好きじゃない、 
なんて言っても 
 


【ツンデレ】
好意を寄せる相手に対し、突き放すような態度をとってしまう照れ屋な性格を表す語。
刺々しい態度(ツン)を取る一方で、何かのきっかけで急に好意(デレ)を示す性質、属性、またはその様。

使用例:「べ、別にあんたの為なんかじゃないんだからね!」や「勘違いしないでよね!」などがテンプレート。

備考:度が過ぎるツンはわがままに見られ嫌がられる事もあるので注意。


…………………………


アルヴィスから支給されている小型端末は様々な機能が備わっている。
今はもう失われてしまった日本と言う国が遺した歴史に風土、文化に言語、知識に雑学、とにかく膨大な量、雑多に様々なアレやコレや。
それはアーカイブと呼ばれ、整然とデータ化された情報を、この端末で閲覧する事も機能の一つとして可能だった。

勿論過去に栄えたサブカルチャーな造語も、一応その文化を受け継ぐ形で、アーカイブへ記録として収められている。


「元々の性格に寄るとこもあるだろうけど、一騎は頑固な面はあってもツンの要素皆無だな」

「ふーん、俺はそう言うのあんまり良く分からない」


有り体に言えば世間話しと言うか、雑談だ。
一騎が所用で訪ねたアルヴィスの廊下で、偶然剣司に出くわした。
用事を終えて時間に余裕のあった一騎と、仕事を終えて暇のあった剣司が、何気無く廊下で無駄話しに興じてしまっただけ。
最近新しいモデルを支給されたという剣司の小型端末の話しに始まり、手慰みにその端末を借りて、たまたまアーカイブを閲覧し目に入った単語がそれだっただけ。
最も普段会話に使用する機会が無いだけで、ツンデレと言う単語自体は二人とも何と無く知識として浸透している。
だからただ単に、改めてその意味や解釈を見て話のネタにしていたに過ぎない。


「でも要するにこれって天の邪鬼って悪い意味なんじゃないのか?」

「いや、そうとも言い切れない。良いか一騎、そもそもギャップ萌えと言う、正反対の落差にグラっとくる素晴らしい需要があってだな」

「わかったわかった」


熱く語り始めた剣司に、成る程このツンデレなる性質は少し咲良に当て嵌まる所があるな、とぼんやり考えつつ淡く微笑む。
その笑顔に何を思われたのか察したらしい剣司は、照れ隠しに言い返す。


「つーか、ちょっとタイプは違うけど総士だってある意味ツンデレだろ?」

「んー、難しい言葉に変換し過ぎて分かりにくいだけで、総士は案外顔に出てるから素直だと思うけど」

「いや、相当分かりにくいタイプだからな?あいつの顔見ただけで何と無く察して、言い当てれるのはお前位だ」

「そうなのか?」


呆れる剣司に一騎が不思議がりながら、もう一度端末へ目を向け同じ記事を眺めていると…


「お前達、こんな廊下の真ん中で何をしているんだ?」


背後から掛けられた声に話し込んでいた二人は同時に振り返る。
するとそこには片手に黒いファイルを抱えた、いましがた話題に上った人物、皆城総士がこちらに向かい歩いて来る途中だった。
その姿に職場を同じくしている剣司は気さくに答える。


「おっ、総士、そっちの仕事終わったのか?」

「ああ、後はこのファイルを提出したら今日は上がりだ」

「そりゃお疲れさん」

「で、そっちは?一騎の定期的なメデカルチェックならまだ先だった筈だと記憶してるが」

「俺が担当してる一騎の予定までさり気無く把握してる事に、驚きゃ良いんだか引けば良いんだか…」


思わず遠くを見る様な目をした剣司に、総士は何を言われているのか分からないらしく心底不思議そうな顔をするものだから、この件に関しては先程の一騎同様話題にするだけ無駄だ。


