薄い、中畑憂理と同い年くらいである朴訥そうな男性が、あの写メの送信者だという。麻綾はつとめて興奮を抑え、事務的に神崎黎にあの写メについて尋ねた。

「え?…えっと、昨日の夜9時ちょっとすぎくらいかな。流星群が見えるっていうんで展望台跡に行ったんです。何処なら上手く写るかなって思ってるうちに流れたんで、急いでスマホで撮りました。そういや堂々と人が写っちゃってますねー…――で、刑事さん、それがどうかしたんですか?」
「いえ…ご協力ありがとうございます」

神崎黎からこれ以上の情報を得ることは無理に等しいらしい。というより初めから徒労だったのかもしれないとすら思い始めてきた。今中畑憂理から事件について聞かされている彼の反応からすると、全く初耳だったようだ。
丁重に礼を言い、麻綾は中畑憂理と神崎黎を帰すことにした。次に訪ねる人物は決まっている。中畑憂理の話で浮上してきた水野慧と成瀬詩奈だ。ポケットで麻綾の携帯が鳴ったような気が一瞬したが、気のせいと断定し、パトカーに乗って被害者が通っていた高校に向かった。


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