神様の下心




(あ、れ…?何で俺…)


バタンッ!と咄嗟に身を翻し、閉じてしまった扉を手で押さえ付けながら、一騎は頭の中に疑問符を浮かべて困惑した。
扉の向こうからは常と変わらない声音が、『急にどうしたんだ?』と不思議そうに問い掛けてくる。
しかしその落ち着き払った声が、ますます一騎中で不可思議な警告音を響かせた。

だって彼は清廉潔白が服を着て歩いてる様な、生真面目で優雅さすら感じる空気を纏っている。
分かりにくい性格で気難しさすら感じるけれど、自分の事より島のために己の全てを捧げていた。
幼い頃は天使みたいに可愛いらしくて、今は綺麗な綺麗な一騎にとっての神様。
だから何気無しに…


『総士って、性欲とか無さそう…』


ついうっかりとは言えなんて明け透けで品性の欠片も無い、下世話な言葉を零してしまった事だろうか…。
幸いにして側にいた総士には聞こえてはいないだろう。それでも小さな小さなボリュームで、ぽろりと呟いてしまったそれは、一騎の頭を抱えさせるには十分な内容だった。

言ってしまったそれに苦い思いをしながら、一騎は恐る恐る側に居る総士を見遣る。
どうやらやはり聞こえて無かった様子で、小型の端末に視線を落としたまま何かを真剣に思案している姿に、ホッと胸を撫で下ろす。

けれど次の瞬間、ゆっくりと伏していた顔がこちらを向き、目が……合った。

―――ゾクリ

何かが弾けて背を這ったような感覚がした。


(あ…、逃げないと…)


そう思ったのと同時。今はもう全盛期程俊敏には動け無くなってしまったが、それでも常人よりは十二分に優れた身体能力で、気付けば本能的に部屋の外へと飛び出し扉を閉めていたのだ。


「一騎、一体どうした?開けてくれ」

「え、あ…無理」

「何なんだ一体」

「…何なんだろ、これ?」

「僕の方が聞きたいんだが」


最もな意見だと思う。総士にしてみればいきなりドアを閉められ、何故か部屋に閉じ込められているこの状況。
扉の向こうから呆れを含んだ溜息が聞こえてきて、怒らせてしまっただろうかと反射的に一騎の肩が怯える様に跳ねた。


(本当、俺、何やってんだろ。急に逃げて総士を部屋に閉じ込めるなんて)


少しだけ冷静さを取り戻した自分がそう自答する。
それでも良く分からない第六感とも言える何かが、絶対に今は総士と顔を合わせてはいけないと告げていた。


「とにかくここを開けてくれ」

「ごめん。今お前の顔まともに見れそうも無いって言うか…」

「だったら少しで良い、扉を開けろ。これじゃ声が聞き取り辛くて話しも出来ない」

「…分かった。じゃあ、これだけなら…」


確かに扉越しの会話は声が遮られて聞こえにくかった。
一騎は渋々とドアノブを回し最低限の妥協でほんの僅か、音が通るであろう五センチ程扉を開ける。すると…、


「十分だ。それだけ開けばこじ開けられる」

「えっ、なっ…っ!?」


僅かな隙間から忍び込んだ指が乱暴に扉を開け放つ。


(騙された…)


と思った時には何もかもが遅かった。

普段の冷静な総士からは想像も付かないあまりに粗暴な行動に気を取られ、その隙に彼の手が一騎の手首を掴み、強引に引き寄せられ捕まってしまう。

いつも通りの綺麗な綺麗なその美貌は変わらないのに、何処に隠していたんだと思う程の獰猛な欲を滲ませる瞳に怖じけづく。
白く清らかな指先は見た事も無い様な不埒な動きで肌を這い、双脚の間に滑り込む総士の膝が、衣服越しに一騎の内股を撫でてゾワゾワと背筋が粟立つ。
そして最後に耳朶へ寄せられた唇からは、甘い毒を含んだ艶めいた声が鼓膜に流し込まれる。


「一騎、僕が下心も欲もないと、本当にそう思ってるのか?」


カクンっと力の抜けた一騎の肢体を受け止めた総士は、それはそれは美しく蠱惑で淫靡な笑みを浮かべていた。

ああそうだ、綺麗で美しい物は必ずしも味方では無いのだ。稀有で美麗な姿をしているからこそ残酷に獲物を狙っている事を、自分は嫌と言う程知っていたと言うのに。

そう嘆く頃には一騎の背は床に触れ、視界は反転していた。

味方でもなければ敵でもない、恐らくは獰猛で美しい捕食者。そんな神様の下心をその目で目の当たりにし、その身に味わわされるのだけれど、もう二度と恐れる事も逃げ出す事も出来なくなるだろう。


だってそんな気も起きない程に、一騎はこれから彼の神様に身も心も愛されるのだから。





END.
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