―おはようございます。七月×日、本日も非常に激しい豪雨となるでしょう。危険ですのでお出かけは控える事をお勧めします……







点けっぱなしのテレビから、ニュースのキャスターが本日の天気は雨だと告げると同時、総士はリモコンでスイッチを落とした。
その言葉通りにザァッと激しい雨音が外から聞こえていて、案の定窓の向こうは土砂降りの雨が檻を作っている様な有様だ。
夏の兆しを見せるこの時期、天候は不安定で酷く蒸し暑い。

雨、雨、雨…。そうずっと毎日雨続きだ。

しかし湿気混じりの不快な空気は、涼しい空調により微塵も感じられない。
エアコンを発明した者に盛大な賛辞を贈りたい、なんて随分頭の緩い事を考えてしまったのは、こうして涼しい部屋で一騎とくっついていられる事に浮かれているからか、さもなくば不快な暑さで頭が沸いているかの二択だろう。
彼の場合十中八九前者な訳だが。

隣に寄り添って座り今日のお昼は何を作ろうかと、まだ時間も随分早いと言うのに、張り切ってレシピ本のページを捲る一騎を、総士は隣からじっと見詰めた。
普段外では冷静で澄ました顔をしている総士が、こうして二人きりの室内だとくっつきたがりな一面を持つ事に、最初こそ一騎は驚いていたけれど、今ではすっかりその性質に馴れていた。
総士は他人との接触があまり得意でないから、この癖は恐らく一騎限定での事なのだと互いに共通認識している。

そんな訳で総士にとって今と言う時間は暑さに遠慮する事無く、一騎に触れていられる至福の一時なのだった。
とは言えこの体制も確かに気に入ってはいるものの、横顔しか見えないのがそろそろ物足りなくなってくる。


(一騎の顔が見たい)


思うまま、背と足を山折りにして座っていた一騎の膝裏へ手を忍ばせる。
五つ年上の一騎の方が体が大きい分、スムーズに抱き上げ方向転換させるのは少しばかり総士には骨が折れる。
ぐいぐいと力任せに引っ張りどうにかこちらと向き合う様に、総士は一騎の体の向きを変えさせた。
急にそんな事をされても当の本人は馴れたもので、ただされるがまま変わらずにレシピ本に目を通し続けている。
手元の本に俯きながら視線を落としているから、前髪から覗く伏せがちの目元と視線が絡まる事は無い。


(一騎の顔が…、瞳が…見たい…)


そう脳が下す欲求に従い、総士は一騎の手からレシピ本を奪った。
熱心に読んでいた物を途中で取り上げられ、小さく「…ぁ」と声を漏らした一騎の薄茶色の目が、少し咎める様な色を含んで総士を見上げる。


「総士、テレビ見てたんじゃないのか」

「天気予報だ。やはり今日も一日中雨らしい」

「そっか。…って、俺は昼食のメニュー考えてたんだけど?」

「そうか」

「だからソレ返しなさい」

「断る」


子供に言い聞かせる様な一騎の口調に、ポイッと取り上げた本を総士が遠くへ放る。
意地悪にも手の届かない場所に遠ざけられたそれを見て、一騎が少しムッとしながら眉を寄せた。


「投げるなよ、怒るぞ」

「怒るのか?」

「え?」

「お前は思う通にして良いと言った」

「あ、えっと…」

「僕はただ一騎の顔が見たかっただけなんだが、それは怒られる悪い事なのか?」

「…ッ………」


包み隠さない幼い物言いに一騎は思わず頬を染めた。
顔が見たかった、本に視線を奪われていたのが気に食わなかった、だから本を取り上げた。つまり、寂しいから構って欲しかったと可愛い事を言われた様なものだ。

一方総士自身、自分がとても横暴な理論で動いている事は自覚している。なんせ普段は不器用な程に理知的なのだ、こんな感情のまま行動するなんて絶対に出来ないと思っていた。
己の行いは常に回りにとって効率的かつ最適解を優先させ、自分の感情等二の次だ。
そんな風に生きてきた、そんな風にしか生きられなかった、それしか選べなかった。

ここに来るまでは…。


「悪い事じゃ…ない。でも」

「でも?」

「そう言う時は「こっちを見て」ってそう言えば良いんだ、総士」

「そうか…」

「うん」


出来ない、してはいけない、そんな選択肢は自分には無い。自分の意思や望みを抱いては駄目だ。
そう思っていた十四歳の総士にそれを許したのは、彼より五つ年上の幼なじみの一騎だった。
歳の離れた幼なじみはこうして一つずつ、この二人だけの静かな家で、総士に目に見えない何かを与え満たしてくれる。
空っぽで自分なんて何処にもいなかったのだと告げれば、それは悲しい事だと。
一人ぼっちは寂しい事で、人間は自分以外の誰かがいないと上手く自分を形作る事が出来ない。
人間同士が触れ合う内に自分と言う形が生まれ、その中で何かを望んでも良いのだと、頼ったり、甘えたりしても良いのだと。
気付けば空っぽだった総士の中身は一騎でいっぱいになっていた。
一人ぼっちが寂しい事を教えたのも、一緒に居て触れ合い総士と言う形を与えたのも、何かを望み頼り甘えたくなるのも、総士の全ては全部全部一騎のものだった。ここでは一騎だけのものになれた。

まるで雛鳥の刷り込みだと言われても、危うい依存だと顔を顰られても、総士はそんな事どうでも良い。


「一騎、僕を見てくれ。お前に僕だけを見ていて欲しい、どうか僕を分かって欲しい」


そう告げた総士に一騎は穏やかな目を向け、ただただ幸せそうに頷く。
その様はまるで宗教画に描かれた、無償の愛を施す聖女の様に見えた。
この温かで優しい眼差しと笑みを独占し、自分と言う存在を刻めるのならば、これ以上の我が儘と幸福がこの世界の一体何処にあると言うのだろう?



例え、



ここに来る前の記憶が酷く曖昧で上手く思い出せなくても。

降り続ける激しい雨を異常だと感じられなくても。

同い年のはずの幼なじみとの年齢差を疑問に感じなくても。

テレビのキャスターが告げる日付が、毎日同じであったとしても…







































―おはようございます。七月×日、本日も非常に激しい豪雨となるでしょう。危険ですのでお出かけは控える事をお勧めします。

最も時間を歪がませた影響により、二度と外へは出れませんのでご注意ください…






























雨の檻が二人を閉じ込める。

有り得るはずのない、歪んだ幸福の世界の中に…


END


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