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真っ白な何も無い空間にぽつんと一騎が座っている。
見渡す限り一面の白は、この場所が手を伸ばせば行き止まってしまう程に狭いのか、それとも途方も無く広いのかさえ分からなくさせた。
そんな淋しい場所に座り込んでいる一騎と、そして立ち尽くしている自分。
総士は俯いたまま微動だにしないその後頭部を見下ろしたまま、唐突に『ああ、これは夢なのか』と頭の片隅で理解した。
何故なら冬の訪れ等まだ先だったはずなのに、踞る一騎は濃紺のコートを纏っていて、地面に投げ出されている素足は酷く寒々しい。
余りに現実味が無さ過ぎてすぐに夢なのだと気付けたけれど、それでも漠然とざらつく様な奇妙な感触を覚える夢。

自分が短く切り揃えてやった髪とコートの隙間から覗く一騎の項は、日の光りを知らずこの空間と同じ様に…、いやそれ以上に青白く見えた。
まるで血が通っていないみたいで途端に総士は不安になる。
腰を折り無言で伺いながらそっと一騎の手元を覗き込んで、そこにあった光景に総士は息を飲み一瞬思考を停止させた。
白い床には鮮やかな翅をした、幾頭もの様々な蝶の死骸が散らばっていたからだ。
美しくその形状を保っている亡骸もあれば、無残にバラバラにされてしまっているものまで、たくさん、無数に、幾つも、床を飾る模様のように。

―――ユラリ、

と、それまで動かなかった一騎の体が揺れて、その中でも一際惨たらしく千切れた蝶へと手が伸ばされる。
艶のある真っ黒な皮の手袋が、指先から掌の半程までをぴったりと覆っていて、布地の黒と一騎の肌の白さが妙に生々しい。
一騎は黒い指先に煌めく青い鱗粉を付着させながら、散り散りになってしまった蝶の翅を拾い集めていく。
そうしてまるでパズルみたいに蝶だったモノのカケラを、大事に大事に繋ぎ合わせ始めたのだ。
当然一度散らされてしまったそれは、継ぎ接ぎだらけで無様に縺れ、決して美しかった元の姿を取り戻す事はない。

「…一騎、何をしている?」

搾り出す様にようやく総士は声を出して、一心に蝶の破片を集め続けている一騎に尋ねてみた。

「みんなが帰ってきたんだ。それに、俺もまだ…飛べるから」

返事はしてくれたものの会話が噛み合わない。こちらを見ようともせずに、一騎は黙々と青い空の色をしたボロボロの蝶を寄せ集めている。
そこでふっと「蝶」は死した者の魂の象徴だとか、親しい者の魂が「蝶」になって戻って来るなんて逸話が脳裏に過ぎる。
途端に目の前の光景が死んだ誰かの魂を、繋ぎ合わせようとしている様(さま)に見えた。

「一騎、よせ、やめるんだ」

ゾッと鳥肌が立ち血の気が下がる。
総士は背後から一騎がミールの結晶に素手で触れたのを叱ったいつかのように、手首を強く掴んでその行為を止めさせた。
その瞬間、何処からともなく一陣の風が白い空間に吹き込んできて、床に散らばっていた蝶の骸は空中へと舞い上がり連れ去られていく。
風に攫われていくその様子は、まるでひらひらと宙を舞って生きて飛んでいるみたいだった。
白い空間の彼方へ去っていくそれを見送りながら、ゆっくりした動きでこちらへ向き直った一騎。
コートの下は何も身につけていない姿で、真っ白な肢体に纏った濃紺の布が風に靡くと大きな翅が風に揺れて、まるで一騎自身が一頭の美しい蝶に見える錯覚。
総士にとって大切なその蝶が、あの亡骸達と一緒に何処か遠くへ飛んでいってしまいそうな気がした。
だから引き止めたくて咄嗟に掴んだままだった手首をこちらに寄せれば、驚く程アッサリと一騎は腕の中に収まり、同時に吹き荒れていた風が静まった。

「俺、総士に頼みがある」

抱きしめられたまま一騎がそっと額を合わせ総士の目を見詰めてくる。
甘いアンバーの瞳が瞬きの度に水分を含み、滲んだ滴がまるで宝石みたいに輝いて美しいと思った。

「やはりお前に頼まれると言うのは、夢の中でも少し変な気分になる」

いつだって指示を出して思いを託していたのは自分の方ばかりだったから。

「総士にしか頼めない」

ゆっくりと下ろされていた一騎の両の手が総士の頬へと沿えられる。
滑らかな皮手袋の感触が体温を遮り、その温もりを感じられない事を残念に思いながら、総士は無言で一騎の「頼み」の内容を視線だけで促した。

「もし俺がまだ人と呼べる内に蝶になる事が出来たら、その時はお前の所に上手く飛んで帰る。だから、ちゃんと俺を見付けて欲しいんだ」

告げられた言葉に総士はやはり改めてこれが己の夢である事を自覚した。
近頃の一騎はまるでフワフワと漂う蝶の様で、時折近くにいる総士でさえ何を考えているのか分からなくなる事があるから。
だからきっと、こんな夢を見てしまったのだろう――

総士は一度瞼を閉じ深く呼吸をして、そうして再び目を開け躊躇わずに口を開いた。

「悪いがその頼みは聞けない」

「どうしてだ、総士?」

悲しそうに眉を下げた目の前の幻の蝶々に、総士はハッキリと告げる。
二人で一つだと言われたあの時からずっと拭えない予感。
それでも最後まで人として有り続けたいと願わずにはいられない葛藤。


「もしお前が蝶になる事があるなら恐らく僕も一緒だろう。そしてもし、お前がもう人と呼べなくなったてしまったなら―――、」






























その時も僕はきっとお前の側にいるのだろう、共に人の輪を外れた存在として…






























Image illust:千草様(Twitter)







END






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テーマ「人外ファンタジー」
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