「いや、何でもねーよ。ただ、相変わらずお前らお互いの事好き過ぎるだろって思ってさ」


からかい混じりにそう茶化す。すると今まで会話を黙って聞いていた一騎が、不意に手にしていた端末を剣司に差し出し返却し、あろう事か総士に向かってこう言い放った。


「べ、別に、総士の事なんか、全然好きじゃないんだからな…、勘違いするなよな?」


瞬間、剣司は「一騎の奴やっちまった…」と頭を抱える。
文字だけをご覧の皆様は恐らくこのちょっとふざけてツンデレてみた一騎に対し、事情を知らない総士の反応が恐ろしいと思われるのではないだろうか?
あの一騎が、そう、あの総士に対し絶対的に無条件な信頼を寄せる一騎が、戯れとは言え「好きじゃない」なんて言ってみせれば、少なからず総士の機嫌が低下し変な方向に拗れやしないかと…。

結論から言おう、それは杞憂である。
剣司が頭を抱えたくなったのは全く別の意味でだった。

そもそも一騎が発したこの台詞、まず予想外に他人から相手への好意を露見されてしまい、動揺しながら語気を強めツンと澄ましつつ、照れを隠し切れない表情や仕草で使ってこそ真の意味でのツンデレだ。
しかし一騎の場合は違った。

まず言葉とは裏腹に表情が「総士に会えた、嬉しい、嬉しい」と、言わんばかりに穏やかな中にうっとり溶けた様な喜色を浮かべて輝いている。
目をキラキラさせ、頬は淡い薄桃に染まっていたし、口許も抑え切れない幸福にへにゃりと緩んでいた。
おまけに総士の制服のジャケットの裾を指先で軽く摘み、最後の台詞に到っては嫌われて仕舞わないかと、不安そうに眉を下げ小首を傾げて見せる始末だ。
こうして書き起こしてしまうと、普通ならその計算されつくした盛大なあざとさに、苦笑か失笑が浮かびそうである。
しかし恐ろしくも真壁一騎と言う男は、特に何か打算があった訳でも無く、たださっき仕入れた知識で無邪気に悪戯しているだけだった。自分のツンに対し総士がどんな反応をするのか好奇心だけでの悪意の無い行動。
口にした言葉以外の表情や行動は計算や打算ではなく彼の素なのだ。
最早台詞に対して全く説得力も何も無い上に、どう控え目に見ても相手の事が好きで好きで、これでもかと言う位に大好きですと駄々漏である。

もうはっきり言おう、ツンの要素等微塵もカケラも存在していない…。


(そんなツンデレがいるか!)


思わずそう心の内で叫んでしまったが、剣司は思う自分は絶対に間違っていないと。

さて、一方そんなツンが消失したデレだけの塊を、普段とは違った変化球で投げつけられた総士はと言うと、一瞬固まりはしたもののじっと己の服を摘んだままの一騎を見詰め「はぁ〜…」っと深く長い溜息を零した。


「総士、もしかして怒ったのか?」


眉根を寄せ一騎の榛色の瞳が一瞬不安に揺れたのを見て、総士は手にしていた黒いファイルを無言で剣司へと押し付ける。
そして自由になった両手で一騎をひょいっと担ぎ上げて捕獲した。


「うわっ!、え、ごめん総士。冗談だから、俺はちゃんとお前の事が好、」

「一騎、暫く大人しく黙っていろ」


一騎の言葉を途中で遮り黙らせると、総士は彼を抱えたまま剣司へと向き直る。


「すまないがそのファイル、代わりに提出しておいてくれないか?」

「良いけど、お前どうする気だ?ソレ」


ソレと指した先、担ぎ上げられている一騎は総士の言葉に素直に従い、大人しく黙ったまま緊張感の無い困った様な笑みを浮かべていた。


「僕はこの無自覚で質の悪い生き物に、早急に言い聞かせて解らせておきたい事項がある」

「あー…………、まあ、程々にな?」

「恩に着る」


そう言って足早に去って行く総士の後ろ姿と、抱えられ大人しくしている一騎を、盛大に甘ったるい物を飲まされ、胸やけを起こしそうな心地で剣司は見送る。
手の中に残った最新式の小型端末と黒い業務ファイルに、やれやれと何とも言えない苦笑と溜息が零れた。




END.




微妙な19のお題様より、15





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