『散華のライラ』 p2/p7


パトカーから降り、麻綾と晶は黄色いテープを潜る。寂れた展望台跡の下は、制服巡査や刑事が沢山いる。麻綾はうつぶせの死体に視線を向けた。
服装はこのあたりでは割と有名な進学校のものである、グレーチェックのスカートだ。この高校に確かカーディガンの指定は特にないため、この女子高生は白のカーディガンを着ていたらしい。そして紺のブレザーが遺体から少し離れたところに投げ出されていた。
頭部から出血していたようだが、その血は粗方石混じりの砂に吸い込まれたらしい。今が青春真っ只中だったであろうに、未来を断って、あるいは断たれてしまった少女。死体の所持品を確認していた晶が死体から視線を上げない麻綾に淡々と告げる。

「被害者の名前は下田楓佳。ここら辺にある高校の1年らしいですね」
「そう。解ったわ、じゃあ椎名君は彼女の交友関係を当たってみて」
「りょーかいですー」

自分はとりあえず第一発見者に話を聞こう、と振り向いた麻綾に黄色いテープの近くにいた制服の巡査が待ち構えていたかのように手招きした。
黄色いテープを挟んで彼の横に居るのは、20代の女性。綺麗な濃い栗色の髪は見事なロングだ。気が強いようにも控えめにも見える顔立ちと雰囲気である。

「宮瀬刑事、この人が第一発見者の中畑憂理さんです」

立入禁止の黄色いテープを越えることなく律儀に待っていた女性に麻綾たちは近づく。スマートフォンを片手に俯いていた女性は、麻綾と晶が正面にくるとスマートフォンをカーディガンのポケットに入れて顔を上げた。
珍しく仕事モードに入った晶が中畑憂理に通報に至る経緯を尋ねる。

「今日の午前7時半です。バイクで通勤する途中、展望台跡の下にあるコンビニに寄りました。朝ごはんを買って出てきたらコンビニの裏手に制服の子が倒れてた。うん、明らかに死んでました。それであたし、持ってたスマホで通報した、って訳なんです」

麻綾は黙って中畑憂理の言ったことをメモしていく。んー、と晶は首を傾げた。定型文とも言える次の質問が思い出せなかったらしい。仕方がないので麻綾が口を開いた。

「昨夜から今朝にかけて、争うような音を聞いたりしませんでしたか」
「いや…昨日仕事から帰ってくる時に展望台のところに変な物はあったような気がしなくもないけど…争うみたいな音とかは解らないです。ここらに住んでる訳でもないんで」
「…変な物、とは」
「四つ葉のキーホルダーっぽいものだと思います。暗がりだったけど、蓄光性か何かみたいで光りながらゆらゆらしてました」
「揺れていた、というのは…人が持っていたというような」
「いや、多分違うと思います。何かに引っ掛けて振り子を揺らすみたいな…説明しづらいんですけど」

おそらく、それは被害者が携帯に着けていたストラップだろう。展望台跡から発見された白い携帯のプロフィールは確認したので、その携帯が被害者の所持品であるというのは判明済みだ。遺書のようなものがメールに残っていないかを、自殺か他殺かどちらかを確認したいがパスワードが掛けられていて解らないらしい。ただ鑑識にはもう届けたと先程連絡があったため、時間の問題だ。

「被害者―――下田楓佳さんと関係は」
「制服的に勤めてる高校の生徒ですね―――ああ、あたしが副担やってる子かな」

妙に淡々としている中畑憂理。だがその瞳の奥には、確かな戸惑いと悲しみがあった。

「…そうなんですか。下田さんの人柄について、何かご存知ですか?」
「んー…明るくて誰からも好かれそうな子じゃないかな。それでかえって嫉妬されそうなタイプとは思ってましたけど」
「!! では、下田さんが最も仲良くしていた人はご存知ですか」
「んー…」

彼女はしばし考え込む仕草をする。下田楓佳の交友関係は広いのだろう。
そして、中畑憂理もそれ程把握はしていない様子である。

「あんまり解んないですけど…水野慧くんとか成瀬詩奈さんとかと…あ、すみません」

中畑憂理の手の仲でスマートフォンがバイブを鳴らしたらしい。
断りを入れて、メール画面を開く。視線が上下した後、一瞬彼女の片眉が動いた。

「あの、全く関係ない話で悪いんですけど――昨日って流星群とかありました?」
「……………は?」
「これなんですけど――そのー、うん、友人からこんな写メが」

どうぞ、と見せられたのは夜空の写真。それを見て、麻綾は息を呑んだ。遠くの方に綺麗に流れ星と思しき光線が写っていて、その手前は暗くてほとんど見えないが――蓄光の四つ葉のストラップと携帯のディスプレイがぼんやりと光っていた。それに照らされている服は、下田楓佳の高校のジャージだ。
下田楓佳は制服で発見されたから、これ――おそらく下田楓佳のものであろう携帯を弄っているのは下田楓佳ではない。それに気付いて一気に興奮状態になった麻綾は、つとめて冷静に中畑憂理に言う。

「お願いしたいんだけど―――この写メを送ってきたその友人さんを呼んでくれないかしら」


[←prev] [→next]


↓戻る↓
[MAIN/TOP]