それがお前なら、永久に…





青々とした笹には色とりどりの短冊が結ばれている。
昨夜は七月七日、七夕だった。
楽園の片隅に設置された笹にぶら下がる短冊には、島民達が思い思いの願い事を書き込んでいる。
総士がそれをぼんやりと見詰めていると、隣に座っていた一騎が呟く。


「昨夜は晴れて良かった。会えたかな?」

「何だ、お前も天の川が氾濫しないか気にしていたのか?」

「別にそう言う訳じゃないけど…」


昨日島の一部の女性陣が、笹を飾る時に盛り上がっていた話題を思い出す。
七夕と言えば織姫と彦星が年に1度だけ会える有名な伝説。
しかし七月七日に雨が降ると天の川の水が氾濫し、織姫に会いに行く彦星が川を渡れず、年に一度の再会は叶わなくなると言う。
残念な事に七月上旬と言えば梅雨の真っ最中だ。雨が降りやすく統計的にも晴れる可能性は低くなる。
加えてここ最近は梅雨特有のじめじめとした湿気と、急にぐずつきゲリラ豪雨が続く何とも不安定な空模様だった。
果たして天空の二人の逢瀬の行方はどうなるのかと、昨日は随分と女性達が盛り上がっていた。

地域によって七夕の逸話は色々と異なり、雨が降ると二人は会えないと伝わる土地もあれば、雨が降っても会えるとされている場所もある。
また旧暦の七夕では上弦の半月が上るので、その月は天の川を渡る舟になると言う。
だが、雨が降りそれに乗って恋人に会いに行こうとしても、舟はわざと違う方向へ進み二人が会うのを邪魔するらしい。


「舟にすら邪魔されるとか聞いたから、やっぱりちょっと気になってたかも…」


正直に白状した一騎に総士の口許が少し綻ぶ。


「まあ邪魔されても見かねた白鳥座のカササギが川を渡してくれるらしいが、確かに酷な話しだ」

「総士でもこう言う話に共感したりするんだな」

「実際のベガとアルタイルとの距離は16光年だ。つまり光の速さで会いに行っても、出会うまでに一年どころか十六年かかる。往復すると三十二年だ、罰としては重過ぎる」

「今の取り消す…。お前にかかると一気に現実味と過酷さが増した。それ女子の前では絶対言わない方がいい」


年に一度どころか、物理的には往復で三十二年もかかるなんて知ったら、昨日楽しそうにしていた彼女達の夢がぶち壊れる。

それにしても、機織り姫が神の衣を織らなくなる程に、牛飼いが仕事を放棄する程に、二人はお互いに夢中になってしまい引き裂かれた。
確かに己の役目を果たさなかった事は悪い事だとは思うが、既に仲睦まじい夫婦を川の両端に引き離すと言う罰を受けているのだ。
せめて年に一度のその日位は、もう少し二人に優しくても良さそうなものなのに。


「そう言えば、七月七日に降る雨は催涙雨と言うんだったか…」

「さいるいう?」


首を傾けた一騎の仕種が少し幼く見えて、総士は思わずその黒い髪へ手を伸ばし一撫でする。一騎もされるがままその手を受け入れ、話しの続きを目で促した。

七夕の日に雨が降り会うことが出来ずに織姫が流す「悲しみの涙」とも、会えたけれど再び別れる事を「惜しむ涙」とも喩えられた。
会えても会えなくても流される切ない涙が雨になって地上に降り注ぐ。それを催涙雨と呼ぶそうだ。


「国によっては七夕の翌日、つまり今日雨が降ると、それは別れを惜しむ催涙雨とされている所もある」

「なら、やっぱり昨日は会えたって事になるんだな」


一騎が視線を向ける先、二人だけで他に客のいない楽園の窓の外。薄暗い闇の中をしとしとと、細い銀の雫が地を濡らしていた。七月八日の催涙雨、会えたけれど別れの切なさに零された涙。
それらが無意識に、ほんの少しのセンチメンタルさを含む空気となって、引きずられてしまったらしい。


「もしそんな風に途方も無い場所に引き裂かれ、離れ離れにされたらお前ならどうする?」


らしくない質問だった。「たら」「れば」な仮定の話しなんて、どうかしてるなと気付いたのは、総士自身その言葉を口にした後だ。
静まり返る室内には、ただ外から聞こえる雨音だけが響く。
窓の外を眺めていた一騎の視線がゆっくりと総士へ戻され、蛍光灯の光りの元に淡いアンバーの瞳が瞬きによって星みたいに煌めいて見えた。


「どうもしない。多分、俺は俺として会える日をずっと待つと思う。自分の役目を果たしながら」

「往復三十二年かかってもか?」

「引き離された先、そこに居るのが総士なら時間なんて俺にはきっと関係ない」

「一騎、お前は一体どれだけ僕を待つつもりだ」


奇妙な感傷に引きずられた質問は、らしくないジョークだと笑われる事もなく、まして気まぐれな冗談で終わる事さえ無かった。

だってあまりに真剣な、一等光り輝く一途な星の眼差しに、こう返されてしまったから。




























「それがお前なら、永久に…」



























END









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